十日目 どんな偏愛も、一途である限りは純愛である
「いらっしゃい。ああ、あんたたち、もう帰ってきたのかい、はやかったね」
宝石屋に戻ると、例の宝石屋さんに出迎えられた。
「はいこれ」
私は苦労してとってきたオリハルコンを宝石屋の机の上に置いた。
「お、ほんとうに取ってくるとはね、やはり私の目に狂いはなかったわ」
宝石屋さんはなぜだかとても嬉しそうに見えた。
「うん、約束通り、指輪は明日までに作ってあげるわね」
「やった」
「そうだねえ、特別に無料サービスで刻印でもしてあげようか?」
「!」
「刻印!」
刻印か……それはいいかもしれない、なんて入れよう。
***
かなり迷ったが、けっきょく無難に、指輪にはそれぞれふたりの名前である、"Chal"と"Lilith"と刻印してもらうことにした。言うまでもなく、Chalと刻印された指輪が私、Lilithと刻印された指輪がチャルのものだ。
結婚指輪なんてずっと身につけるものだし、無難にいくのが一番だろう。
「ところで……」
指輪の刻印のことでひと通りはしゃいだ後、チャルがおずおずと口を開いた。
「あの遺跡はなんなんですか?」
あ、私もそれ気になってました。
「ああ、薄々気づいているかもしれないが、あれを作ったのはあんたの町にいた賢者だよ。オリハルコンを守るためにね。いや……正しいものの手に渡らせるため、と言った方が正しいかね」
「やっぱり……」
私も薄々感づいていた、おそらくチャルはほぼほぼ確信していたことだろう。
あれ? というか、私、出身の町なんて言ったっけ。まあ、いいか。
「まあ、あの子のことだから、オリハルコンのためだけに作った訳では無いだろうけど」
「そうなんですね」
私たちは目的のオリハルコン以外、特にあの遺跡の中で何かを見つけることはできなかったけど、もしかしたら他にも何かがあったりもするのだろうか。
「というか、宝石屋さんは、賢者様とどういう関係なのですか? 知り合い?」
「私と彼女……賢者はね、まあいわゆる旧友のようなものだと思ってくれればいいかな。あの遺跡は魔法を使えるものしか入ることは出来ないから、私がいま入ることは出来ないんだがね、彼女が生きていた時は、いっしょに入ったこともある」
「へぇ……」
こんなところに賢者様の友だちがいるなんて、何か凄いな。
「これは彼女の遺言なんだよ、魔法使いがこの町に来たら、あそこへ導いてくれってね。私はいまこんな宝石屋をやってはいるが、本業は占い師でね、あんたたちを見たときすぐに分かったのさ。あんたたちが魔法使いだってこと、そして彼女の魔法を持っていることをね」
「なるほど……」
少しずつ腑に落ちてきた気がする。
占い師なら、見ただけで出身も魔法使いということもわかるというのは、理屈がよく分からなかったが。
「たぶん、遺跡の中には彼女が置いた言葉がいくらかあったんじゃないかな? 知らないけど」
「はぁ……」
それは、たぶん古代文字で書かれたメッセージのことだろう。あれはやはり、賢者様が書いたものだったらしい。といっても、ほとんどが試練のようなもので、メッセージ性のあるものはなかった気もするが。
「あ、でも、オリハルコンは? 指輪なんかにしていいんですか?」
「何でもいいんだよ、身につけるものならね。指輪はずっとつけているものだし、むしろ一番いいんじゃないか? まあ、私もよく知らないけど、賢者からのプレゼントのようなものだと思えばいいだろうね」
「へぇ……」
「じゃあ、明日の朝、また来なね。それまでに立派な指輪を作ってあげるから」
***
「……」
朝、目が覚めるとチャルが思いきり抱きついたまま寝ていた。小さい子ってかわいい、ほっぺつんつんしたい。
けっきょく、昨日はあの後、近くの宿を見つけて、ふたりともすぐに寝てしまった。目覚ましもかけずに寝てしまったから、少し寝坊した。
「チャル、起きて、朝」
「んにゃ……」
チャルは寝ぼけた顔をこちらへ向ける、これはいつもの事だ。
時計は朝の十時を指していた。今日はとりあえず何よりも先に、指輪を受け取りに行くこと、それがまずすべきことだ。
「おー、いい天気」
チャルを起こし、出かける準備も終えて、宿の外へ出た。空は晴天で、この町は今日も賑やかだった。
私は静かなところが好きだけど、賑やかな町もたまになら楽しくていいかもしれない。
そんな賑やかな町のすみっこに、あの宝石屋はあった。
「いらっしゃい、ああ来たね」
私たちを見ると、宝石屋さんは机の下から小さな木箱を取り出した。
「はい、できてるよ」
「わぁ、見ていいですか?」
「もちろん」
箱の中には、ふたつの見事な指輪が入っていた。
指輪をやさしくつまんで眺めてみる、それぞれの指輪の内側には"Chal", "Lilith"という綺麗な刻印が施されていた。色はあの原石からは想像できないような綺麗なシルバーだったが、よく見ると少しだけ青みがかってるような気もする。
「わぁ……ありがとうございます!」
チャルも満足そうだった。
「リリスちゃん、つける? つける?」
「あれ、結婚指輪って結婚式で付けるんじゃなかったっけ?」
「え、そうなの?」
私はそんなイメージがあったけれどどうだろう。
「別にいつでもいいけど、まあ結婚式で付ける人が多いかもね」
と宝石屋さんが言った。あ、やっぱりそうなんだ。
「チャル、どうする?」
「んー、じゃあ、我慢しよっか」
「うん、そうしよっか」
すごく付けてみたいけれど、時には我慢も大切だろうと思う。今回は結婚式まで我慢することにしようかな、そっちのほうが、なんか特別感が出る気がする。
というわけで、私がその指輪を箱に戻そうしたとき、チャルが
「あ、ちょっと待って」
と言った。
「? もう少しみたい?」
「ちょっとね」
そういうと、チャルは私からふたつの指輪を取って、ふたつとも自分の手のひらの上に乗せた。さらに反対側の手を指輪の上にかざし大きく息を吸って深呼吸をする。
「……」
チャルは私に聞き取れないくらいの声量でぼそっと何かを呟いた。すると、一瞬だけふたつの指輪が紫色に光った気がした。
「はい、もうしまっていいよ」
チャルは私に指輪を返した。
「え、チャル何したの?」
「呪いをちょっとね」
え、呪い?
「……そこのあんた、今何した?」
宝石屋さんが言った。
「あ、呪いをちょっと……付けたら二度と外せないようにしました」
ああ、呪いってそういう……二度と指輪外せないようにって、さらっと言ってるけどけっこうどぎついな……。チャルがやりそうなことではあるけど。
「はぁ……あのオリハルコンに呪いをかけるなんて大したものだ……呆れた」
宝石屋さんはため息をついていた。それを聞いてチャルは何故か照れていたが、少なくとも褒めてはないと思う。
何はともあれ、やることも終わったし、そろそろ次の目的地へ向かおうかな。
「いろいろと、お世話になりました、ありがとうございます」
「こちらこそ、楽しかったよ。そうだ、最後にちょっと占ってあげるよ」
「占い?」
「本業は占い師って言っただろう、ちょっと見てあげるよ」
私は占いとかいうものをあまり信じてはいないんだけど、まあ親切でやってくれるというなら、してもらってもいいかな。
「じゃあ、お願いします」
***
占いって色々な流派があるのかな、私はてっきり手相でも見られるものかと思っていたけど、宝石屋さんは水晶玉をのぞき込んでいた。私には透明な球にしか見えないけど、宝石屋さんには何かが見えているのだろうか。
「ふむふむ……」
と宝石屋さんが水晶玉を覗き込みながらいう。
まったく占いなどを信じていないとはいえ、じっさいにしてもらうと少しドキドキする。ちなみにチャルはけっこう占いとか、こういうの好き。本気で信じてるかは知らないけど。
「あんたたち……」
「は、はい」
ドキドキする。
「あらら、凄いわね、ふたりとも……」
「え……?」
あまりに抽象的な言葉に、一瞬面食らう。
「ふたりとも、お互いにとんでもないほどの偏愛、むごいほどの独占欲、相手のことしか考えていない……。ひとことで言えば、とんでもなく重い」
え? 宝石屋さんの言葉を聞いて、私はびっくりした。チャルの偏愛が凄いのは気づいてた、だって指輪に呪いかけるくらいだし、私もなの? 私はその台詞にとても不満だったが、そんな私の不満そうな顔に気付きもせず、宝石屋さんは続ける。
「ふつうのひとなら一瞬でぺちゃんこに潰されるほどの愛の重さ。でも、あんたたちの場合は、お互いに同じくらい超重いから、ブラックホール連星のようにいい感じにバランスが取れてるのか……」
はぁ……なるほど? 宝石屋さんは勝手に納得しているが、私はいまいち納得できない。
「だから、この先もふたりで上手くいくらしい」
「そうですか」
そんな私の不満はお構いなしに、宝石屋さんはいい感じにまとめた。チャルとふたりでうまくいくとか、そんなのは当たり前すぎるから、わざわざ占ってくれなくてもいいんだけどなあ、とも思う。でも、当たり前のことをわざわざ言ってくれる人も大切なのかも。
というか、占ってくれるって、これからの旅のこととかを占ってくれる訳ではないのね。
「けっきょくね、愛が重いかどうかっていうのは相手の器で相対的に決まるもんだからね、あんたらは相手の愛が重いと感じたことすらもないのかもね」
いや、チャルの偏愛が凄いなあくらいはいつも思ってるけど……まあ、もっともっとひどくてもいいけど。
「まあ、とりあえずこの旅も気をつけていれば大丈夫かね、頑張りな」
と宝石屋さんは締めくくった。
「こちらこそ、いろいろとお世話になりました」
「ふふ、結婚式の招待状出しておくれよ」
「もちろん」
私たちは宝石屋さんに深々と礼をして、その古ぼけた店を後にした。占いはよく分からなかったけど、いろいろとお世話になった。
たぶん、また会うことがあるだろう。
***
「さて、じゃあ次の場所へ向かおうか」
「うん!」
私たちは町から一歩出たところで、次の目的地の場所を地図で確認していた。ちなみに、指輪はチャルが異次元の空間へ一時的にしまった、ここにトランプとか地図とか、いろいろと旅に必要なものがしまってある。
チャルがいうには、この世界は通常時間と空間の1+3=4次元に見えるが、実は普通には見えない余剰次元方向があって、チャルはその向きの座標を使える? らしい。だから、その向きの空間の中に物をしまったり、ワープしたりができるらしい。よくわからないけどなんかすごい。
「じゃあ、レッツゴー」
「おー」
そんなかけ声とともに、私たちはまた次の目的地へと向かって歩き出したのだった。
To be continued.




