二十一日目 愛の魔法
ついに……魔王、ダークショスとあいまみえた!
一見、ふわふわとただ浮いているだけのように見える魔王だが、さっきまでとは明らかに様子が違う、その身体の端々から殺意の波動がほとばしっているのを感じる。
「君らは美しすぎる愛しか知らない……教えてあげよう……君らに絶望を……」
いままで口元以外を動かしたことはなかった魔王だったが、ついにその右手が動いた。
「チャル」
「うん」
魔王の右手がまっすぐ私たちのほうに向く、この向きだと手のひらがよく見える。精神を集中してその手の平を凝視する。
「ブラックフレア」
その魔法の名前を口にすると、その手のひらから放たれた黒い炎の帯が私たちへ向かって狂ったようにうねる。
「避けて!」
私はチャルの腕を掴んで、力いっぱい引いて横に飛ぶ。
ドォン!
という重い音が辺りに響き渡り、私たちの後ろにあった扉が壊される。その壊れた扉から光が流入し、薄暗かった部屋を明るく照らす。
「眩しい!」
その明かりでいっしゅん目が眩む、その隙を見逃さんと言わんばかりに、魔王がまたも、手のひらから黒い炎を放ってきた。
「マジックバリア!」
チャルが咄嗟に魔法で障壁を貼る。
パシュン!
という音とともに、その障壁に触れた黒い炎が散逸して消えた。
外からの光により、部屋がさっきよりも明るく照らされた。私たちとしては戦いやすくなったかも知れないが、以前として魔王のフードで隠れた目元は見えないままだ。不気味なやつめ。
「チャルどうしよう」
「逃げてばっかりじゃ埒明かないから、隙を見て攻撃してみて! 私は基本防御側に回るから」
「わかった」
魔王はさっきからほとんど動いておらず、いまだに王座の上に浮いているだけだ。
「ファイヤー!」
私は素直に魔法を唱えた。手の平から出たこぶし大の火の玉は魔王の方へと高速で飛んでいったが、あっさりと横に動いてかわされた。虚しい火の玉は、城の壁を貫通して外へと落ちた。
しかし、避けたということは、やはり、魔王と言えど当たれば痛いと思っていいだろう。
「どんどん打って!」
「うん」
魔王の魔法から逃げつ避けつつ、こちらも隙きを探って魔法で応戦する。お互いの外した魔法の流れ弾が床や壁に被弾する音が部屋に響く。
相手は部屋の中を上下左右、縦横無尽に動き回りながら、私たちの攻撃を避けている。速度はそこまでは速くないようだが、平面上しか動けない私たちに対して、三次元を動けるやつのほうが少しだけ有利かも知れない。
「ダークブリザード!」
魔王の左手から、冷たい黒い吹雪が吹き荒れる。
「アイスストーム!」
私はそれにあわせるようにして、同じく左手から白い冷気の嵐を放つ。
ブオォォォ……!
ふたつの魔法が、ちょうど私とヤツの真ん中くらいで衝突し、同じ強さで押されるためにちょうど均衡する。魔法の雪の結晶に外からの光が反射し、綺麗に光る。それは戦いの中でなければ見とれてしまうと思うほど。
「やりますねぇ……」
魔王はニヤリとして言った。
「リリスちゃん、いまの本気?」
「え、うん」
「うそ、リリスちゃんの本気に対抗できる人がいるなんて驚いた……」
いや、人ではないけども。
魔王は確かに強かった、私たちふたりの攻撃をかわしつつ、攻撃を仕掛けてくる。常に立ち位置を変えながら動いている私たちはどうしても疲労がたまる。このまま消耗戦になると、こっちが魔法を食らうのは時間の問題だった。
「はあ……疲れた……」
「大丈夫? ヒーリン……」
「させませんよっ……!」
チャルが私に"ヒーリング"をかけようとしたそのとき。その隙を狙って、魔王がチャルに向かって黒い炎を放ってきた。
「あぶなっ!」
私はチャルの腕を掴み、思い切り引いた。
「リリスちゃ……!」
私の手に引かれて、チャルは魔法の射程から外れたが、その身代わりに、私の腕が炎で焼かれた。
「あっっっつ……!」
「ヒーリング! ちょ、だ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫……ちょっと焦げただけだし」
腕が焼かれてすぐにチャルの魔法をかけたため変な感じがした。袖は黒焦げになり、露出した肌はヒーリングですぐに怪我を直したためか、湯気のようなものが出ていた。
「あぁ、大丈夫なら、よかった……」
「あちち、ありがと、チャル」
「……私のリリスちゃんに傷を付けるなんて、万死に値する……」
そう呟いたチャルの顔が歪んだように見えた。ちょっとだけ、こわかった。
「リリスちゃんこっち向いて」
「え、うん」
チャルは私と正面から向き合って、私の両手とチャルのそれを繋いだ。
「私の力をちょっとあげる」
そういうと、チャルは大きく深呼吸をしてから、次のように呟いた。
「テスティモ」
その魔法の言葉を聞いた次の瞬間、チャルの全身から、ぶわっと、無数の光の粒子が放出された。その光の粒子たちは私の周りに集まったかと思うと、身体の周りを、無数の衛星のようにくるくると回り始めた。
なんだろう、言葉では形容しがたい、なんとも言えない心地よさが、私の身体を包み込む。とても暖かくて、私の身体の中からはいままで味わったことないような力が溢れ出てくるのを感じたのだ。
「もう、すぐに決めちゃおう。リリスちゃん、魔力溜めてて! 私がどうにか隙を作るから!」
「うん、わかった」
私は一歩下がって片膝をついてしゃがむ。どんどん溢れ出てくる力を身体のなかに溜めるようにして、次の魔法に備える。私の身体の回りには、光の粒子が縦横無尽に飛び回っている。
「サンダーバースト!」
魔王がそう叫ぶと、私たちの頭上でばちばちと音がした、すると、私たちに向かって一閃の雷が落ちてきた。しかしそれも、チャルが左手で頭の上を大きく扇ぐだけでかき消されてしまう。
チャルは右手を前に突き出して言った。
「10^3G」
魔王の回りの空間が微かに歪んだかと思うと、次の瞬間、宙に浮いていた魔王の身体がものすごい速さで地面に衝突した。
「ぐぅ……」
魔王は片腕を床に立てて立ち上がろうとしていたが、身体に大量のおもりを貼り付けられたみたいに、立ち上がることができないでいた。チャルが引き起こした強烈な重力により、立ち上がることができないのだ。
「リリスちゃん、おねがい!」
私は左手を開いて魔王の方へと向けた、そして左手の手首を右手で掴んで支える。
「ファイヤーテンペストッッ!!」
私がそう叫ぶと、自分でも驚くくらいに強烈な炎の嵐が、私の手のひらから放たれる。その威力はその反作用で私自身が後ろに吹き飛びそうになるほどだった。
魔王は私の魔法を食らう寸前にバリアのようなものを張ったみたいではあったが、そのバリアすらも一瞬で破壊された。
ぐあぁぁぁぁ!
という声が辺りに響き渡る。巨大な火柱がたち、中の様子を見ることはできないが、その叫喚で中の様子が想像できる。
「はぁ……」
チャルは私の隣に戻っていた。
「倒したのかな……?」
「たぶん……あれ食らったらさすがにもう立ち上がれないと、思う……けど」
目の前には、焦げたローブに身を包んだ、魔王が倒れていた。
「ぐっ……まさかここまでとは、ここまでとは驚いた……」
「……」
「その歳で、どうやってそこまでの力を……?」
「いや、自分でもわかりませんが……」
「いや、私にはわかる……君らはふたりだから強いのだ、ひとりでは何もできないのだろうが、ふたりだと何でもできると思っている……そうだろう?」
「そりゃあ、まあ」
確かに、そう思っているかもしれない。
「それはあながち間違いでもないかも知れないな……しかし、私も、こんなところで倒れているわけにもいかないので……な」
ドン!
魔王が言葉を終えた瞬間、その満身創痍の身体から強烈な重力波が放出され、私たちの身体が吹っ飛ばされる。
「うっ」
「ぐえっ」
私たちは部屋の壁に叩きつけられた。
それをよそに、倒れた魔王の身体が魔王らしからぬ神々しい白い光に包まれていく。
「チャル、これは……?」
「わかんない……」
「がぁああ……!」
と魔王の叫び声が部屋の中をこだまする。すると、何やら部屋の壁をすり抜けて、大量の光の玉が飛んできた。そして、それらが魔王の身体の中に入り込んだ。その光の玉が身体の中に入る度に、魔王の魔力が増大していくのを感じる。
「これは……いや、後悔させてくれる……!」
そう言うと、さっきのダメージはまるでなかったかのように、身体を起こして空中に浮いた。
「はぁあああああ……!」
魔王がそう叫ぶと、魔王の身体を包むように真っ白な光の柱が形成され、天井を破壊し天を貫いた。
そして、驚いたことに、天を貫くその柱を中心に、墨汁を水に垂らしたように、白昼の空が黒く、闇に染まっていくではないか……!
「あれ、空が夜空になっていく……」
「……」
空は全くの暗闇ではなく、本当の夜空のように月や星々が瞬いていた。
「決着をつけてあげよう……」
魔王はそのまま上昇していき、壊れた天井の穴から外に出た。
「え、どこ行くの」
「追うよ!」
「どうやっ……」
私が言い切る前に、チャルは私の右手を思い切り掴んだ。そして、自分の体重が軽くなるような、私の回りの空気の密度が大きくなるような、なんとも言えない不思議な感覚に襲われ、次の瞬間、私の身体が宙に浮いた。
「ついてきて!」
私と同じく宙に浮いたチャルは私の腕を掴んだまま宙を泳ぎ、城の外へと飛び出した。真っ暗闇の夜空の下、まばゆい光に包まれている魔王は遥か上空にいた。それを追って、私たちも加速しながらぐんぐんと高度を上げていく。
「え? え? チャル空飛べるの???」
私は驚きのあまりすっとんきょうな声を上げてしまう。
「うん。でも絶対に手、離しちゃダメだよ、落ちるから」
その言葉を聞いて、私はより強く手を握った。どんどんと高度が上がっており、いまではもう自分と同じ目線に雲が見えるほどだった。こんなところから落ちたらひとたまりもない。
チャルに手を引かれながら、ものすごいスピードで風を切る。視界に映るのは感動するほどの満天の星空、天球面に張り付いて見える星々がきらめいている。
「あら、来ましたね……」
魔王に追いついた時、私たちは、正面にいる魔王の背景が宇宙になっているほどの高度にいた。
下に見えるのは、もう城や、大陸などではなく、丸い惑星としての地球である。この綺麗な惑星をひとりで支配しようなんて許されない。
「なぜ、こんなところまで逃げたの?」
「ふふ、私の地球が壊れてしまうと困るのでね……」
「地球は、君のものではないけどね」
「いまはね」
「……」
無数の恒星に照らされた私たちの間に、冷たい空気が流れるのを感じる。
「もう……次で決めてしまおう」
「そうだね……」
魔王のセリフに対して、私も呼応する。決着をつけるつもりなのだ。
どんどんと、魔王の身体に魔力が溜まっていくのを感じる。
「リリスちゃんも……ほんきで魔力溜めて」
「わかってる」
「私も手伝ってあげるから」
そう言うとチャルは、私の後ろに回り込み、後ろから私を覆うようにして抱きしめた。そして、私の両手に、自分の両手を重ねた。
「リリスちゃん緊張してるの?」
「してるかも」
「らしくないよ」
ものすごい勢いで私の身体の中に、暖かいチャルの力が流れ込んでくるのを感じる。
魔力を身体に貯めるというのは、身体と言う有限の器の中にエネルギーを溜め込むことであり、どんどん苦しくなるし、いつかは溢れてしまうものだ。
しかしなぜだろう、いまはその感覚がまるでない、このままチャルの魔力を無制限に私のなかに溜めていけるような感じがする。
「これは魔力なんかじゃないよ」
チャルが言った。
***
目の前にいる魔王はもう身体が見えないほどの強い光を放っていた。いま地上にいる人は近くで星が爆発したかと勘違いするかも知れない。
そんな危機的な状況にもかかわらず、なぜだか私の心は穏やかで落ち着いていた。むしろ、流れ込んでくるチャルの"愛"がとても気持ちよくて、ずっとこうしていたいくらい……。
「ふふふ、もう溢れんばかりの魔力が溜まっているぞ、これで貴様らを木っ端微塵にしてくれる!」
「できるものなら……」
「やってみろ!」
私たちは、溜めた魔力を一気に前方へ向けて解放した。
「ヘル・プロミネンスッッ!!」
「「コズミックレイ・バーストッッ!!」」
魔王が放った魔法と、私たちがふたりで放った魔法が衝突し、大爆発が起こった。
To be continued.




