十九日目 最後の寄り道
私たちはいま、ふたりで魔王の城の地下牢獄のなかにいた。ダークショスとか名乗る、巫山戯た魔王に閉じ込められてしまったのだ。いや、チャルは自分からここに来たので閉じ込められたというのは正しくないか。
「とりあえず、ここを出よう」
そう言って、チャルが右手を鉄格子にかざすと、空間ごと鉄格子がねじれる。まるで、柔らかい棒が渦潮の中に吸い込まれるように。
チャルの能力では空間ごと捻じ曲げて破壊されてしまうから、どんなに強固な素材で牢屋を作っていようと意味はなかった。
そんなわけで、目の前の鉄格子は、無残に引き裂かれていた。
「とりあえず出たけど、どうしよう」
「うーん、なんか地下の牢獄って言ってたから、上に行けばいいとは思うけど……」
チャルの眼でも魔王がどこにいるのかわからないとなると、がむしゃらに探し回るしかない。
「そうだね、城の魔物が襲ってくるかも知れないから、気をつけながら行こう」
「うん」
牢獄には特に看守などがいるわけではなかった。まあ、私たちが牢屋に閉じ込められたのはほんの数十分前だから、これは仕方がないのかも。
私たちが閉じ込められた牢屋以外にも、いくつかの牢屋があったが、そこには何者もいなかった。
牢屋に離接する廊下を進んでいくと、上に上がる階段を見つけた。
「ここを上いけばいいのかな?」
階段を上まであがると、鉄でできた扉があった。しかしそれは鍵がかかってるわけでもなく、拍子抜けなくらいあっさりと開いた。扉の先は廊下だった。牢獄という雰囲気の場所ではなく、ふつうのお城の廊下であった。
「とりあえず、牢屋は出たみたいだね」
「そうみたいだね、もうバレているだろうし、堂々と廊下の真ん中歩いて行っていいよね」
「うん、いいと思う。魔物が出てきたら、リリスちゃんよろしく」
「まかせて」と返事をする私。さっきチャルと離れたときはあわや泣きかけたが、もう大丈夫。さっさと魔王のところまで行って、この冒険にカタをつけよう。
***
「サンダー!」
廊下をのんきに歩いていた魔物の脳天に雷が落ちる。
意外にも、魔物が私たちを率先して襲っているということはなく、魔物はただ住人としているだけだった。もちろん、見つかれば襲ってくるが、私たちを探し回っているということはない。もしかして、私たちが牢屋からすぐに出たことに気づいていないのかな? それとも、侵入者が城に入ってきていることにすら気づいていないのかな? 何にせよ、情報がうまく行き渡ってはいないようでありがたい。
「次はここの部屋に入ろう」
いままでに何個か部屋を見て回ったが、特に面白いものは見つからなかった。もちろん、魔王がどこにいるのかもまだわからない。
「む」
「どうしたの?」
「鍵がかかってるね」
いままで入った部屋はどこも鍵などはかかっていなかったから、少し驚く。もしかしたら、ここは特別な部屋なのかも知れない。チャルが鍵を開け、ふたりでなかに入った。
「これは?」
「宝物庫……?」
そこは宝物庫だった。大量の宝箱が置いてあり、武器や鎧などが壁にたくさんかけられていた。
「はぁ疲れた……」
私たちは、宝箱に持たれかかるように座り込む、窓の外から見える空はまだ青かった。ここは宝物庫だけど、いま宝物なんかに目を奪われている余裕はなかった。これからどうしようかというのがいちばん大切なのだ。
「扉の鍵も閉めたし、ここにはたぶん誰も来ないと思う。ちょっと作戦会議しよう」
チャルは座ったまま、念動力で鍵をかけ直していた。
「うん、そうだね。けっきょく魔王はどこにいるんだろう」
「外から見た感じ、この城は二階建てだったよね」
「うん。だからたぶん、まだ全部は見てないけど一階にはいないんじゃないかな、なんとなく……」
今いるのはお城の一階で、いくつかの部屋を見て回ったが、特にめぼしいものは見つからなかった。何もないか、魔物がいるくらいだった。
「じゃあ、二階かな?」
「たぶん、そうだと思う」
たいてい、偉い人っていうのはその建物の一番高いところにいるものだ。うちの国の王様もお城の最上階の真ん中の部屋にいたしね。もちろん、その部屋というのは私たちの国の王様に魔王を倒してくれと頼まれた場所だ、もはや懐かしさすら感じる。しかし、お城の王様の部屋から旅を開始して、目的地が地球の裏側にある同じような場所といのも、面白いのかも知れない。
「そうだねぇ……こんなことなら魔王の声聞こえるようにしといたほうが良かったかな、道教えてくれたかも」
「えぇ……どうだろう」
しょうじき、魔王がそんなに親切とは思えないけど……。
「まあでも、とりあえず、疲れたから少しここで休もう」
チャルの提案に、私は無言で頷いた。
私たちはふたり、宝箱にもたれて、手を繋いだまま地べたに座り込んでいる。
こんな、敵の本拠地の中にいるにも関わらず、私は不思議と安心感に包まれていた。私を包んでいるこの暖かいものの正体は考えなくてもわかった。
チャルだ。
チャルが隣にいるから、私は安心していられる。
「チャル、ありがとう」
「何が?」
「さっき、助けに来てくれて……」
「どういたしまして……そりゃリリスちゃんがいなくなっちゃったら、助けにも行くよ」
チャルはそっぽを向いて言う。どんな表情をしてるのか見えないが、たぶん照れてるんだろう。
「私、怖かった。さっき、本気で怖かった」
思えば、この旅に出てから、私が本気で恐怖を感じたのは、さっきの暗闇だけかも知れない。強い敵と戦った時も、どこかのダンジョンを探索している時も、オバケみたいなものに出会った時だって、私は本気では怖がっていなかったんだと、さっき気づいた。そして、私はチャルと引き離されることだけが本気で怖いんだって気づいた。
「ふふ、リリスちゃんがそんなに怖がるなんて珍しいなあ……」
「チャル、おねがいだから……私から離れないで、ずっと、永遠に。万が一離れたら、さっきみたいに、必ず来て」
「わかってるよ、口にしなくても……それに、私だって、怖かったし……」
「そっか……」
「うん……」
それからしばらく沈黙が続いた。その沈黙には気まずさなどは少しもなく、とにかく心地が良かった。
私はその間、ずっと窓から外を眺めていた、こんな地上のことと無関係に、白い雲は青空の中を流れている。
チャルの左手は暖かい。できれば、ずっとこうしていたいな……いまは無理だけど。
***
「休憩もしたし……二階に行こう」
しばらく沈黙のなかで休憩をして、ようやくチャルが口を開いた。
チャルが立ち上がり、手を引かれた私もいっしょに立ち上がる。
「うん! がんばろう」
「うん」
ようやくもやもやした不安な気持ちがすっきりした。気合を入れ直して、魔王の元へ行こう。さっきまでの私は、柄にもなく気弱になっていた。
「私から、離れないで」
またしてもチャルに念を押す。別に言わなくたって、チャルから離れることなんてないとわかってるんだけどね……。
「ふふ、わかってるよ。リリスちゃんさみしがりだもんね」
「それは、チャルもでしょ……」
「うん、そうだよ」
チャルは笑顔でそう言った。
「もう一回言わせて。助けてくれて、ありがとう。大好き」
「どういたしまして、私もだよ」
「ありがとう」
私たちはこうして、その宝物庫を後にした。
To be continued.




