十七日目 レインボーマジック
「ねむねむ……」
チャルは目をこすりながら言った。
さっきまでいた砂地の中にある村を出て、私たちはしばらく歩いて今度は樹海の入り口にいた。砂地の次にこんなに深い樹海があるとは、この島は少しへんな気候なのかも知れない。
だいぶ歩いて、チャルもそろそろ目が覚めてきたかなといったところ。
「この樹海の奥に魔王の城があるらしい」
チャルは地図を見ながらいう。なんで樹海の中なんかに城を作ったのかは知らないが、そうらしい。
目の前の樹海にはなんとなーく不気味な雰囲気が漂っている、だいぶ前に行った、温泉がある村のあった森はなんとも神秘的で、空気も美味しくて気持ちがよかった、またチャルとふたりで散歩でもしたいなと思うような場所だった。しかし、この樹海はその森とは対照的に、おどろおどろしく、できれば中には入りたくないなと思う、そんな雰囲気。しょうじき、その森とこの樹海、見た目でどう違うのか言葉で説明できないし、なんで不気味と感じるのかもわからない。もともとこの樹海はそういう場所なのか、それとも、魔王がきたからこんな雰囲気なのかは私にはわからなかった。
「じゃあ、行こうか?」
「うん……」
しょうじき、私は行きたくはなかったが、この樹海のなかに入らないと魔王がいるところにはたどり着けないのだ。いままで魔王を目的に旅を続けてきたんだし、ここで引き返すわけにもいかないだろう。たぶんもうすこしだ、がんばるぞ。
チャルの手をギュッと握り、私たちはその樹海のなかにはいった。
樹海に入ると、太陽の光が遮られていっきに視界が暗くなった。
***
「ここどこ?」
「ちょうど、真ん中くらい」
チャルが地図と、木々に隠されてほとんど見えない空を見比べて言った。数時間歩いて、ようやく樹海の真ん中らしい。樹海といえば、なんとなく、磁石が狂ったりして迷子になってしまうようなイメージだが、そうでもないのかな。しょうじき、私にはずっと同じ景色が繰り返されているようにしか見えないし、ひとりにされたら確実に迷子になるだろう。でも、チャルはそんなことはないらしい、地図で自分がどこにいるかを確認しながら、私の手を引いて、たんたんと前へ進んでいる。はぁ、よかった、チャルといっしょで、この旅に出てから何回こう思ったかわからない。
樹海の入口付近と比べると、かなり木々の密度も高くなってきており、太陽の光がほとんど入ってきていない。おかげで、最初から不気味だったこの樹海のおどろおどろしい雰囲気が加速している。まわりもなんだかじめじめとしており、湿度がすごく高い気がする。周りに生えている植物はぐるぐる巻いたゼンマイや、きのこなど変なものばかり。このきのこもだいたいが赤とか紫とかで、食べたらやばそうなものばかりだ。
しかし、これは意外だったが、魔物はあまり多くはいないようだ。ここまでの数時間の道のりで、片手で数えられる数しか遭遇していない。魔王の城のまわりなんて魔物がうじゃうじゃしているものと思っていたが、そうでもないらしい。まあ、こんな陰気な所には魔物でも住みたくないのかもしれない。
さらにチャルに手を引かれ、そっちの方向へと歩く。樹海の中は大きな木に行く手を阻まれたり、ぎりぎり登れなさそうなちょっとした段差があったりなどして、直線を進むことができず、否応なしにぐねぐねと前へ進むことが強制される。これがまた疲労を蓄積させ、どこを歩いているのかわからなくさせる。
地面はやたらと水分が多いようで、一歩踏み出す度にべちゃべちゃと、音がする。もはや服に跳ねないようになどと気を使う余裕はなかった。というか、どんどん地面の水気が増しているような気がしてならない。
「地面ぐちゃぐちゃで歩きにくいね」
「もうすこし……」
私のセリフに対してなのか知らないが、チャルは地図を凝視しながら言った。
もうすこし? 何が?
「チャル、もうすこしって?」
「あ、見えてきたよ」
もしや魔王のお城が見えてきたのかと、少し期待したがそうでは無かった。
そこには水たまりというには大きな、池というには小さな、水が溜まったところがあった。
「チャル、これは?」
「通り道にあった、うーんと、"妖精の泉"っていうらしいよ」
妖精の泉? これが?
失礼かもしれないが、私はそう思ってしまった。
というのも、そこにあった水たまりは、水も濁っているし、水の流れも全くなく、へどろが浮いた水たまりだった。鯉でもいれたら死んでしまいそうだ。
こんなもの、どうみても"妖精の泉"という感じではない。がんばっても、〇〇の沼というネーミングが精いっぱいだろうと思う。
「まあいいや、きりいいしちょっと休もうか」
私は言った。しょうじきこんな所で心が休まるかは不安だが、この樹海はどこもこんな感じだから、ここで休んでおこう。
「そうだね……ん?」
チャルが何かに気づいたように声をあげた。
「ん? どうかした?」
「なんか、生き物の気配がする」
あっち、と泉のわきを指さすチャルといっしょに、その泉の脇に行った。
「あ!」
と思わず声をあげた。なんとそこには、二匹の、人間の顔くらいの身長の、妖精が横たわっているではないか!
しかし、そこに横たわっている妖精は寝ているという感じではない、むしろぐったりと倒れていると言った様子だった。
「チャル! 治療!」
「わかってる」
チャルは右手を二匹の妖精の前に掲げて言った。
「ガイア・ヒーリング」
チャルが魔法をかけると、すぐに妖精の身体がピクッと動いた。そして、徐々に、妖精の身体が淡く光を放っていく。一匹は金色、もう一匹は銀色に。
光の輝きはどんどんと強くなり、ある程度の明るさで止まった。そして、
「ありがとう!」
「ありがとう!」
「助けてくれてありがとう!」
ふたつの光はふわりと飛び上がり、私たちの目の前にふわふわ浮遊する。
そして彼女らはお礼を言った。
「あ、よかった。こんな所で倒れてたら誰だって助けるよ」
「それでも、ありがとうございます! 私はシルバーレースといいます」
「ありがとうございます! 私はマリーゴールドといいます」
金色に光っている方はマリーゴールド、銀色に光っている方はシルバーレースという名前らしい。なんとも覚えやすい名前だ。妖精が話すと、それに合わせるようにして妖精の周りを包んでいる淡い光が強弱する。
「それで、なんでこんなところに倒れてたの?」
「魔王のせいなんです!」
マリーゴールドと名乗った方の妖精が訴えかけるように叫んだ。
「魔王が関係してるの?」
「そうなんです!」
「私が、説明しますね」
シルバーレースと名乗った妖精はそう言って、一呼吸置くと、口を開いた。
「実は、魔王が来てから、この妖精の泉、いや、この樹海全体が呪われてしまったみたいなんです。この泉や樹海、陰気臭くて、不気味でしょ? 元々はこんなんじゃなくて、もっと空気も綺麗で生命に満ちた森だったんです。それに、この泉も妖精の泉って呼ばれているくらいで……たくさんの妖精が住み着いていたんです。それなのに、いまは私たちふたりだけになってしまって……」
シルバーレースは感情を抑えて事実だけを淡々と説明する感じで言った、しかし、心の奥にあるだろう悲しみは、鈍感な私にすら、隠しきれてはいなかった。
「えっと……他の妖精たちは、死んでしまったの?」
「いえ……死んでしまったというのは正しくないです。妖精というのは厳密には生き物ではなくて、自然と密接に結びついた"概念"なんです。だから、妖精たちはこの樹海や泉が呪われてしまったのと同時に徐々に消滅してしまったのです。私たちもあなたがたの魔法で体力を回復させて貰いましたが、これも応急処置にすぎなくて、私たちの住処である泉がもとに戻らないければ、消滅するのは時間の問題なんです」
「あ、なるほど……じゃあ、根本的に君たちや他の妖精たちを助けるには、この樹海全体にかかった呪いを解けばいいってこと?」
「そのとおりです。ただ、解呪の方法が私たちにもわからなくて……」
なるほど……。呪いか……あれ、呪いってなんか、私の知り合いに専門家がいたような気が……。
「あ! 呪いって、チャルが得意なやつだ!」
「えぇ……その言い方なんか人聞き悪い……」
いやだって、チャル、この前ヤンデレが極まって"聖なる"金属であるオリハルコンで作った指輪に呪いかけてたじゃん。こんなことできるのもやろうと思うのも、この世界であなただけですよ、たぶん。でも、これを口に出さなかったのは私の優しさである。
「なんか、方法ないの?」
「うーん……呪いっていうのは、その呪いごとに解呪の方法が全然違うから難しいんだよ。まあ、がんばれば解呪できるかも知れないけど……一番手っ取り早いのは、その呪いの術者である魔王を殺しちゃうことかな」
おお、なんか専門家ぽい、なんて私はのんきに考えていたが、それを聞いた妖精のふたりはこの世の終わりを見たときのような、絶望的な表情を浮かべていた。
「そんな、魔王を倒すなんて……」
「無理だよね……」
とふたりがつぶやく。もちろん、それは無理などではない。
「なんだ、じゃあ仕事が増えるわけでもないし、良かったね」
と私。
それを聞いたふたりは、え? と言った感じで、私の方を見つめた。
「実は私たち、元々魔王を倒すつもりでここまできてるの。だから、何とかするよ」
そう言って、ニコッっとふたりの方へ笑いかけて見せる。
「そ、そんなことできるの?」
「うん、まあ任せなさいな」
私がそう言うと、ふたりは唖然といった様子で私の顔を見つめる。
しょうじき、魔王の強さとか知らないし、倒せるという根拠のある自信があるわけではまるでなかったが、まあ私とチャルのふたりならなんとかなるだろう、という根拠のない謎の自信が、旅の最初からずっとあったのだ。根拠のない自信というのは一般にあまり良くないとされているが、いまさらどうにもならない。それに、いまこのふたりを不安にさせるのも、良くないと思うしね。
「まあ、術者を殺しても解呪されないっていう高等な呪いもあるんだけど、たぶん解呪されると思うよ。まあ万が一、魔王を倒しても呪いが解けなかったら、私が何とかするよ、たぶんなんとかなると思う」
さすが、呪いのプロフェッショナルだけあるねって言ったらチャルは怒るだろうか。
「まあいいや、とにかく、目標は変わらずに、魔王を倒すってことでいいんだね」
とりあえず、寄り道することにはならなそうだ。
しかし、魔王の城の付近にもくると、かなり魔王の毒牙にかかった場所や人や妖精がいるんだなぁ。さっきまでいた村とか、この樹海とかこの泉とか、この島にかかっていた橋が落ちていたのも魔王の仕業だったらしいし。
私たちが住んでいた町は、今いる魔王の城の付近とは、地球の裏側である。だから、王様に言われるまでは魔王とかいう存在がいることすらも知らなかったが、近づくにつれてどんどん魔王の存在を感じる。
「じゃあ、行く?」
「そうだねぇ」
目標はこのままで、魔王の城に向かおう。
「じゃあ、マリーゴールドちゃん、シルバーレースちゃん、またこんどね。あなたたちの仲間、助けてあげるから」
私はそう言って立ち去ろうとしたが、それを呼び止めるように「あ、ちょっと!」と、シルバーレースちゃんが声を上げた。
「この樹海は迷いやすいから、わたしたちが案内してあげる!」
迷いやすいというのは確かに間違いない、ふつうの人がもし、目を瞑ってこの樹海の入り口から100mも進んだら、もう二度と娑婆には戻れないだろうと思う。
「チャル、どうする?」
「んー、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな、念の為」
「はーい! こっちこっち」
蛍のように光輝き、空中を飛び回るふたつの光。それを追って、私たちは妖精の泉という名にふさわしくない水たまりを後にした。
To be continued.




