十六日目 滅びた村
「あれが、例の村?」
この島に降り立ってから、私たちは数日歩いた、とりあえず、通り道にあるらしい村に向かって。この島は前までいた大陸と比べると少し肌寒くて、なんというか、空気が重い気がする。この島がもともとそうなのか、魔王が来てからなのかは知らないが。
でも、意外にも魔物の数は少ない気がする、そのかわり、ちょっとだけ手強いのが多いような気もする。気がするだけで、なにひとつわかってはいない。
そんな島をしばらく歩き、私たちの目の前にはようやく、目標としていた村が見えてきたのだった。
「そうっぽいね」
私の質問に対して、チャルが答えた。
その村は乾燥した砂地のなかにあったが、ペンペン草くらいはちらちら生えていたし、少し遠くを見れば木々も見えるから、砂漠というには大げさだろうと思う。
私たちはやっと町に着いたという嬉しさから、足取り軽くその町に近づいたが、すぐにその町の異変に気づいた。
その村は廃村と化していた。村には人影はなく、建物もほとんどが崩れ去っており、それは悲惨という言葉以外では形容できなかった。
「あれ、なんで……」
チャルは手元の地図と目の前の村を見比べて言う。
「場所はあってるんだけどな……なんで滅びてるんだろう……」
「さあ……」
私にももちろん、何もわからなかった。
「でももしかしたら、人まだいるかも知れないからちょっと探してみようよ」
「そうだね……」
そのゴーストタウンと化している廃村をふたりで少し探索することにした。もともと大きい村ではなかったらしく、十数軒の家があるだけのようだったが、そのほとんどが壊れていた。
「ひどいね……」
無意識にそう口にだしてしまうほどだった。
壊れている建物の残骸などを見ても、数年の年季が入っているようには見えない、長く見積もっても、壊されてから数ヶ月といったところだろう。魔王が現れたのも割と最近のようだから、もしかしたらこれも魔王の仕業なのかもしれない、たしか王様が、魔王に滅ぼされた村もあると言っていた気がする。
「だれかー、いませんかー」
私が声を出しても返事は返ってこない。聞こえてくるのは遮るものが何もないこの村を吹き抜ける風の音くらいだ。
「誰もいないぽいね」
「やっぱりかぁ、どうしよう」
うーん、と、ふたりで頭を捻っていると、チャルが何かを見つけた。
「あ、あそこの家になにかあるよ」
私たちは、その家に入りこんだ、まあ、家と言ってもほとんど壁もないようなものだったが、一応、壁の一部と、ほとんどが家の残骸に埋もれてはいたが、部屋の床だったと思われるフローリングっぽいものが少しだけ見えていた。階段の残骸のようなものもあったから、たぶんこの家は二階建てだったのだろう。
「ここになにかある」
チャルが床の上に覆いかぶさった家の残骸を魔法でどかすと、そこには何やら、床下収納の蓋のようなものがあった。
「これは?」
「いま開ける」
ずずず、と音をたててその扉が横へ動く。石でできているらしくかなり重そうだった、チャルの魔法がなければ動かせなかったかもと思うくらい。
「お」
なんと、その中には階段があった、地下室への階段だ。
「なかに誰かいるかも、入ろう」
「え、入るの……?」
しょうじき、なんか不気味だし私は入りたくはなかったが、チャルが入るべきという顔をしているので入らざる負えない。
入ってみると、中は意外にも綺麗で、すぐに地下室の扉のようなものを見つけた。
「リリスちゃん、ノックして」
なぜか自分でノックせずに、私に依頼するチャル。チャルは他人の部屋とか入るの苦手なんだよね、職員室とか入るのも苦手だし。ところで、ほんとにこんなところの地下室に人はいるのだろうか、まあノックしてみればわかるか。私がノックをしてみると、中からガタガタと物音が聞こえた。びっくりした、本当に人がいるみたいだ。
「……」
音が聞こえたのですぐに人がでてくるものだと思ったのだが、しばらく待ってみても誰も出てくる気配がない。
「すみません、誰かいませんか?」
人が出てこないから、しかたなく声をかけて呼びかける。するとなかから小さい声で返事が聞こえた。
「え、人間ですか……?」
「え? もちろんそうですが」
私がそう答えると、数秒の沈黙の後に、地下室の扉がゆっくりと、少しだけ開いた。隙間から女性の顔が覗き、私と目が合った。
「あ、ほんとうに……」
私と目があった人はそう言って、こんどこそちゃんと扉を開けた。
「ごめんなさい、ありがとうございます」
そう言ったのは、私の母親よりは少し若いくらいの女性だった。そして、その女性の脚には、がっちりと、前に寄った温泉のある村で見た、ミラちゃんくらいの女の子がしがみついていた。
***
私とチャルは、地下室のなかにあったテーブルを囲んで腰をかけていた。目の前にはふたり、おそらく私の年齢の三倍くらいと思われる綺麗な女性と、ミラちゃんくらいの小さな女の子が並んで座っていた。
「助けていただいて、どうもありがとうございます」
「え?」
女性は深々とお辞儀をしながら言った。助けた覚えは特になかったけれど、助かったらしい。
「実は、この地下室に閉じ込められてしまっていたんです」
「ありゃ」
それから、いろいろと話を聞かせてもらった。
この村は、やはりというか、数週間前に魔物に襲われてこのありさまになってしまったらしい。ほとんどの村人たちは魔物に襲われる前に逃げおおせたらしいが、彼女らはその時この地下室に避難したため、家の壊れた拍子に地下室の扉が埋められ、外に出ることができなくなってしまっていたとのこと。いままでは地下室に蓄えてあった食べ物で飢えをしのいでいたらしい。
「リリスちゃん、ちょっと」
チャルは私に耳打ちで話しかけてきた。
「私が村を何とかするから、ちょっとふたりには村の外出てもらっていいかな」
自分で言えばいいのにと思ったが、チャルなのでしょうがない。こういうのは慣れっこだ。
「すみません、村を何とかするので、外でてもらっていいですか?」
「ええ……でも、外に魔物とかがいたら……」
「さっきまでいなかったんでたぶん大丈夫です、それに万が一いても私たちが守りますから」
女性は、ほんとうにこんな女の子ふたりが守ってくれるのだろうか、と疑っているような様子だったが、それでも無理やり納得したようで、椅子から立ち上がった。
というか、さらっと聞き流したけど、村を何とかするって、どうするつもりなんだろう。
***
村の外にでた私たち四人。外から見ても村が酷い有様なのはよく分かる。村は砂地の真ん中にあったこともあり、外からよく見える。
「何とかするっていったい……?」
女性はとても不安そうに言う、とても頼りないものにしがみついているような感じ。女性の子どもは、さっきからひとことも言葉を発さずに、女性の足にしがみついていた。多分この子は、人としゃべるのがあまり得意なタイプではないのだろう、つまりチャルタイプ。
「すみません、ちょっと後ろ向いていてください」
私が、女性たちに言った。見られているとやりにくいということらしい。
そう言われて、女性たちは素直に私たちに背を向ける。
目の前に見える村は、あまり、大きい村ではない、高々、家が数十軒たつ程度の広さだった。それでも、この小さな村が実際に滅んでいるのを見ると、なんとも形容し難い悲壮感に襲われるものだ。
「チャル、だいじょうぶ?」
私が声をかけると、チャルはコクンと頷いて、右手を目の前の方向、村の方向に掲げた。目を閉じて、数秒だろうか、力を右手にためるようにじっとしている。そして、チャルはゆっくりと目を開いて呟いた。
「カウンター・クロックワイズ」
驚いた。チャルがそうつぶやくと、目の前の魔物に滅びたはずの村が、少しずつ修復されて綺麗になっていくではないか! いや、修復というよりはむしろ、時間を巻き戻しているように、壊れた建物の残骸などが、通常ありえない向きに動いてもとの建物の形に組み合わさっていくのである。
「ええ、何?」
「村の時間を戻したの、前の洞窟で剣をなおしたのと同じだよ」
なんとまあ。私が驚いている間に、その村はすっかりと綺麗な様子に戻っていた。いや、私は元の状態を知っているわけではないが、おそらく戻っているんだろう。
「あの、戻ったみたいですよ」
私は村に背を向けていたふたりに声をかけた。しかし、女の子の方はこっそりとこっちを見ていたみたいで、私が声を掛けるとビクッとして、私から目をそらした。まあ別に、見られて困ることはないのでいいけれど。
「! これは……?」
女性はもとに戻った村を見てあからさまに驚いた、まあこれは当然の反応だろう。私でも驚いたし。
「言ってなかったけど、この子魔法使いなので、この子の魔法で直しました」
「……」
女性は驚いているのか、呆れているのか、それとも何なのか、なんともわかりにくい微妙な表情をしていた。ただ、女の子はチャルに羨望の眼差しを向けている気がした。
ところで、魔法使いの一般知名度どれくらいなんだろう? そこらへんの人に、私は魔法使いですって言ったら、伝わるのかな。
***
「改めて、ありがとうございました」
彼女らの家に戻ると、彼女がすぐにそう言って頭を下げた。私は「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ」と社交辞令的な返事をした。
家に戻ったと言っても、ここはさっきの地下室ではない。家は修復されたので、一階の綺麗なリビングである。
私と女性はリビングのテーブルに腰をかけていたが、チャルは女の子といっしょに隣の部屋で遊んでいた。ちなみに、女の子は目の前の女性の娘でメロちゃんという名前だとか。
チャルは人見知りで、初めて会った人とはほとんど口を聞かないんだけど、子どもは別らしい、とても仲良さそうであった。ちなみに、私は嫉妬などはしていない。
私はチャルと女の子のほうを特に意味もなく眺めていた。小さい子同士が遊んでいるのをみるとほっこりするよね……いや、チャルは私と同い年だし、しっかりしてて頭もいいんだけどね……。
「ねえねえ、おねいちゃんって魔法使いってほんとなの? さっきのも、魔法なの?」
そのメロちゃんが好奇心に満ちた目でチャルを見つめている。
「うん、ほんとうだよ。あと、あっちにいるおねいちゃんもそうだよ」
「! ホント! そっちのおねいちゃんもこっちきて!」
メロちゃんはチャルの言葉を聞いて、すぐに私も自分のところにくるように呼び出す。
私とチャルがふたりならんで座り、目の前にメロちゃんが座るという形になる。これはなんなんだろう、面接でも始まりそうだ。
「ほんとにほんと? おねいちゃんたち魔法使いだって!」
キラキラとした、幼い好奇心に満ちた目が向けられる。
「うん、そうだよ」
「すごい! すごい! ねえねえ! ちょっと見せて!」
眩しい! 小さい子の期待に満ちた眼差しはあまりにも眩しすぎる。いくらなんでも私は、これを拒否できるような強靭な心は持ち合わせていないし、持ちたくもない。
「チャル、見せてあげてよ」
「うーん、別にいいけど、子どもに見せるなら、リリスちゃんの魔法のほうが面白いと思うなー、見た目も綺麗だし」
「ええ、私? 大丈夫かな……」
「大丈夫、やばそうだったら私がなんとかするから」
しょうじき、私はとても不安だったが、チャルがそういうなら心配はいらないのだろう。
しかし、子どもに見せて一番喜びそうな魔法ってなんだろうなぁ。
「ええと、じゃあメロちゃん、私の手のひらの上をよーく見ててね」
私はそういうと、左手を広げて天井へ向けた。そして手のひらに意識を集中すると、小さな火の玉のようなものが手のひらの上に浮かぶ。さらに意識を寄せると、その玉からぱちぱちと細かい火花のようなものが散り始める、それはまるで、線香花火のように。
チラとメロちゃんのほうをみると、目を輝かせてそのキラキラと光る火の玉を凝視していた。他人の顔色を伺うのが苦手な私でも、喜んでいるとわかった。
こうなるともっと張り切ってしまうのが人情というものだろう。私はそのまましばらく、手のひらの上で小さな花火大会を開催した。
「えと、おわりです」
小さい拍手が沸き起こる。私はそのまま調子に乗って、芸人顔負けの芸を披露したのだ。拍手のなかには、メロちゃんのママのものも混じっていた。
実は魔法は、強力なのをドカンと炸裂させるよりも、今やったみたいな小さくて、細かい操作を必要とするようなもののほうが遥かに難しいのだ。この旅を通して私の魔法の技術も少しは磨かれたのだろう。まあ、そんな私の技術をあんまり信用していなかったチャルは、念のためにメロちゃんの周りにバリアを張っていたが。
「すごいすごい!」
と、メロちゃんは大満足といった様子で拍手をする。ここまで喜ばれるとやってよかったと思う、あとちょっと照れる。もしかしたら、大道芸とかで食べていけるかもしれないと思った。
***
「ごめんなさいねえ、うちの娘が」
「いえいえ、喜んでくれたみたいで嬉しいですよ」
けっきょく、あれからメロちゃんに、もっとみせてもっとみせて、とせがまれるものだから、私はずっとメロちゃんの前で魔法を使って見せた。いまやっと、疲れたのか眠ったところだ。
「あの子があんなに喜んでるなんて、久しぶりです。ほんとうにありがとうございました」
「いえいえそんな……」
感謝されるのになれていないから、感謝されっぱなしだと、どうもむず痒い。ただそれでも、嬉しいものだ。
「でも、これで村の人もみんな戻ってきてくれるといいですね」
私がそういうと、女性の顔が少し曇った。
「いえ、しかし、みんな戻ってきてくれるかどうか……」
「え? 何故ですか? 村は元通りに戻ったのに」
「あ、いえ……。この村は魔王の城の近くで、魔王の軍が、また次いつ現れるかわかったものじゃないので……」
なるほど。やはりこの村を襲った魔物というのは、野良ではなく、魔王の放ったものだったのか。しかし、それなら逆にありがたいかも。
「ああ、それなら大丈夫ですよ、魔王はもうじきいなくなりますから」
そう言いながら、私は「ね、チャル?」と言った感じでアイコンタクトを送る。それに賛同するように、チャルもうんうんと頷く。
しかし、こうも宣言してしまうと、もう後には引けなくなってくる。もともと、壮大な結婚式をしてくれるという、あからさまなご褒美に釣られて魔王を倒します、と宣言した私たちだったが、旅を続けるにつれて、この魔王退治というのはもうすこし大切なことなんだなあと、少しだけ理解してきた。
魔王をどうにかすることは、色々な人の平和につながると、ちゃんと実感してきた。
***
「お世話になりました」
女性に頭を下げて挨拶をする。
けっきょく、昨日はあのまま女性の家に一泊させてもらった。食事まで頂いてしまって、ありがたい限りである。
いまは早朝。まだ、太陽が地平線に少し隠されているくらいの時間帯だが、私たちはもう出発することにした。メロちゃんはまだぐっすりと寝ている。ちなみにチャルもまだ九割くらいは寝ている、目はほとんど閉じていたが、なんとか自分の足で立っているみたい。
村を背にして立つ。後ろの村は、外から見たら完全に元通りのただの村だ。まあ現在人口はふたりしかいないのだが、村がもとに戻り、魔物に襲われる危険もないということがわかったら、もといた村人たちも地元に帰ってくることだろう。
「チャル、次はどこ?」
「……」
チャルから返事が返ってこないので、チャルの方を見てみると、私の腕を掴み、うつむいて、立ったまま目を瞑って寝ていた。なんて器用な子なんだろう……やっぱりこの時間帯は少し早すぎたかな……。まあいいや、なんとか、次の目的地を目指しましょう、次はいよいよ魔王のいるところにいけるかな。
To be continued.




