九日目 愛の存在
それは今までで一番長い階段だった。数十分程度ひたすら階段を下っているが、いまだに次のフロアに辿りつかない、いい加減足が痛い。
「ん……リリスちゃん、なにか聞こえない?」
耳をすましてみると、確かに何か音が聞こえた。なんだろう、水が流れる音?
私たちが階段を下っていくと、それにつれてその水が流れるような音はどんどん大きくなっていった。
「あ、やっと次の階っぽい」
ようやく階段の終りが見えてきた。
私は身体の力を抜いて、一息をつこうとしたのだが、その場所の、あまりに神々しく幻想的な光景を目の当たりにして、逆に息を飲んでしまった。
そこには水が流れ、川ができていたのだ。
そのフロアは私たちが今下ってきた階段から真っ直ぐ前に伸びた、細い長方形の形をしており、その真ん中には石でできた通路があった。そして、その通路の両脇を透き通った水が流れていたのだ。
遺跡全体を照らしている蒼色の光と相まって、そこには感動を禁じ得ないほどの幻想的な空間ができあがっていた。
「……」
「すご……」
思わず息を飲む私たち。
しかし、いつまでも目を奪われていてはいけない。
「進もう」
「うん」
私たちは今まで以上にしっかりと手を握り、その二本の川の中心を走る通路を渡って、先へと進み始めた。
進みながら周りの水脈を眺めてみる。水は異常に透明で綺麗であったが、生き物の気配は全くといっていいほどになかった。苔すらも生えていないのは普段光がまったくないからだろうか。
水の流れる音、宝石の脈動する音、そして私たちの足音がフロアに響く。
その音の中をほんの少し歩くと、すぐに何かが見えてきた。
「着いたかな」
このフロア自体は今までと比べると広くはなかった、高々数100m程度真っ直ぐに水路の真ん中を進むと、次の階へ進むための階段があったのだ。
水路を流れていた水はというと、階段の両脇の壁に開いていた穴の中へと流れ落ちていた。
***
私たちはいまB9階まで降りてきた。
さっきの水が流れている階から下は、ずっと同じように水が流れているフロアがB9階まで続いていた。今いるB9階も同じように水脈の中に続く通路があり、私たちはそこを歩いていた。
「ん」
私たちがまっすぐ歩いていった先には、またしても下への階段が現れた。
「「最下階」と書いてあるね」
チャルが言った。またしても私には読めない古代文字だったが、そう書いてあるらしい。
最下階ということは、ようやくこの遺跡の最深部に到達したということだろうか、私たちは少し緊張しながら、その階段を下って最下階らしいB10階を目指した。
「おお」
思わず小さな声を上げる。しばらく階段をくだり、ようやく開けた場所に出た。
そのフロアは、この遺跡で初めてのドーム状の部屋だった。円形の部屋のその周りは堀のようになっており、水が溜まっていた。たぶん、上の階から流れてきた水だろう。
そこは今までのどれにもまして、綺麗で神々しい部屋だったが、何よりも注目すべきは、その部屋の中心にあったものだろう。そこには異常に存在感のある、いくつかの幾何学的な面を組み合わせたようにカットされた透明な水晶のようなものが、どういう訳かそこ、部屋の中心に浮遊していたのだった。
しばらく目を奪われたのち、私たちはすぐにその水晶のもとへと歩み寄った。
「これは?」
その水晶のようなものはかなり大きく、チャルの身長くらいあった。そして、その中に何かが埋め込まれているのが見えた。中に埋め込まれているものは、周りの綺麗にカッティングされた水晶と対照的に、原石そのままの、こぶし大の金属だった。
「これがオリハルコン?」
「そうぽいね」
オリハルコンの現物を見たことがあるわけではないが、なんとなくそうだろうという確信めいたものがあった。でなければ、こんなに仰々しく置いてはおかないだろう。
「じゃあ、これを持って帰ろうか」
やった、目的のものを発見して一件落着だ、私はそう思ったが、
「どうやって?」
というチャルの言葉で我に返る。
たしかに、何故か浮遊しているこの巨大な水晶。そのなかに埋め込まれているものを取り出すにはどうすればいいんだろう。壊すにしても大変そうだ、中身は無事にしないといけないし。
しかし、すぐにいいアイデアが思いついた。
「そうだ、この水晶ごと持ってこうよ。なんかいい感じに浮いてるし、ひもつけたら風船みたいになって楽しそう」
ナイスアイデアと私は思ったが、
「たぶん、無理。理屈はよくわからないけど、強力な力でそこに束縛されてるみたい」
とチャルに言われた。
たしかに、試しにその水晶を押してみてもビクともしなかった、我々の見えない何かで空中にガッチリと固定されているようだ。
「あ、じゃあ、チャルの魔法で、その水晶の回りの空間ごと移動させちゃえばいいじゃん!」
と私が言うと、チャルは半分呆れたように言った。
「リリスちゃん、気づいてないの? この遺跡の中、魔法使えない」
「え!?」
そう言われて私はすぐに魔法を放とうとしたが、何も起こらなかった。
「ほんとだ……」
私は魔法が使えないことにまったく気づいていなかったが、どうやらチャルはとっくに気づいていたらしい。私が鈍感なのかチャルが敏感なのか、たぶん後者だ、もしくは両方。
「じゃあ、えっと、どうしよう……」
魔法が使えないとなると、もう手詰まりだ。私たちなんてしょせんただの女の子だから、魔法も使えない丸腰じゃ、そこら辺の野良猫にすら負けると思う。
「きっと、何か正攻法があるんだよ。がんばろ?」
少し弱腰になった私に、チャルがそう言ってくれた。それに対して私は
「うん。そうだね」
と私は返事をする。
チャルは何か正攻法があると言ったが、私もそうだと思う。いままでの遺跡の探索を思い出してみても、おそらく何かこのオリハルコンを取り出す方法があるんだろうと期待するのは、十分理にかなっていると思う。
そして、ヒントはすぐ側にあった。
***
「リリスちゃん、これ」
水晶の真下の床に、またしても古代文字で何かが書いてあったのだ。
「チャル読める?」
「うん」
━━━━━━
選ばれし真に純真な心を持つ魔女だけが、この秘石を掴み取ることができるでしょう。
━━━━━━
そこに書いてあった古代文字を、チャルが私にも伝わるように音読した。
「真に純真な心をもつ魔女……?」
なかなか抽象的な要求である、心ときたもんだ。
「まあでも、魔女って言ってるってことは、私たちの少なくともどちらかは取れるってことだよね」
まあ、そうなるのかな? いちおう魔女はこの世界に私たちしかいないと言われているので、それが本当ならそうなのだろう。まあ、取り出せる人がこの世に誰ひとりいないという可能性も大いにあるけれど。
「あ、でも、純真な心を持ってないとダメだって」
「なるほど? ぴゅあならいいってこと?」
「そうなのかな、チャルはぴゅあ?」
「もちろん、リリスちゃんのことしか考えてないから」
私のことしか考えてないということをぴゅあであると表現していいのかは謎だが、自信があるみたいだから、ここはチャルに任せよう。
私がチャルに「よろしく」と言うと、チャルは腕をまくり、その水晶に手を近づけた。
ゆっくりと、その手が水晶に触れる。
ピト
「……」
何も起こらない。
「何も起こらないね……」
「おかしいな……」
チャルは不満という感じだった。
「うーん、私じゃダメみたい……リリスちゃんよろしく」
まあ、チャルがだめなら私の番だろう。
私もさっきのチャルと同じように、水晶に手を近づけた。
特に、水晶に手を近づけたからといって、何かを感じるわけではなかったが、心臓の音はどんどんと大きくなる。なんだか、試されているみたいで嫌だな。
ピト
「……」
結果は、チャルと同じだった。
「ええ、リリスちゃんでもダメなの……?」
どうやらそうらしい。うーん、私もチャルのことしか考えてないんだけどなあ。
「純真な心を持った魔女……」
言葉があまりにも難しい。そもそも純真とは? 心とはなんだろう? 魔女……? 私は魔女を名乗っていいのだろうか? 言葉の定義くらい、きちんと書いてくれなきゃ私にはさっぱり理解できない、私はどちらかというと理系なのだ。
「わからない。私たちはふたりとも純真な心を持った魔女ではないのかな」
うーん。
「あ」
「? リリスちゃん何か思いついた?」
そのとき、私の頭のなかで何かがストンと落ちる音がした。
「チャル、私の手の上に手を重ねて」
「ん、わかった」
私の左手の上にチャルの右手が重なる。
そしてそのまま、ふたりの手を水晶の方へとゆっくり近づけて行く。すると、
スッ
っと、何かに触れた感覚すらもなく、ふたりの手はその水晶の表面を通り抜けた。そして私は中に埋め込まれているオリハルコンを掴み、取り出した。
「わっ……!」
私も少し唖然としていた。水晶の中に埋め込まれていたハズのオリハルコンが目の前にあるのだ。
水晶の方はと言うと、オリハルコンが埋め込まれていた箇所は空洞が開くわけでもなく、もとから何もなかったかのように、周りと同じように補完されていた。
「なんで取れたんだろう」
チャルが首をかしげる。
「私たちの魔法は賢者様の魔法をふたつに分けたもの何でしょ? だったらふたりじゃないと、ここで言う魔女ではないんじゃないかなと思ったの」
「あー、だからふたりだったら取れたってこと?」
「たぶん? それに、純粋な愛を持って純真であると主張するなら、それもふたりいっしょで初めて成立するものだしね」
「よくわかんないけど、そうか」
私もわかったフリをしているだけだけど、まあいいでしょ。あっているかどうかがわからなくても、納得した気持ちになると気分が良い。
「じゃあ、目標も達成したし帰ろっか」
「うん」
「チャル、ワープおねが……ああ、ここ魔法使えないんだっけ」
うーん、となると、ここから歩いて帰らないといけないのか、まあしょうがないかな……しかし、いままで下ってきた階段をまた上がらないと行けないと思うと、少し目眩が……。
しかし、帰らないわけにはもちろんいかないから、覚悟を決めよう。
私は左手に目的でもあったオリハルコンを持ちつつ、右手でチャルの手を取った。
「はあ、大変そうだけど、歩いて帰ろうか、チャル」
「うん、あ、ちょっと待って」
「どうしたの?」
「あそこ」
チャルが指を指したのは、水晶の背後の、何も無い空間だった。
そこは一見すると何もないように見えるが、よく目を凝らしてみると、陽炎がゆらめくように、空間がぐにゃぐにゃと歪んで動いているのがわかる。
「チャル、これは……?」
「空間に穴が空いてるね、さっきまでは何もなかったのに」
そこは、チャルが空間に穴を開ける時と同じような感じになっていた。
「たぶん、私たちがオリハルコンを取った時にできたんだと思う……入ってみよう」
「えぇ? 大丈夫なの?」
私は驚いたが、チャルは有無を言わせず私の手を引いて、その"穴"をくぐった。
中に入ると目の前がぐにゃぐにゃと歪み、周りの景色が変わっていくのがわかる。視界がぐねぐね動き具合が悪くなりそうだった。私はそのなかでチャルの手だけはしっかりと握っていた。
そして気づいた時、私たちは今朝出発した町の入口の前にいた。
「やっぱり」
チャルが言った。
「やっぱり?」
「うん。あれは魔法が使えなくても外に出れるように用意されたワームホールだったみたいだね」
「なるほど?」
魔法を使えないようにという、いぢわるはするくせに、そういう親切はあるのか。親切なのか不親切なのか……。
「じゃあ、すぐに指輪作ってもらお!」
チャルは私の手を引いて、町の中に入る。
しかし、なんでワームホールの出口が遺跡の入口ではなく、町の入口だったんだろう。
私は首をかしげた。
To be continued.




