十三日目 魔物の巣へ
「ここだね」
祠の老人が言った通りに、砂浜脇の絶壁に、その洞窟は確かにあった。
それは崖の側面に穴がポカンと開いている感じで、外からじゃ中がどのくらい広いのかがわからない。穴の大きさは半径2mくらいだろうか、私とチャルが入る分には問題はない大きさだが、洞窟にしては小さめなんじゃないかと思う。
「じゃあ、入ろう」
そう言って、チャルは少しも躊躇せずに中に入った、私も手を引かれていっしょに中へと入る。
「ライト」
チャルがそう言うと、もはや見慣れた光の球が宙に浮く。その球が辺りを照らしてくれるのだ。自然が作った洞窟のなかにはもちろん明かりなどはないから、これは必須だった。今はまだ入り口が見えているから問題ないけれど、ほんの少し先へ進めば、すぐに魔法がなければ何も見えなくなるだろう。
「じゃあ、先へ進もう」
「うん」
洞窟のなかをふたりで進んでゆく。入り口の狭さと比べて、意外にも中は広々としていた。しかし、いかんせん足場が悪い。お互いに手を取りあいながら転ばないように前へ進む。今までの塔だとか遺跡だとかは、人間もしくはそれと同等の知能を持った魔物が作った、いわゆる人工物だったから歩きやすかったけれど、洞窟はあくまで自然のものだから、ただ歩いて前へ進むだけでもかなり疲れてしまう。
ところで、海の近くの洞窟(鍾乳洞?)だからかは知らないが、上から水滴がぽたぽたと垂れていて、それが身体にあたるのが何も嫌な感じだった。
「この水滴、なんかばっちくて嫌だね」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、"マジックバリア"」
チャルがそう言うと、私たちの周りに見えないバリアが張られたらしく、水滴が弾かれるようになった。
「おお、傘いらないね」
「でしょう」
チャルのドヤ顔がかわいい。
これで水滴にあたらなくてもすむ、なんて便利! と喜んだのもつかの間、私はすぐに違和感に気づいた。
「あれ、じゃあ前の傘はなんだったの?」
と、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。
「魔法使ったほうが楽だけど、あえて相合傘するみたいな、良くない?」
まあ確かに、その気持ちはわかる、すごくわかる、ものすごくわかる。
「わかる」
そう言って、私たちはまた歩き始める。
しばらく歩くと、もう入口はほとんど見えなくなっていた。今のところ一直線だから、迷うということもない。
しかし、やはりというか、洞窟というのは少し不気味だ。ライトで照らしていたとしても、私ひとりじゃ絶対に入れないだろう、私はいつも以上にチャルの手を強く握っていた。何か出そうだ、たとえばユーレイとかユーレイとかあとはユーレイとか。
それに、さっきから蝙蝠が飛ぶのを何度も見かける。これがまた、この洞窟の不気味さを加速させる要因になっている気がする。鳥と蝙蝠はどっちも空を飛ぶ動物だけど、蝙蝠の方はなんでこんなに飛び方が気持ち悪いんだろう。
「なんか不気味……」
「リリスちゃん、怖い?」
チャルにそう言われて、私は素直に頷く。チャルに見栄をはっても意味がない。
「大丈夫だよ、私も怖いけど、ふたりいっしょだから」
とチャルが言った。その言葉で私はほとんど安心した。私は「うん」とだけ返事をして頷いた。
そのまま歩いてゆくと、不気味とかそういうものではなく、もっと直接的なアクシデントが起こった。
つまり、チャルがなにかに気づいたのだ。
「リリスちゃん! 魔物!」
私はそれを聴いて、チャルが見ている方にじっと目を向ける。
そこには確かに魔物がいた。
一、二、三、四、五匹。
小さい悪魔のような外見をした、羽と角、そして矢印みたいな形をしたしっぽの生えた、二足歩行の生き物が五匹いた。ここまで魔物魔物した魔物は逆に珍しい。
「リリスちゃん」
「うん」
あちらもこっちに気づいたみたいだ。私と目が合うと、すぐに地面を蹴り、その小さな翼を使って、こちらに鉄砲玉のような猛スピードで飛んできた。
「ファイヤーストーム!」
私は手を前にかざして、飛んでくる魔物目がけて炎の嵐を放った。
一瞬、カッと洞窟の中が炎で明るく照らされる。そして、炎が消えた時。私たちの目の前には黒焦げになった四匹の魔物が落ちていた。
「あれ、もう一匹はどこ?」
「あっち!」
一匹は、私の魔法をひらりとかわし、洞窟の壁に張り付いていた。そして、壁を蹴って私たちに向かって飛んでくる。
「まかせて」
チャルはそう言うと、右手を魔物の方にかざした。すると、目の前の空間にちょうど魔物一匹分くらいの穴が開いた。その魔物は、壁を蹴った勢いを殺せず、その穴の中へと吸い込まれる。チャルがかざした手を握ると、その穴も小さくなって、魔物ごと消えた。
「チャル、何したの?」
「月に飛ばした」
わお、すごい。瞬時に月とこことを繋ぐワームホールを開けて、魔物を月に飛ばしたということだろうか。魔物が酸素で呼吸しているかどうかは知らないが、さすがに月で生きることはできないだろう。万が一生きれたとしても、この美しい地球にもう二度と戻ってこれまい。なんて可哀想な魔物。
「じゃあ、行こっか」
「あ、また魔物だ」
***
この洞窟は、たしかに老人の言っていたとおり魔物の巣と呼ぶにふさわしいところだった。次から次へとひっきりなしに魔物が襲ってくる。私たちはその魔物を何とかしながら、少しずつ前へ進んでいた。
そしていま、私たちはこの洞窟内初めての分かれ道に遭遇していた。
「チャル、どっち行く?」
ここで、道がふたてに分かれている。同じところに繋がっていない限りは、どっちかがハズレでどっちかがアタリということだろう。しかし、何も判断基準がない。
「うーん、当てずっぽうしかないのかなあ、看板くらい立ててくれればいいのに」
「じゃあ、こうしようよ。じゃんけんで私が勝ったら右、リリスちゃんが勝ったら左」
「そうだね」
かなり適当だが、まあどうせ考えたところでわからないし、適当でいいだろう。
「じゃんけん」
「「ぽん!」」
私は負けた。
「わーい、じゃあ右だね」
「はいはい」
***
数十分くらい歩いただろうか、分かれ道の先はいっぽん道だったので、ひたすら道なりに進んできた。
「あ」
チャルが声を上げた、そこは行き止まりだった。
「あらま、行き止まりかぁ」
「あ、でも宝箱あるよ」
行き止まりの先に、意味深にも宝箱が置いてあるという。誰がこんなもの置いたんだろうか。
「リリスちゃん開けてみて」
「またミミックじゃないよね……」
チャルに前にいたずらされているから、つい疑ってしまう。半信半疑で私は宝箱に手をかけた。特に鍵がかかっているということもないようで、すんなりと箱が開いた。
「あ」
「なに入ってた?」
それはミミックではなく、宝箱の中にはなんと剣が入っていた。
「チャルみてみて、剣入ってた」
「えー、すごい、リリスちゃん持ってみて」
「え、ばっちいからヤダ」
いつからこの中に入っていたのだろうか、その中に入っている剣はかなり錆びついていた。これでは使い物にはならないだろう。
「チャルこれで戦う?」
「ありかな?」
想像してみたけど、チャルに剣とかすごく似合わないな、と思った。いや……もしかしたら逆にありかな? いや、ないか。
「ちょっと試してみよ」
そう言って、チャルが宝箱の方を人差し指で指差すと、宝箱の中から剣が浮いてでてきた。チャルが指を差す先に、剣がふわふわと浮遊している。
「え、なにそれ! すごい!」
私は素直に感嘆の声を上げる。
「サイコキネシスだよ」
チャルが指を動かすと、それに合わせて剣がふわふわと動く。チャルは剣を操りこちらに引きよせた。
「めちゃ錆びてるね、いつからあったんだろう?」
「うーん、剣って錆びるんだね、安物なのかな」
安物と言うと、誰かが買ってこの宝箱に入れたということなのだろうか? 目的がよく分からない。
「ちょっとごめん、いったん手離すね」
チャルはそう言うと、つないでいた左手を離した。手を離す寸前、チャルの左手から少しの魔力を感じた。
チャルは、右手で剣を浮かせたまま、左手の人差し指でその剣を指さした、そしてその人差し指を反時計回りにくるくるくるくると回し、呟いた。
「カウンター・クロックワイズ」
チャルはそのまま指をくるくる回し続ける、するとどうだろう、宙に浮いた剣の錆がみるみるうちに綺麗になっていく。茶色に錆びていた剣が少しずつ銀色に変わっていき、最終的にはライトの光の玉から放たれる明かりを反射し、私の顔が写るくらいになった。
「すごい、なおしたの?」
「なおしたというよりかは、戻したのほうが正しいかな」
離していたチャルの左手はまた私の右手と繋がった。宙に浮いている剣はその刀身をキラリと光らせていた。
「戻した?」
「私は空間を操れるの割と得意だけど、それは言い換えれば時間も操れるってことでしょ、こういうのはリリスちゃんのほうが詳しいんじゃない?」
私の知ってる科学では、空間と違って、時間は戻せないはずなんだけどなあ……。
やっぱり、魔法と科学というのはどうも統一的に扱えてないらしい。でも、もしかしたら、そのうち魔法も科学の一分野として解釈できるようになる日が来るかも知れない、というか、そうなるべきだ。と私は思う。
まあ、そんなこと、いまはどうでもいいだろう。
「ところで、この剣どうするの?」
私はチャルに訪ねた。
「リリスちゃん、使う?」
チャルはとぼけた顔でそんなことを言う。私はチャルと違ってものを浮かせたりできないし、生身ではただの非力な女の子なので、こんな金属の塊を持つこともできない。
「いや、無理でしょ」
私が言うと、チャルは「だよね」という。わかってて聞くんだもん、いぢわるだ。
「じゃあ、宝石屋さんのところに送っちゃおうかな、こういうの集めてそうだし」
チャルがそういうと、一瞬だけ私の目の前に黒い穴が開いたのが見え、瞬きをした瞬間に消えた。そして、その穴といっしょに浮遊していた剣も消えていたのだ。もちろん、チャルが空間転移魔法で剣を宝石屋さんのところに送ったのだろう。
「勝手に送っていいのかな」
「まあ、いいでしょ、いらなくても売り物にはなるかも知れないし」
確かに、あの人の店は宝石屋だったが、宝石の他にも貴金属や一部武器なども置いてあったことを覚えている。もしいらないなら、今度ちゃんと引き取りに行こう。
それにしても、この洞窟は何なのだろうか? 自然の洞窟なのか、それともそうではないのだろうか、なんでこんなところに剣があるんだろう。
「でも、こっちの道はハズレだったね、しょうがないから戻ろうか」
「ゲームなら、アタリだけどね」
ゲーム? というのはよくわからないけど、とりあえず1/2でハズレを引いてしまった私たちは、いま来た道をおとなしく引き返すことにした。
***
「さて」
私たちはまた、ふた手に分かれたところに戻ってきた。進むときに魔物を退治しながら進んでいたのに、なぜ引き返す時にまた魔物に遭遇するのだろうか。洞窟のどこからか魔物が湧き出てきているんじゃないかと、疑いそうになるほどだ。
「じゃあ、こっち行こっか」
そう言って、私たちはさっき入ったほうと逆の方へと進むことにした。まさかどっちも行き止まりってことはないだろう。もしそうだったとしたら性格が悪すぎる。いや、洞窟は自然にできたものだから性格なんてないか。
ところで、なんでこんな洞窟に海を渡るのに必要な水晶があるんだろう。これも魔王の仕業なのだろうか。まあ、魔王が海を渡られると困るからここに隠したと考えるのが妥当かな。
理由はとりあえず今は置いておこう、とりあえず今は海を超えることが大切だ。そんな考えをめぐらせながら、私は目の前に現れた魔物に向かって、反射的に魔法を放って塵にした。
しかし、祠の老人が言っていたように、ほんとうにここは"魔物の巣"と呼ぶにふさわしいところだなあ、魔物を倒しても、すぐに次の魔物が現れるのだ。今までは基本的に魔物の退治は私がやっていたが、この洞窟の中ではチャルにも手伝ってもらわないとしんどいくらい。
ほら、また目の前から、魔物が私たちを狩ろうと飛んで出てきた。
私はすぐに、チャルと繋いでいない方の手、つまり利き手の左手を前に出して魔法を放とうとしたが、その寸前に、チャルに右手をぐいっと後ろに引かれた。
「まわり」
とだけ、チャルは言った。
前だけではない、三百六十度全方向から、いやこれも正しくない、上からも飛んできている。考えられる全方向から、魔物が何匹も私たちに向かって襲いかかってきていた。
私はとっさに、目の前に放とうとしていた魔法を引っ込めて、手を上にあげる。
「クリスタルダスト!」
私のまわり全体を覆うようにして、無数の、こぶし大のクリスタルが現れる。そのクリスタルたちは、鋭利な方が魔物に向くような格好で宙に浮いていた。そして、私が念じると、そのクリスタルは瞬間的に加速され、四方八方へと散乱する。
そのクリスタルは魔物へ向かって勝手にホーミングし、鋭利な部分が突き刺さる。
すぐに、絶命した魔物達がぼとぼとと落ちてきたのだった。とりあえず、襲ってきた魔物は一掃したけれど、まだ気は抜くことができない。また、すぐにでも別の魔物が襲ってくるだろう。
「それにしても、どんどん魔物の数増えてない?」
とチャル。そう、気のせいではない、確かに魔物の数は入口付近よりも増えていた。もう、倒すのがめんどうなほど。
「まあ、そのぶん最深部に近づいてるんだと思おうよ」
半分、そう思わなきゃやってられないという意味も込めて、私は言った。
To be continued.




