十四日目 異次元から映る影
「ヒーリング」
チャルの魔法で体力を回復させてもらった、もう何回目のことだろうか。
あれから私たちはさらに奥へ奥へと進んでいた。私たちはいま洞窟のどれくらい奥にいるのだろうか。魔物が私たちを常に襲ってくるから、ほぼずっと魔法を使いながらの移動だ。その数はチャルも魔物を退治するために魔法を使わなければならないほどだった。チャルの魔法は基本的に"大げさ"だから、雑魚を退治するのにはあまり向いていないのだが、これはしょうがない。私だけじゃ手が回らないほど魔物がいたのだ。
それに、いくらヒーリングで身体的な疲労は回復できるにしても、やはり精神的にくる疲れというものがある。私は、はやく最深部に着いてくれという気持ちでいっぱいだった。
精神的な疲れを回復する魔法というのは、さすがのチャルも持ち合わせていないみたいだったが、このタイプの疲労はチャルの顔を見ることで幾分か回復する。チャルも私も、ひとりだったらとっくにばてているだろう。
ところで、魔法っていくらでも使えるのだろうか。いままでに、私は魔法を"弾切れ"したことはないが、もしかしたらあるのかな? しかし、いまはそんなことを気にしているひまはなかった。また、私は目の前の魔物に向かって魔法を叫んだ。
***
扉があった。
洞窟は完全に自然のものだと思っていたが、何故だかここには人間が作ったとしか思えない精巧な扉があった。妙に物々しい雰囲気を醸し出しており、もしかしたらここが終点かも、という期待も私の中に湧き上がる。
チャルは何も言わなかったが、既になかに何があるのかわかっているのかもしれない。
「じゃあ、行くよ」
チャルが、声をかけた。私が黙ったままコクリと頷くと、扉が自動で開いた。いや、チャルが魔法で開けたのだ。
扉が開くと、まず私たちよりも先に"ライト"の光の玉がふらりと中に入り、中を照らした。
その中はかなり広く、ドーム状になっていた、真ん中に浮かんでいる"ライト"が妙に不気味で、少し怖い。自分たちの魔法を怖がるのも間抜けな話だが。
それにしても、こんな部屋を掘る空間がどこにあったのだろう、外から見た時、こんな広い空間を用意できるほどのスペースがあったとは感じなかった。気づかなかったが、もしかしてここは地下なのだろうか?
だがしかし、予想に反して、ここで何か魔物のようなものが現れるという訳でもなかった。洞窟の奥には、秘宝を守る巨大なドラゴンでも住み着いているものだと勝手に思い込んでいたが、そういうわけでもないらしい。いままでの魔物の巣の中とうってかわって、そのなかはもぬけの空だった。
最初、何もないと思ったが、私はすぐにそれを発見した。
宝箱があったのだ。
その宝箱は、ちょうど円形の部屋の、私たちがいま立っている扉を通る直径の、扉じゃないほうの端点。つまり、扉からみてちょうど反対側の壁際に、こじんまりと置いてあった。
また、宝箱だ。さっきの経験から、ここももしかしてはずれの道、チャルに言わせればあたりの道だったのか? と思いそうだが、どうやらそれは違うらしい。
「あのなか、水晶玉が入ってる」
そうチャルが言ったからだ。
私たちは、すぐにその宝箱に駆け寄った。宝箱自体はさっき見たものと同じだった、大量生産なんだろうか、売れるのかな、"宝"を入れる箱ってくらいだから、たしょう高価でも需要はありそうだ。まあ、箱のことはどうでもいい。いまは、この宝箱の中にあるものを取り出すことが第一だ。
「鍵は?」
私がそう聞くと、チャルは「いま開ける」とだけ言って、その宝箱に右手をかざした。
ガチャガチャガチャガチャガチャ!
と部屋のなかに、鍵をこじ開ける音が響き渡る。音だけ聞くと、ものすごく複雑な鍵を開けているような感じがするが、どうなのだろう。
「開けたよ」
そう言って、チャルは半歩ほど私の後ろに下がった。つまり、リリスちゃんが宝箱を開けてね、と言いたいのだ。人の心を読む能力なんて持ち合わせていないけれど、チャルは特別だ。ずっといっしょにいすぎて、だいたい何を考えているか分かってしまう、尤も、答え合わせをしたわけではないけれど。
私はそっと、宝箱に左手をかけた。罠があるかも、とも考えたが、こういうのはひと思いにやってしまおう。
ぐいと力を込めた、次の瞬間、私たちは驚きのあまり飛び上がることになった。
「「ぎゃー!」」
ふたりの叫び声が、洞窟内をこだまする。反射的に、私たちはふたり抱きついていた。
宝箱を開けた瞬間、なにやら黒い影のようなものが飛び出てきたのだ。
「ユ、ユーレイ! ユーレイ! ユーレイ!」
「ど、どこいったの!」
それはすぐに見つかった、人形をした影が、洞窟の壁に張りついているのだ。"ライト"の光のなかにある影だったが、その間に光を遮蔽するものがあるわけではなく、何故だか影だけがそこに不気味に沈んでいた。
それにその影はまるで生きているかのようにぶよぶよと動き、身体の形を変形している。さらに奇妙なことには、影からククク、ケケケと言った薄気味悪い笑い声まで聞こえてくる始末、影から声が聞こえるってなんなんだ、もう何も分からない。
とにかくそれは、私たちのような小さな女の子をビビらせるには十分すぎる存在だった。
「何あれぇ、やっぱユーレイなの?」
ビビりまくりながら、私はチャルに聞いた。チャルのほうは、少しだけ落ち着きを取り戻したようだった、他人が焦っているのを見ると落ち着くらしいということをどこかで聞いたことがある。
「いや……大丈夫。よく見たら、ユーレイじゃなくて……悪霊ぽいね……」
「同じじゃん!」
私は思わず食い気味に突っ込みを入れる。幽霊と悪霊って、けっきょくどっちも"霊"ってことでしょ! というか、悪霊って、悪い霊ってことでしょ! なお、悪いわ!
「いや、ユーレイと悪霊っていうのは根本的に違くって、幽霊っていうのは、死霊……。つまり人が死んだとき、ふつうはその死者の魂は私たちの世界とは別の世界に消えていくとされているんだけど、未練がましい死者の魂は、この世界に粘着して、地縛するとされてるの、つまり地縛霊ね。それが幽霊」
「あえ?」
「いっぽうで、悪霊って呼んでいるのは、変で不気味な魔物のことを、総評して悪霊って言っているの、目の前の変な影とかね」
目の前の変な影は、いまもぐねぐねとその形を揺らめかせていた。
「そ、そうなの? つまりどゆこと?」
「つまり、ユーレイは死んだ人間ゆらいのものだけど、悪霊っていうのはただの魔物なの、だから、怖くない……ハズ」
なんでチャルがやつを悪霊だと断言できるのかはわからなかったが、チャルには私が見えない世界も見えているから、たぶんそうなんだろう。
「そ、そっか。じゃあ、怖くないんだ」
「そういうこと……そういうことにしようよ、リリスちゃん」
最後の余計すぎるひとことがとても不安だ。しかし、こう思い込んでおかないと、どうしようもない。とりあえず、やつがただの魔物だとわかったならば、いままでどおり倒してやる。
「リリスちゃん、いい?」
「う、うん。チャル」
悪霊だかにふつうの魔法が聞くのかは知らないが、ものは試し。
「ファイヤー!」
私の左手から、壁に投影されたその"影"に向かって火の玉が飛ぶ。
火の玉が壁にあたると、壁が少し崩れる音がした、もちろん洞窟を壊して生き埋めにされても困るので手加減はしてある。しかし、予想通りというか、その"影"にはなんのダメージも与えられてないようだった。人を小馬鹿にしたようなククク、クククという笑い声のような音が聞こえたままだ。輪郭しかないシルエットのくせに、いったいどこから声が出てるんだ。
「チャル、どうしよう……」
「え、わからない……」
今度はあちらのほうが動いた。"影"の、ちょうど口あたりと思わしき場所に、口を開けたように穴があいた、そして、
ゴォォォ!
と冷気の息を吹き出してきた。キラキラとした冷気の嵐が吹き荒れる、こんなもの喰らったら凍傷不可避だ。
「チャル!」
私はとっさにチャルの半歩後ろに下がった。
「おかえし! ミラー!」
チャルが両手を前へ広げて、念を込めると、飛んでくる紙吹雪に向かって息を吹いたみたいに、その冷気は踵を返してその"影"のほうへと向かっていった。
しかし、そのお返しした冷気も"影"にダメージを与えるわけではなく、単に影の後ろにある洞窟の壁に少し損傷を与えただけだった。
「どうすればいいの」
私はつい口に出してしまう。全く手応えがない。まるで、霧に写したホログラムを剣で切ろうとしているようなものだ。
「でも、あっちはこっちに干渉できているみたいだから、こっちも絶対あちらに干渉する方法があるはずだよ!」
そうだ、作用というのは絶対に相互作用としてしか現れないはずなのだ。あちらだけがこっちに触れるなんてことは、できるはずがない。絶対に何か方法はあるはずだった。
「あ」
「なに? なんか思いついた?」
私の頭にふと浮かんだ疑問を口にする。
「ライト消したらどうなるの?」
相手は見るからに影なのだ。影は光があるから現れる、ならば、その光を消したらどうなるのだろう、という疑問である。
「え、け、消すの……?」
「うん! ちょっとやってみて!」
チャルはいまいち気が進まなそうだった。
「わかった……ぜったい手離しちゃダメよ」
チャルは私の手を思いきり握った、痛いくらいに。
チャルが右手を、宙に浮いてこの部屋を照らしている"ライト"の玉へと向けて、手を握ると、その玉が少しずつ縮小していった。そして、スッと、特にロウソクのような最後の輝きを見せることもなく、単調に消えた。
「暗い!」
「だ、だから言ったのに」
チャルは手を握っているだけでは耐えられなかったらしく、抱きついてきた。もちろん私も抱き返さずにはいられなかった。
それにしても暗すぎる。私はいままで、完全な闇を体験したことは無かったのだと、今気づいた。たとえ真夜中でも、月が太陽の光を反射して地上を照らしているし、新月の日でも、遠くでまたたく無数の恒星が、嫌でも目に入ってしまう。
しかし、ここは洞窟の奥の奥。明かりを灯さなければ光を放つものは何もない。いま私が感じられるのは、チャルの温かみだけだ、もしひとりだったら、数秒と耐えられなかったことだろう。
「で、でもこれで"影"はいなくなったハズ……」
私はそう期待したのだが。世の中そううまくはいかないらしい。耳を済ましてみると、ククク、クククという"影"の声が聞こえているではないか!
「マ、マジックバリア」
とチャルがぼそっと唱える。私には何も見えなかったが、おそらく私たちの周りにバリアを貼ったのだろう。周りの音が少し小さくなった感じがした。
その直後に、吹雪が吹くような音が聞こえ、それに続いて壁にかたい小さい何かが大量にぶつかるような音がした。
「ちょ、いなくなってないじゃん」
「チャル! ライト! ライトお願い!」
チャルが"ライト"をつけると、辺りがまた見えるようになる。そして、何も無かったかのように、その"影"はそこにいた。
「だめだった、てへ」
「ばか!」
周りには氷の破片が散乱していた。さっきの音は、"影"が吹いた氷の息が、チャルが貼った"マジックバリア"と衝突する時の音だったのだ。
しかし、明かりを消しても影が消えないのは、今になって冷静になると当たり前な気もしてきた。暗いところで影は見えないが、それは水の中にいるクラゲが見えにくいのと同じで、単に見にくいだけだ。別に影が消えてしまったわけではない。
事実、その"影"は消えてはいなかった。
「チャ、チャル! どうすればいい!」
「う、うーん」
チャルは少しの間考えて、すぐに口を開けた。
「たぶんだけど、わかったかもしれない、ちょっと私の指示に従って」
私は黙って頷いた、その間も、"影"はゆらゆら揺らめいている。"影"があまり積極的には攻撃してこないのは、助かりだ。
「私が合図をしたら、やつに向かって思いきり魔法を唱えて、それだけ」
「え、うん」
さっきから魔法が聞かないのを見てきたので、ほんとうにそれで大丈夫か、と思ってしまいそうになるが、まあチャルが言うってことは何か策があるんだろう。
「魔法は、なんでもいいの?」
「なんでもいいけど、もしかしたら光系のほうがいいかもしれない」
私はコクリと頷いて、チャルの合図を待った。固唾を飲んで集中していると、突然、私たちの周りの石が宙に浮いた。いっしゅんびっくりしたが、その石を浮かしているのはチャルだった。
チャルが念を込めると、その石つぶてが瞬間的に加速され、その"影"を襲う。
"影"が投影された壁に、石が衝突すると、壁が崩れて砂埃が巻き上がる。視界が遮られ、私には"影"がどこにいるか全く見えない、"影"にこちらが見えているかどうかは知らないが、少なくともこっちのチャルはあっちが見えているはずだ。
「リリスちゃん! あっち!」
チャルが砂埃の中を指さして言う。その合図を聞いて、私は即座に魔法を放った。
「シレスティアル・ライトレイッ!」
私の左手の人差し指から、まばゆい白色のレーザーが放たれる。そのレーザーは砂埃へ向かって放ったが、光が砂埃の中に入り込むほんの直前、光の進行方向に、穴があいた。
空間の穴だった。
チャルが開けた穴に違いない。私の指先から放たれた聖なる光のレーザーは、その暗黒の穴の中へと吸い込まれた。そして、すぐに、穴の中から大きな異音が聞こえた。その音は"影"の断末魔のようにも聞こえた。
「うまくいったかな」
まだ、私には何が起きたのかさっぱりわからなかった。
空間の穴が閉じると、砂埃は少しずつ散逸して、その"影"の様子がふつうの目しかもたない私にも見えるようになった。
その"影"には明らかに異変が起きていたのだ、ぐねぐねと、もとからやつはぐねぐねと動いていたが、そんなものではなく、誰かが水風船を思いきり手でこねているようなそんな感じで動いていた。
そのシルエットはもはや人形を保ってはいなかった。たぶん、苦しんでいるのだろう。"影"の声も、人の声では全くなかったが、もがき苦しんでいるようにも聞こえた。
「あ!」っと思った、次の瞬間。その"影"が、破裂したように消えたのだ。ちょうど、水風船を力を入れて揉みすぎて、破裂したような、そんな感じだった。辺りはしんと静まり返り、声も全く聞こえなくなった、倒したのだろうか……?
「うまくいったね」
チャルが言った。しょうじき、私はいまだに何が起こったのかわからなかった。
「え、何が起こったの?」
私の頭の上にはクエスチョンマークが浮いている。
「あっちの世界と繋げて、倒したの」
いや、どういうこと。
「どゆこと」
「あれは明らかに影だったでしょ? 影ってことは何かを投影したもののはずだけど、光の玉と影の間には何もなかった。てことは、この世界の何かを射影して影を作っているわけではない」
「うん」
「てことは、考えられる可能性はひとつで、私たちの目じゃ見えない余剰な次元の空間にやつの本体がいて、やつはその本体をこちらの世界に射影して、こちらの世界に干渉してきていたってこと」
「え???」
「そういうわけで、やつに干渉するにはやつがいるその余剰次元の空間に直接干渉するか、あちらがこっちに干渉してくるカウンターを狙うしかなかったわけだけど、私は幸い、異次元に干渉するのが得意だったから、リリスちゃんの魔法をうまく"影"の本体がいる空間につなげて、倒したってこと」
「そうなんだ、わかんないけど」
「そうなのよ、わからなくても大丈夫」
チャルは少しドヤ顔だった、かわいい。話はよく分からなかったが、とにかく私とチャルの協力で、あのよく分からない"影"を倒せたということは事実だろうから、まあいいか。
「じゃあ、とりあえず水晶取って帰ろっか」
「うん」
私は宝箱のなかの水晶を取り出した。それは無色透明な球だった。少しひんやりしていて、大きさは私の小さな片手で掴めるぎりぎりくらい。理屈はわからないが、これを祠の杖にハメれば、海を渡れるらしい。今更だけど、ほんとうだろうか?
ところで、いまの魔物だか悪霊だかは、この宝箱のなかに住んでいたのだろうか、となると、この水晶の番人という立場だったのかな。
「チャル、見て」
「うん、綺麗な水晶だね。じゃあ、帰るよ」
チャルは私の右手をしっかり握ったのを確認して、こう呟いた。
「ワープ」
その言葉を聴いた刹那、私の身体にかかる重力が一瞬消え、目の前が暗転し、またすぐに重力を感じるようになる。
目の前にはさっきの祠があった、私の左手には水晶が握られている。数時間ぶりに見た太陽は、もう水平線に触れていた。私たちは、無事に洞窟から水晶を取ってくることに成功したのだ。
To be continued.




