二十二日目 家に帰るまでが遠足
私たちはいま、半壊した魔王のお城の中、その謁見の間にいた。
気づけば空は昼に戻っており、さっきまで迷子だった太陽は、壊れた天井の穴から私たちを明るく照らしていた。
「お疲れ様、チャル」
「うん、長かったね」
長かった旅も、これにて一件落着かな。魔王がいなくなり、これでまた平和な世界に戻るはずだ。私たちにとってはそもそも、魔王が平和を脅かしているという感覚は薄かったけど、魔王を本当に恐れていた人がたくさんいることを、この旅を通して私は知った。
足元には、もはやほとんど原型を留めてはいない、魔王、ダークショスの身体が転がっていた。着ていたローブはぼろぼろで、身体も一部欠けていたりしていた、にもかかわらず、鼻まで深くかぶったフードはまだ残ったままで、魔王の顔を隠していた。これをめくらないのが、せめてもの優しさと言ったところだろうか。
「ぐぅっ……」
魔王の口元が動き、うめき声をあげた。しかし、まだ口を開けるとは驚いた。
「見事だ、若いウィッチふたり……君らがふたりでいる限りは、この地球は平和のままだろうな……」
「……これに懲りたら、もう悪いことはやめてくださいね」
「ふ、心にもないことを……私はもうじき息絶える、それは君たちにもわかっているはずだ。前は封印されるだけですんだが、君らはあの女ほどは優しくないみたいだな……」
「……」
「もし生きていたら、君らの未来を……み……」
「……」
「……」
私たちの間を生暖かい風が通り抜け、魔王の身体から、完全に魔力が消えたのを感じた。
***
お城はほとんど半壊していた、魔王のお城だしまあいいか。もし、誰かのお城を魔物が乗っ取ったものだったとしたら、あとでふたりで直しにこよう。
そういえば、魔王が死んだからなのかどうかはわからないが、さっきまでいた魔物の兵士の気配も全く感じない、消えたのか逃げ出したのか、それとも別の理由なのかは、私にはわからないけど。
私は部屋の壊れた入り口付近に立っていたが、チャルは王座の近くで天井に空いた大きな穴を通して空を眺めていた。なぜだか、その横顔はいつもよりも、少しだけ大人びて見えた。
「帰る?」
チャルは私の近くによってきて、私に声をかけた。
「うん、そうだね。でもなんか、ちょっと寂しいような気もするね」
「どうして?」
「これで、チャルとのふたりたびも終わりなんだなぁって思って」
「そっかぁ……」
「チャルは、そんなことないの?」
「うーん、私はリリスちゃんといっしょなら、別にどこでも寂しくないかなぁ」
「そっかぁ……だよね」
「旅なんてこれからもできるよ。それに、故郷に戻ったら結婚式だよ、はやく帰らなきゃ」
「うん、そうだね」
チャルはその小さな手で、同じく小さな私の手を握った。
「もう、ここに未練はない?」
「うん。だいじょうぶ」
「じゃあ、ワープ」
私はチャルの魔法に身を任せた。
***
目の前には、夢の中でも見たことのないような、それはそれは綺麗な泉が広がっていた。泉の上には、蛍かなにかだろうか? いろいろな色の光が、ほうき星の尾のようなものを引いて飛び回っていた。それが鏡のように綺麗な水面に反射し、さらにその美しさを増している。
いまは昼だが、そこは鬱蒼とした森のなかであり、深い木々に覆われ薄暗く、その光がよく見えた。
「あれ、国に戻るんじゃないの? というかここどこ」
私の質問に対して、チャルではない、別の声が返ってきた。
「ふたりとも!」
「おかえりなさい!」
私たちの目の前に、金色の光と銀色の光が、ぼわっと現れた。
「あれ、ふたりとも……マリーゴールドちゃんにシルバーレースちゃん?」
ふたりが現れて、私はやっとここがどこだか気づいた。そう、目の前に広がるこの綺麗な泉は、"あの"妖精の泉だったのだ。
「ありがとうございます、本当に魔王を倒してしまうなんて……見ていましたよ」
「おかげさまで、見て! 泉が元通りになったの!」
「そっか、よかった。呪いが解けたんだね」
目の前の泉は、前に見た呪われた沼と、とても同じものとは思えなかった。
「そう! それに、消滅してしまったみんなも蘇ったんだよ!」
私たちの目の前に、さきほどの光が集まってきた。よく見れば、それらは全て妖精だった。
「ありがとう!」
「助けてくれて、ありがとうございます!」
口々に、みんな感謝の言葉を述べてくれた。しょうじき、あんまり感謝されることになれてないから、少し照れる。
照れながら頬をかく私の周りを、妖精たちは光の尾を引きながらくるくると回る。
私はそんな美しい光にすっかり見とれてしまっていたが、そもそも、国ではなくここに寄ったのはなぜだろう。妖精たちの様子を見てから帰りたかったということかな? 私が疑問に思っていると、それに答えるように、チャルが口を開いた。
「みんなに、プレゼントがあるの」
プレゼント? 私は全然知らなかったため、何それ、と聞いてしまいそうになったが、私が聞くよりも速く、チャルは時空に穴を開け、その時空の穴に手を入れると、何やら封筒のようなものを取り出した。
その封筒を、マリーゴールドちゃんに手渡した。
「なにそれ?」
「結婚式の招待状。よかったら来てね、みんなで来ていいからね。まだ、その紙には予定日が書かれてないけど、決まったら浮き出てくるようにはなってるから」
「え、いつ作ったのそんなの……」
「周到でしょ? それと、その手紙に付属してる魔法陣で、会場までワープできるようになってるからね」
周到でしょって……本当に、そんなものいつ作ったんだろう。
「じゃあ、行こっか、まだ回らないといけないし」
「回るって、どこを?」
「招待状、配らないといけないでしょ」
さも、して当然のような言いぶりだが、私はチャルがそんなことをするつもりだったと、今はじめて知った。
「それじゃあ、みんな、またね」
チャルはしっかりと私の手を握りなおして呟いた。
「ワープ」
妖精さんたちの楽しそうな声が段々と遠くなる。こうして、私たちはその綺麗な森を後にした。
***
広大な砂地のなかに、小さな村がぽつんとあった。
そこは、つい先日訪れた、親子が住んでいた村だった。
村に入っても人気はほとんどなかった。チャルが村を修復したとはいえ、まだ人は戻ってきてないみたい。まあでも、魔王の心配もなくなったから、人が戻ってくるのも時間の問題だと思う、たぶん。
コンコン
と、あの親子の家をノックすると、すぐに家の中から返事が聞こえた。
「おねいちゃん!」
「あら、あなたたち、いらっしゃい」
出てきたふたり、メロちゃんとその母親の顔は、初対面のときの暗い面影はまるでなく、すっかり明るくなっていた。
私たちは、前にご飯をいただいたときと同じテーブルについた。
つい先日会ったばかりであり、特に長話するほどのことはなかったが、とりあえず魔王の心配はもうしなくてもいいということだけを報告した。
「さっきの、天変地異があなたたちと、魔王だったのね。地球の近くで星が爆発したのかと思ったわ……」
「はい。でも、もう魔王の心配はしなくていいので、村人がみんな戻ってきてくれるといいですね」
「ええ、ほんとに……」
まあ魔王がいなくなれば、そのうちみんな戻ってくるだろう。
「ねえ、おねいちゃん」
「なあに?」
「あなたじゃなくて、そっちの」
メロちゃんは、チャルのほうを指差して言った。
「私? どうしたの、メロちゃん?」
「おねいちゃんも魔法使いなんでしょ? そっちのおねいちゃんの魔法は見たけど、メロ、おねいちゃんの魔法も見てみたいな」
キラキラと、目を輝かせるメロちゃん。
「じゃあ、プレゼント、出してあげる」
「え、ほんと?」
チャルが何もない空間に両手をかざすと、なんとそこから、ポンッという効果音と、白い煙とともに、封筒が現れた。
「わ! すごい! これはなに?」
「結婚式の招待状だよ、よかったら来てね」
「おねいちゃんが結婚するの?」
「そうだよ、そっちのおねいちゃんとね」
「そうなんだー、ママいっしょに行こ」
「うん、もちろんいいわよ」
「ふふ、王様がごちそういっぱい用意してくれると思うから、楽しみにしててね」
「わーい!」
「じゃあ、またね」
プレゼントと言って結婚式の招待状を出すのはどうなんだろうと思ったけど、貰ったメロちゃんが喜んでるからいいのかな。
喜ぶメロちゃんの姿を見て満足したのか、チャルは私の手を繋いで呟いた。
「ワープ」
親子に挨拶をして、私たちはその村を後にした。
***
目の前にあるのは祠の入り口だった。潮の匂いが香り、すぐ脇には海岸があった。
「あれ、鍵が閉まってる」
「ん、いないのかな」
アロンの杖をくれた老人に招待状を私にきたのだが、あいにく留守のようだった。
「しょうがない、招待状だけ置いておこうか」
「そうだねぇ」
チャルは、扉の隙間に封筒を挟んだ。
とはいえ、しょうじきあの老人が結婚式に参加するような人とも思えないが。
「海で遊んでく?」
「そんな時間ないでしょ」
「だよね、でも、もうひとつやらなきゃいけないことがあったんだった」
***
私たちは、壊れた橋がある場所に来ていた。
「やらなきゃいけないことってこれ?」
「うん。橋、直しておかなきゃ」
私はしょうじきに白状すると、この壊れた橋のことなど完全に忘れていたが、チャルはちゃんと覚えていたらしい。
前に来た時は魔王がいる限りは橋を直してもまた壊されてしまうからということで後回しにしたが、いまはもうその心配はない。
チャルが時の魔法をつぶやくと、落ちている橋が時間を逆回しにしたように動き、ものの数秒で綺麗な状態の橋へと戻った。
「これでよし」
「うん。これでみんな困らなくなるかな」
「たぶん?」
これで、前に私たちがしたみたいに、海を割ったりしなくても、この橋を渡ればいつでもこの大陸とむこうの魔王の城があった島を行き来できるわけだ。
「じゃあ、次行こっか。手、ちゃんと握ってる?」
「握ってるよ」
「ワープ」
私はその直したばかりの橋を後にした。
To be continued.




