特別編︰甘やかし旦那の苦労
晴れてルシアンと結婚し、領地の別邸で「夢のニート生活」をスタートさせてから数か月。
私の毎日は、まさに天国だった。
朝はルシアンの腕の中で好きなだけ二度寝をし、着替えも毛布にくるまったままルシアンに手伝ってもらい、日差しが差し込むテラスで彼に「あーん」とクッキーを食べさせてもらう。
「あぁ……幸せ……。私、本当に何にもしてない。完璧なニートだわ……」
ベッドの上でごろごろ転がりながら満足感に浸る私。
……だったのだが。
前世で三十年以上叩き込まれた「救命看護師の職業病」と「主婦の生活の知恵」は健在で、「貧乏性」に至っては私が思っている以上に重症だったらしい。
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**事件その1:別邸の薬草園にて**
ある日、別邸の庭師が青い顔をして困り果てていた。
領地で流行し始めた風邪の特効薬になる重要な薬草が、害虫と立ち枯れ病で全滅しかけているというのだ。
日ざしがさしこむテラスでクッキーをかじっていた私は、庭師の「あぁ、このままだと領民の子供たちが……」という呟きを聞きつけ、無意識にむくっと起き上がってしまった。
(……待って。あの枯れ方、ただの病気じゃないわ。葉の裏の変色と水はけの悪さ……前世の家庭菜園で大根育ててた時と同じ根腐れ症状じゃない!)
「ちょっと待ったぁ!」
「えっ、奥様!?」
気づいた時には、私はパジャマの上に羽織を引っかけただけの格好で庭へ飛び出していた。
「この土、粘土質で酸素がいきわたってないわ! あと、この葉っぱの虫食いは特定のハーブを一緒に植えれば防げるはず! 水やりは早朝だけにして、根元を少し掘り起こして通気性を確保して!」
前世の家庭菜園知識と、解剖生理学的な植物構造のイメージを組み合わせ、さらに「根っこに微弱な栄養(魔力)を点滴のようにじわじわ流し込む」という精密魔法を無意識に発動。
ものの十分で、全滅寸前だった薬草園は見事な緑を取り戻し、元気すぎるほどに生い茂り始めた。
「す、素晴らしい……! 奥様は植物の神様だ……!」
涙を流して拝んでくる庭師を見て、私はハッと我に返った。
(や……やっちまったぁぁぁ! 私、ただのニート妻なのに!庭のお手入れなんて庭師さんの仕事なのにぃぃぃ!)
「ち、違うの! たまたま土をちょっと触ったら直っただけで……! ルシアンには秘密にしてぇぇっ!」
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**事件その2:館の執務室にて**
またある日。
ルシアンが領地の予算表や補修計画の書類を山のように積み上げ、眉間にしわを寄せて頭を抱えていた。
「どうしたの、ルシアン? 顔色が悪いわ」
「あ、エリアノーラ。ごめんね、起こしちゃったかな? ……うん、今年の冬の非常用食料の備蓄計画と、各村への分配計算がうまく合わなくてね。数字が多くて……」
「どれどれ?」
ルシアンの膝の上に自然な動作で割り込んで座り、書類を覗き込む。
そこに並んでいたのは、この世界の非効率すぎる算術で書かれた複雑な計算式だった。
(……は? なにこのややこしい計算。前世の診療報酬の計算やシフトを組む時の時間計算に比べたら、ただの四則演算じゃないの)
「ねえルシアン、ペン貸して」
「え? うん……」
私はルシアンからペンを奪うと、九九と筆算、さらには簡単な前世でも使ったExcelの表のようなものを用いて、一瞬で最適な食料分配ルートとコスト最小化の計算を書き上げた。
「ほら。こうやってカテゴリーごとに分けて、村の人口比率で掛け算すれば一発よ。あと、この倉庫の配置だと移動のロスタイムが多いから、動線をこう変えたら作業効率が三十%上がるわ」
「…………」
ルシアンが呆然と書類と私を見比べている。
「……エリアノーラ?」
「はっ……!?」
我に返った私は、ペンを机に置いた。
(あ、あ、またやっちまったぁぁぁ! 事務仕事なんて一番やっちゃいけないやつ! 私はだらだらするだけの置物妻なのにぃぃ!)
「ち、違うのルシアン! 今のは前世の……じゃなくて、頭の中に降ってきた落書きで! 計算なんて私、全然わかんなくてぇぇ!」
真っ赤になってルシアンの胸に顔を埋め、ジタバタと暴れる私。
ルシアンは一瞬ポカンとした後、耐えきれなくなったように「くっ……ふふっ、あははは!」と爆笑し始めた。
「ひ、ひどい! 笑わないでよぉ!」
「ごめんごめん、だって可愛すぎて……っ!」
ルシアンは涙目になりながら私をぎゅっと力強く抱きしめ、私の頭に何度も愛おしそうにキスをした。
「やっぱり君はすごいよ、エリアノーラ。本人は『だらけたい』って全身で叫んでるのに、困ってる人や非効率なことを見ると、身体が勝手に動いちゃって完璧に解決しちゃうんだから」
「うぐぐ……職業病って恐ろしいわ……」
「ふふ。でもね、君がいくら『無意識チート』を発揮して周囲を驚かせても、僕のやることは変わらないよ」
ルシアンは私を抱きかかえると、執務室のふかふかソファへ移動し、私を自分の上に乗せて優しく背中を撫で始めた。
「君が頑張っちゃった分、僕が倍にして甘やかしてあげる。……ほら、頭使って疲れたでしょ? 甘いミルクティーを淹れさせるから、ここで僕に抱っこされながら『あーん』して飲んで?」
「……ルシアン……」
「君がどれだけ優秀で、無意識に世界を救っちゃうような天才でも……僕の前では、ただの『可愛くて甘えん坊な僕のお嫁さん』だよ」
甘い言葉と、心地よい抱擁。
さっきまで「やっちゃった」とパニックになっていた脳みそが、ルシアンの温もりによって一瞬でとろけていく。
「……うん。ミルクティー飲む……。あと、頭撫でて……」
「はいはい。よしよし、偉かったね、エリアノーラ」
結局のところ。
私がどれだけ無意識にチートを発揮して頑張ってしまっても、それを全部包み込んで「がんばったね」と甘やかしてくれる旦那様がいる限り――
私は今日も明日も、世界一幸せな「究極のニート」なのだった。
(おわり)




