十八日目 特別な光
いよいよ見えてきた、魔王の城。
妖精の泉から立ち去って何時間くらい歩いただろうか、私たちはマリーゴールドとシルバーレースというふたりの妖精にこの樹海を案内してもらってここまできた。やっと見えてきたのだ、私たちの旅の最終目的地である、魔王の城に。
もちろん、目的地について、はいおしまい、というわけにはいかない。むしろ、着いてからが本番なのだ。それでもここまで来るためにふたりで歩いてきた長い道のりを思い出すと、魔王の城なんていう私たちが恨むべき建物であっても、やっとここまで来たという思いから、それを目にして感動してしまうのだ。
しかし、目的地周辺で、ナビは終了するべきだろう。
「ありがとう、ふたりとも、でももう大丈夫だよ。あんまり近づきすぎると危ないかも知れないし」
魔王の城の住人に見つかったら、妖精は退治されてしまうともわからない。泉まで帰すのが少しだけ不安だが、ここまで来る途中、魔物には一度も遭遇しなかったから、まあ大丈夫だろうと思う。それに、この樹海にふたりより精通している魔物もいないだろうし。そういえば、樹海ではほとんど魔物に遭遇しなかったが、いま思えばこれも魔王の呪いなのせいだったりするのかな? 魔物が魔王に呪われるっていうのは、なんともおかしな話な気もするが……。
「そうだね……じゃあ、お気をつけて……」
シルバーレースちゃんが言った。
「ありがとう。がんばって」
マリーゴールドちゃんが言った。
「どういたしまして、ふたりとも」
私たちはふたりに背を向けて、城が見える方へと歩き出す。別にこれは永劫の別れでも何でもないから、大して悲しむ必要はない。魔王を倒してから、またふたりでふたりに会いにくればいいのだ。
ところで、魔王の城っていうのは魔王が作ったのだろうか、それとも元々あったお城を魔王が乗っ取ったものだったりするのだろうか。もし後者だとしたら、お城を壊さないように気をつけなければならない、とふと思ったけど、チャルが直せるから別にいいか。
「すとっぷ」
チャルが手で私を制止する。木の陰に隠れて城のほうを覗く。ここからはもう、かなり小さいが、城の入り口、正門が見えた。
「チャル、なにか見える?」
「門番ぽいのがいるね、二匹」
うーん、目を凝らすとなんか影が二匹見えるような気がしないでもない、しかし実際遠すぎて私じゃわからない。
「ちょっと、作戦会議しよう」
確かに作戦会議は必要だ。あれは言うならば敵の本丸である、それに真正面から何も考えないで攻め込むのは、あまりにも無鉄砲というものだろう。
「まあ、魔王のところまで行ければいいわけだけど、そもそも魔王はどこにいるの?」
「うーん、城だから、大抵上のほうの真ん中の部屋とかにいるんじゃないかなぁ」
なんとも適当だか、的を射ているような気もする。
「あれ、透視はできないの?」
「うーん、なんかお城の周りに結界みたいなのが貼ってあって、ここからだと中が見えない……」
「そうなんだ……とりあえず、城の上を目指す感じでいいのかな? それでどこから入る?」
「あまり派手なことはしないで、こっそり忍び込むのがいいのかな」
「でも、どこから入れるかなんてわからないよね」
初めてきたお城だから当然だが、正面以外の入り口がどこにあるかなんてわからない。
「うーん。別の入り口探している間に見つかっちゃったら元も子もないし、やっぱり二匹の門番をなんとかして、正門から入り込もうか」
「なんとかして?」
「もう少し近づいて、私が何とかする。リリスちゃんの魔法だとバレそうだし」
木々の影に身を隠しながら、その城の正門に少しづつ近づいていく、抜き足差し足忍び足。ここまで近づくと、私の視力でもだいぶ様子が見えてきた。城はそこそこ大きい、私たちの国の王様のお城よりも大きく、城壁は白、屋根は青で着色されていた。うん、なんとも豪華な感じだ。城のデザインに関して言えば、魔王が住んでそうな不気味なデザインなどでは決してなかった。もし写真を撮って見せたら、たいていの人がこんなところに住みたいな、と理想をこぼすだろうと思う。しかし、その城の内部から発せられる独特で不気味なオーラは、その豪華なお城のデザインでは全く隠し切れていなかった。私ですら感じるのだから、こういうものに誰よりも敏感なチャルはもっとすごいのだろう。
「ここでいいかな、隠れて」
木の陰にふたりで隠れる。ここからは門番のふたりが完全に目視できた。城の周りには堀があり、水が溜まっているみたいだ。そしてたしかに、堀を超えて正門へ渡るための橋の上に、門番が二匹いた。それにしても驚いた、門番はドラゴンで、剣を手に持ち鎧に身をまとい、二足歩行で立っているではないか。二足歩行する爬虫類は走る襟巻とかげしか知らなかったが、こんなのもいるのか。
しかし幸いにも、どちらもこちらに気づいている様子はまるでない。
「チャル」
「まかせて」
チャルは木の陰から右手だけを出して、魔物の方にかざす。そして小さく呟いた。
「ニューロンドリップ」
チャルが魔法を唱えるとすぐに、直立不動だった門番が、ふらふらと身体をゆらし始めた。そして、二匹の門番が堀の中に落ちる音が響いた。
「ふぅ、気づかれてないかな……?」
「たぶん大丈夫そう……ところでチャルなにしたの?」
「脳を溶かして、立つこともできなくしたのよ」
そんなかわいい顔で言うセリフではない。
「いまのうちになかに入ろう」
チャルが言った。
「見張りとかは大丈夫?」
「どうだろう、たぶん」
たぶんか、でも仕方がない。
「行くよ」
チャルの掛け声とともに、私たちは隠れていた木から飛び出て、城の入り口に向かって駆ける。
しかし、なんかバレないように行動するのって楽しい。全く楽しんでる場合じゃないかもだけど。
「よし、ばれてないかな」
すぐに堀にかかる橋の上にたどり着いた。堀の中を覗いてみると門番が沈んでいた。脳みそ溶かされて溺死とはかわいそうだ、アーメン。
目の前には城の入り口である、大きな扉があった。門番が鍵を持っていたのかな、まあそれは別に必要ではないけど。
「鍵かかってる?」
「うん。まあ鍵は問題ないけれど、入った後どうしよう」
「んー、しょうじき、いままでこそこそしてたけど、入った瞬間にバレると思う」
だってそうでしょ、エントランスに誰もいない城なんて聞いたことないし。
「だよね、まあバレたらしょうがないけど、一応バレないと嬉しいという方向で行こ。誰かが出てきたら仲間を呼ばれる前に瞬殺する感じで」
「わかった」
私は返事をしてうなずいた。いよいよ城の中に入り込むときだ、緊張してしまうのはしかたがない。
「鍵は開けたよ、321、で扉を開けるね」
私はコクリと頷いた。
3……2……1……
バン!
という大きな音とともに、勢いよく扉が開いた、チャルが魔法で開けたのだ。
私たちふたりはすばやく中に入り込んだ。案の定、すぐさま中にいた魔物に気づかれた、あんなに大きな音を立てて扉が開けば当然である。
中にいた魔物が各々声を上げる、ここの魔物はしゃべれるのか。しかしみんな驚き戸惑っていた。こんな異常事態にすぐさま対応して行動できるほどには訓練されていないらしい。
1, 2, 3, 4, 5, 6匹
魔物は全部で六匹だ。部屋は広かった、なので他にも魔物がいないとは言い切れないが、とりあえず目視で確認のできているこいつら六匹を真っ先に何とかするべきだろう。
「チャル! 右!」
「わかった!」
自然に私たちの手が離れる、さすがに今は手を繋いではいられない。
右に三匹、左に三匹。
三匹ずつ担当だ。
私側の三匹の魔物は、少し言葉とアイコンタクトでやり取りするような仕草を見せてから、一斉に私に襲いかかってきた、魔物たちが私に到達するよりも速く、私は魔法の名前を叫んだ。
「エクスプロージョン!」
私は魔物の身体の中心に瞳の焦点をあわせる。すると、その焦点を中心にして、瞬間的に大爆発が起こった。その爆発に巻き込まれた魔物たちは一瞬で塵になり、爆発によって舞い上がった埃と区別がつかなくなった。
「ふぅ……」
とりあえず私の方は片付けた。しかし、すこし焦ってしまったせいで、加減が利かずに城の壁まで犠牲になってしまった。それに、少しもバレないように配慮できなかった。
チャルの方を向くと、チャルのほうももう片付いていたようだ。チャル側の魔物たちは地面に身体がめり込んで動かなくなっていた。チャルが何したかを直接見てはいなかったが、この魔物のありさまから察するに、大方重力系の魔法で、地面に潰されたというところだろう。
「おつかれ、チャル」
「うん、リリスちゃんもね。ところで、バレてないかな?」
「いや、かなり大きな音出しちゃったし、バレたと思うけど……」
もし、あの爆発音でこちらに気づかないとしたら、耳栓して寝ているとしか思えない、いやそれでも気づくくらいの音量だったと思う。
「うーん、まあしょうがないか、誰か来る前にこの部屋を出よう」
「そうだね」
私は、完全に無意識に、チャルの手を握ろうと右手を伸ばしていた。しかし、そのとき事件が起こった。私の手がチャルに触れるまであと数cmというところで、辺りが真っ暗になったのだ!
これは、単に部屋の明かりのスイッチを誰かが切ったという話しではない、窓やチャルが開けた扉からの光も全く入ってこなくなっている。つまり、何者かの魔法で、私の目に入る明かりを遮断されたのだ。
***
闇のなかに私はいた。
「チ、チャル……」
周りが見えないという不安もあり、私は、繋ぐために伸ばしてあった右手を、チャルに触れようと動かす。しかし、なんということだろう、私の右手は、何にも触れることはなく、虚しく空を切った。
「あ、あれ……」
あれ、チャルはどこ……?
「チャル、チャル! いないの!」
私がそう叫んでも、返事は返ってこなかった。恐怖で背筋が凍るとは、こういうことを言うのだろう。ものすごく嫌な予感が、頭によぎった。
「チャル! チャルどこ!」
叫んでも叫んでも、返ってくるのは反響した私の声だけだった。なんということだ、はぐれてしまったのだろうか? 一番嫌なことが起きてしまったかもしれない。私ひとりで行動しようにも、こんな真っ暗闇では歩くこともままならない。
「チャル……」
私は呻くようにその名前を呼ぶ。私が勘違いをしていたこと、それに今気づいた。魔法で周りの光が入ってこなくなったのではない。私は、魔法でこの真っ暗闇の別の場所に転送されてしまったのだ。そして、何よりも悪いのは、チャルと別々に転送されたことだ。
私は地面にへたりこんでしまった。
「チャル……」
とその名前を呼んでも返事は返ってこない。
ああ、私はひとりじゃなにもできない。どうすればいい、どうすればいいのか。私がどうすればよいかも分からず、うなだれていた。そんな傷心の私の耳に、何か雑音のような音が入ってきた。
『あ』
それが聞こえた時、私の身体はビクッっと飛び跳ねた。
「な、なに!」
思わず何も見えない暗闇で辺りを見回した。すると、私の耳に何者かの声が入ってきた
『聞こえますかねぇ……』
近くに誰かがいるわけではない、魔法で誰かが直接脳内に語りかけてきているのだ。
「だ、だれ!」
少しの光も入ってこない全くの暗闇で、声だけが聞こえてくる。この状況で少しも怖がらないほど、私は強くはなかったが、それでも虚勢だけは張っておく。
『人に名前を聞くときは……まあいい、私の名前はダークショス。ところで、君たちみたいなかわいいウィッチふたりがここに何の用事かな?』
「チャルはどこ!」
『質問に答えて欲しいけど……まあいいか。それは、もうひとりのウィッチのことかなぁ……彼女なら、君と同じように閉じ込めさせてもらったよ、もちろん君とは別の場所にねぇ……』
なんとも人をムカムカさせる話し方だ、しかし、声相手には何もすることができない。
『しかし、よくここ……で、来たも……で……ねぇ……』
「?」
『そこは、この城にあ……地……牢獄……で……ミ……ャ……イ……デキナ……』
なんだ? 耳に入ってくるやつの言葉が、少しずつおかしくなる。まるで、ちゃんとチューニングできていないラジオを聞くみたいに。
『……』
そして、何も聞こえなくなってしまった。一体何が起きたのだろうか、奴のほうから会話を切ったという感じではなかったが……。
私が、唖然としていると、この私がいる空間に誰かが現れたような気配を感じた。私は得体のしれぬ恐怖心に襲われて、その気配の方を睨んだ。しかし、そこから聞こえてきたものは私が世界で一番大好きなものだった。
「ライト」
眩しい! 真っ暗闇だった部屋がいきなり光の玉に照らされて、いっしゅん目が眩む。
「ああ、リリスちゃん、よかったぁ……」
私の目の前にはチャルがいた。
「リリスちゃん、大丈夫?」
私は感極まってチャルにいきなり飛びついた。この温かみで、さっきまで私の周りに渦巻いていた不安や恐怖心はどこかへ飛び去ってしまうのだ。
「チャルぅ……」
「え、え、どうしたの? 痛かった?」
「会いたかったぁ……」
それを聞いたチャルは、呆れたような顔をして、私の頭を撫でる。私のほうが身長が高いから、なんとも不格好な感じになってしまう。
「たった数分離れただけなのに、リリスちゃんはだめだなぁ……」
ふふふ、というチャルの苦笑する声が、また私の心を癒やす。
「でも、ほんとに合流できてよかったぁ……ここまでワープするのけっこう苦労したんだからね……」
「そうなのぉ……?」
チャルは身体を離して、繋いだ手だけが残る形になる。もう少し抱きしめていて欲しい、なんて言える状況じゃないかな……。
「なんかね、この城全体に強力な魔力のノイズが飛び交っていて、時空が乱れているせいでうまくワープできないんだよね。まあ、魔王がやってるんだと思うけど……」
「そうだったんだ」
「リリスちゃんのところにはなんとかワープできたけど、他のところに自由自在というわけにはいかないみたい」
「なんで、私のところにはワープできるの?」
「んー、目視できないところにワープする時って、何か目印になるようなエネルギー元を逆探知して、そこへワープするっていう方法を使わないといけないんだけど、私の目だとリリスちゃんは特別良く見えるから」
そんなメカニズムでワープしていたとは知らなかった。しかし、私だけ特別良く見えるとは?
「それは、私が魔法使いだからってこと?」
「そんなわけないでしょ。魔法使いのところにワープできるなら、最初から魔王のところにワープしてるよ、魔王も魔法使えるぽいし……」
「あ、そ、そうなんだぁ……私だけ特別なんだ……」
そんなことで嬉しくなってしまう私はものすごく単純だなぁ、と思う。でも、私はそんな私が嫌いじゃない。
「そうだよ、当たり前でしょ。あと、ついでにここにワープするとき、あのムカつく魔王の声も切断してやったよ」
ああ、だからチャルがワープしてくる前に、やつの声が変な感じに聞こえたのか。というか、あの声ってダークショスとか名乗ってたやつのことだよね、あれが魔王だったのか。
「ああ、やっぱり、あれが魔王だったんだ……」
「って言ってたよ。じゃあ、これからそいつのところに向かおう、どこにいるのか、わからないけど」
「うん、そうだね」
「それと、できるだけ手は離さないでね。手を離すとふたり別々に時空間魔法で転送することができちゃうから。リリスちゃんも、そんなのはもう嫌でしょ?」
チャルが言った最後の一言は、少しいたずらっぽかった。これがたぶん、チャルの優しさなんだろう。
ちょっと取り乱してしまったが、まあいい、ふたりでいれば大丈夫。私たちを離れ離れにさせるなんていう、巫山戯た所業をしたことを後悔させてやる。
私たちは手を握って、ふたりで歩き出した。この手をもう、二度と離すもんか。
To be continued.




