十五日目 自然が織りなすアクアリウム
私たちは祠の前にいた。洞窟から水晶を取ってくることに成功したのだ。
気づけば辺りはもう夕方になっていた。曇りだった空もいつの間にか開けており、海の向こうに見える太陽は水平線に一部が埋もれ、夕焼けがとても綺麗だった。
太陽が傾くと空が茜色に変わるのは、より太陽の光が大気と散乱するからだって、昔読んだ賢者様の本に書いてあったのを思い出した。
私は晴れより曇りが好きだけど、夜になってしまえば話は別だ。雲がなければ遥か遠くで瞬く星々や月が見えて、幻想的な風景を楽しめる。それに、星の光や月の光で肌が焼けるというのは聞いたことがない。
「じゃあ、行くよ」
私はそう言って、祠の扉を開き、中に入る。
中に入ると、すぐに机に座って本を読んでいる、さっきの老人と目が合った。老人は私たちに気づくやいなや、「お」という声を小さく発して、私たちのもとへと歩いてきた。
「水晶、取ってきました」
私がそう言って、水晶をかかげると、老人は驚嘆の表情を顔に浮かべた。
「な、なんと……」
私はその水晶玉を、老人に手渡した。老人はまじまじと、水晶玉を確認して、小さく頷いた。
「ふむ……確かに、これはあの杖の水晶だ、ちょっとついてきなさい」
老人はそう言って、私たちを先導するように、杖が刺さっている祭壇へと歩きだす。
その祭壇には、前にも見たように、杖の"持ち手"だけが刺さっていた。その杖の一番上の部分には水晶をハメるための"ツメ"だけがあり、何もハマっていない状態になっている。
老人は祭壇の上に上がり、背伸びをして、いま私が渡した水晶玉を、杖のツメにはめた。その杖はかなり長く、私の身長の1.5倍くらいあったから、私なら手が届かなくて水晶をハメることすらできなかったかもしれない。チャルなら1.6倍くらいかな。
水晶をハメたからといって、杖に何か異変が起きるということはなかった。てっきり、すごい魔力でも吹き荒れるものかと思っていたが、そうではないらしい。
老人は、その水晶がハマった杖を祭壇から引き抜くと、それを私に手渡した。
「これが、アロンの杖だ」
「は、はぁ」
私はその杖を受け取る。思ったよりもずっしりと重みがあった。
「この杖を使えば、海を渡れるはずだ」
なるほど?
「使うって、どうやって?」
「それは、私も知らん」
「え」
私はてっきり、老人さんがこの杖を使って向こうまで私たちを渡してくれるものとばかり思っていたんだけど……どうやらそうではないらしい。しかし、知らないとは……どうすればいいんだ。
「でも、まあ大丈夫だろう。あなたがたは魔法使いということだし、しかも、あの魔物だらけの洞窟から、ものの数時間で、その水晶を強奪してくるくらいの人だ、ただ者ではないんだろう」
「はぁ……」
強奪っていうと、何か人聞き悪いなあ……最初に水晶をこの祠から奪ったのは魔王でしょうに。それにしても、なんかうまく誤魔化されて、丸投げされたようにしか聞こえない。しかし、この老人は全くの親切でこう私たちを助けてくれているんだから、そうわがままも言えない。
「ありがとうございました、頑張りますね」
私たちは、老人にお辞儀をして、一度はその場を立ち去ったが、扉を開けて外を見た瞬間に立ちどまる。外は真っ暗闇だったのだ、まあさっきまで夕方だったから、もう日が沈んでしまったのだろう。これは何も、おかしい事ではない。
そうではない、私が言いたいのはそういう事ではなくて、つまり、夜の海って怖いよねとかっていう、そういう類のことだ。
「チャル、外、真っ暗だけれど……」
「あ、うん、どうしよっか、リリスちゃん……」
お互いに目を見合わせると、もうお互いに相手の言いたいことがわかってしまった。つまり、こんな夜に外にでるのは怖い。もちろん、恥ずかしくて私もチャルも、言葉にはしなかったけれど……。
いやね、別にいつもなら、私たちがいくら小さな女の子だとしても、夜くらいさして怖くはないよ。だって魔法で明かりも灯せるし。しかし、今は別、だってさっき、お化け屋敷みたいな洞窟で、あんな悪霊みたいなものと戦ってるんだもん。
たとえユーレイが倒せるとしても、ユーレイが怖いのがなおるわけではないらしい。
ふたたびチャルと目を合わせて、お互いに小さく頷く。そして私はそろそろと扉を閉めて、老人の方へと向き直し言った。
「あの、すみません、ここで一泊、していいですか?」
***
外に出てみると、空は快晴だった。
何ともありがたいことに、私たちのおねがいは潔く受け入れられ、祠に一泊させてもらった。まあ、宿でもないし、ベッドのようなものがあったわけではないが、外で野宿するよりは数万倍もましだろう。
「さて、じゃあ行こう」
「うん!」
掛け声とともに振り上げられたチャルの右手には、例の"アロンの杖"が握られていた。祠の老人は君らなら何とかなるだろうなどと、適当な事を言っていたが、まあ、こういうのは明らかに器用なチャルの方が向いているだろう。それにチャルだったら何とかしてくれると、私も思う。我ながら相変わらずの他力本願ぶりである。
「ところで、どこへ行けばいいの?」
「うーん、たぶん、壊れた橋のところ?」
知らないけど、たぶんそうだろう。今いるこの祠から、その壊れた橋のところへ戻るのは、そう遠くはないし、道も覚えている。
つまり、この砂浜に沿って歩いていけばいいだけだ。ここに来たときは曇り空だったが、いまは見事な快晴だった。
砂浜の砂が太陽の光を反射してキラキラと光って見える。せっかくの美しい海に青い空だし、ゆるゆると、デート気分で歩いていこう。
そんなことを私が考えるまでもなく、繋いだ右手が引かれた。
「リリスちゃん、はやくはやくー」
チャルが私の手を引いて、海の方へとひっぱる。
「ちょ、いきなり引っ張るとあぶ、あ!」
私は、足がもつれて転んだ。
***
まっすぐ歩けば三十分かからないであろう道のりに数時間かけて、私たちはやっと目的の壊れた橋があるところに着いた。というか、たぶん場所は別にどこでもいいんじゃないかな。でもまあ、海は橋がある所から渡るべきだろう。いや、そんなことはないかな、適当言った。
「いい眺めだね」
「そうだねぇ」
ここは前にも見たように、さっきまで遊んでいた砂浜とは違って、切り立った絶壁になっている。下を眺めるとごつごつとした岩場、その先には大きな海、さらに遠くを眺めると私たちの次の目的地である島が見える。
前にもこの景色は見ているが、晴れの日に見るとまた違ってみえるなあ。
「じゃあ、チャル、よろしく」
私は、まっすぐ島の方を見たまま言った。
「いやいや……よろしく言われても……」
「いや、冗談だけど、うーんどうすればいいんだろう」
条件は、たぶんだけど、揃っているはずなのに、何をすればいいのかはわからない。いやはや参った。
「とりあえず、その杖使ってみてよ」
「使うって言われても、杖って足腰弱い人がサポートに使うもんでしょ?」
いや、うーん、それはそうなんだけど、たぶんそうじゃない。
「なんか、杖に魔力をこめる感じで、"えいやっ"って感じでやってみて」
私がそう言うと、チャルは半信半疑な感じで、右手に持ったやたらと長い杖を上にかざした。そして、
「えいやっ」
と、チャルは私が指定したセリフまで再現して、力を杖に込めた。
「お」
すると、杖の上に乗っている水晶が淡く光出した。
「うまくいってる?」
「たぶん! もっと、力込めてみて!」
チャルはコクリと頷いた。
徐々に、水晶の淡い光は強くなる、またそれにつれて、地面がぐらぐらと揺れはじめた。これは自然の地震ではなく、この杖によるものだ。
「ん」
チャルが一際強く力を込めた。その瞬間、杖の先の水晶がひときわ強く光り、そこから放たれた一閃の閃光が海を斬った! 杖から放たれた光の閃光が、ちょうど、島と私たちを繋ぐように、一直線に海を斬ったのだ。
「おお?」
そして、切り込みが入った海は、そのまま傷口を広げるように、左右に大きくふたつに割れた。
「お、できたのかな」
「たぶん?」
海が割れたいま、その島と今いる大陸は、もはや陸続きだった。
それにしても絶景だ、あの広大な海が、綺麗にふたつに割れている。
「いく?」
「うん」
チャルは杖を下ろして、地面に指した。
「杖、ここに置いておこう、こうすればずっとこのままだと思う、たぶん」
「そうなんだ」
「知らないけど、たぶん」
適当だなあ。でもまあ、この杖は私たちのものではないし、ここに置いていくのがいいだろう。
「じゃあ行くよ、いい?」
「うん」
***
私たちは慎重に、その割れたふたつの海の間に降り立った。
「すごーい、ね、リリスちゃん」
「うん」
下から見たこの景色も、また絶景だった。私たちの左右は水に囲まれているが、私たちは地に足を着けて立っている。なんとも奇妙な感じだ。
左右の海は、かなり綺麗で中までしっかりと見える、小魚の群れや、少し大きな魚、地底の珊瑚などなど、とても美しかった。
また、海の割れた線に沿って前を見ると、遠くに私たちが向かうべき島が、ちゃんと目視で確認できた。
「みてみて、リリスちゃんあれ! すごい魚の群れ!」
チャルはものすごい数の小魚が回遊しているのを指さして言う。
「おー、すごい……あ、あれ! マンタじゃない?」
私は、巨大なエイを指さして言う。
そんな、自然のアクアリウムを楽しみながら、私たちは島へ向かって歩いた。
***
「そういえばさ」
海の歩道を、歩いて、島がもう目と鼻の先というところに来た時、私は言った。
「なに? リリスちゃん」
「魔法って、いくらでも使えるの?」
ふとした疑問をぶつける。チャルはさっきこの海をふたつに割るほどの魔法を使ったわけだが、別にエネルギー切れという感じもしていない。それに、昨日洞窟でずっと魔法を使い続けていたときもけっきょく弾切れはしなかった。
実際どうなんだろう。魔法力みたいなのって、ないのかな。
「うーん、まあいくらでもという訳ではないハズだけど……」
「そうなんだ? でも、私もチャルも、今回の旅始めてからガス欠とかって特にないよね」
それに、私は生まれてこの方、魔法が使えなくなったことはなかった。尤も、今回の旅以上に魔法を酷使したこともないけど。
「うーん、魔法っていうのは、一番一般的に言うと、エネルギーの形態変化の事なんだよね」
「そうなの?」
「つまり、リリスちゃんが"ファイヤー"を使おうと思ったら、どこからかエネルギーを持ってきて、それを炎のエネルギーに変換しているというわけ」
「へぇ……」
魔法はいつも科学と喧嘩ばかりしているのに、こういうところでは、エネルギーが保存するようになっているのか、なんか、釈然としない。
「で、そのエネルギーの源だけど、例えばファイヤーを発動するほどのエネルギーを私たちの身体のなかから探すのはまあ厳しいわけ」
「まあ、たしかに」
そんな気がする。毎日食べてるご飯だけじゃ、炎を起こすのにはとても足りないだろう。
「それでどうするかっていうと、空気とか、周りの自然のエネルギーを使っているハズなんだよね」
「え、そうなんだ?」
初めて知った。
「リリスちゃんのが詳しいと思うけど、たとえばこの空気だって莫大なエネルギーのカタマリでしょ? それが事実上地球にはいくらでもあるから、ばてて魔法使えなくなるということは、実際問題としてはないの」
「なるほど」
「それに、魔法使いはそのエネルギーを100%の効率で、魔法に変換できるらしいよ、腕にもよるのかもしれないけど」
「そうなんだ? なんで? エネルギーの効率を100%にするのは無理なはずだけど……」
「賢者様の魔導書に書いてあったことをそのまま言っているだけだから、私もよく知らない。それにそもそもそんなこと言ったら、空気のエネルギーから炎を起こすことだってできないでしょ? よく知らないけど、エントロピーが減るとかで」
「まあ、そうか。むしろ、エントロピーを減らすことを魔法というのかもしれないね」
「わからないけど」
ふむふむ、聞いてみても考えてみても、魔法のことはまだよくわからない。自分でしていることなのにね。でもまあ、そんなこと言ったらなんで手が動くかとか、なんで呼吸できるのかとかもわからないから、同じことか。でも少し気になってきた、この旅が終わったら、魔法の勉強でもしてみようかな。
何はともあれ、気がついたら私たちはもう島についていた。
「やっとついたねー」
砂浜に踏み入れて、チャルが言った。といっても、時間は一時間もかかってないだろう、海の中を歩くのはとても綺麗で楽しくて、時間の感覚が少し変になっていた気がする。またふたりで見てみたいかも。
「ふむ……ここが、魔王のいる島ね」
村長さんに貰った地図を開く。この島を更に北へ行ったところに魔王の城があるらしい。全く知らないけど、けっきょく魔王ってどんなやつなんだろうか。
ところで、この島はなんというか、私たちが住んでいて、さっきまでいた大陸とは少し雰囲気が違うように感じる。
何だか空気が重々しく、流れもどんよりとしている感じがする。いま空に雲はほとんどないが、何となくさっきよりも薄暗い気がする。気のせい? 気のせいじゃない? それは私にはわからなかった。
「さて……どうしよっか、チャル?」
「なんか、この先に村があるみたいだよ」
チャルは手元の地図と目視を見比べながら言った、見えているのかな。
「じゃあ、とりあえずその村に行こうかな?」
魔王がいるらしい島に到着して、私たちの目標である魔王まであとひといきかな? もう少しだけ、がんばろー!
To be cobtinued.




