世界で一番しあわせな干物妃
あのお披露目会から、六年の月日が流れた。
十六歳になった私は今、息をのむほど美しく装飾された大聖堂の控え室で、眩しいほどの純白のドレスに身を包んでいた。
鏡に映るのは、完璧にヘアメイクを施された公爵令嬢……もとい、本日晴れてルシアンのお嫁さんになる「新婦」の姿だ。とは言え、私がお嫁に行くのではなく、ルシアンを婿に迎えるのだが………ここに至るまでも色々あった。あったけれど、全て父とルシアンが暗躍した様子。
「……ふぅ。コルセットが苦しい……早く脱ぎたい……」
誰もいないのを良いことに、私は豪華なソファの上にゴロンと横たわり、高級なシルクの裾を派手に乱しながら深いため息をついた。
外では、国中から集まった貴族たちが「アークライト公爵家の聖女のごとき令嬢と、若き天才侯爵の世紀の婚礼」だと大騒ぎしている。
結局、ルシアンの手回しのおかげで私は『表舞台にはめったに出ない、控えめで愛らしい深窓の令嬢』という完璧な保護色を手に入れ、今日まで何ひとつ面倒な責任を背負わずに生きてくることができた。
「失礼するよ、僕の可愛い花嫁さん」
静かにドアが開き、極上のタキシードを纏ったルシアンが入ってきた。
十八歳になった彼は、思わず見とれてしまうほど凛々しく美しい青年へと成長していたけれど――私を見るその翡翠色の瞳に宿る熱い甘さだけは、出会った七歳の頃から何ひとつ変わっていない。
ソファーでだらしなく転がっている私を見ても、ルシアンは呆れるどころか、心底愛おしそうに目を細めた。
「ドレスがシワになっちゃうよ、エリアノーラ」
「いいの。どうせ脱ぐんだし……それに、ルシアンが綺麗に伸ばしてくれるでしょ?」
「ふふ、そうだね。君のドレスのシワを伸ばすのも、髪を解くのも、全部僕の仕事だ」
ルシアンは私の隣に腰かけると、当たり前のように自分の膝をポンポンと叩いた。
「おいで」
「待ってましたー」
私は迷わず彼の太ももに頭を乗せ、すっぽりと膝枕の体勢に収まった。
締め付けられた身体が、ルシアンの体温と心地よい香りに包まれてすーっと解れていく。
「……あー、生き返る。前世の私に見せてあげたいわ。59年間必死に働いて家族を支えて、最後の最後にこんな最高の甘やかし人生が待ってたなんて」
「前世の君にもお礼を言いたいよ。死ぬほど頑張って疲れてくれたおかげで、今こうして僕の膝の上でだらけてくれてるんだから」
ルシアンの細く長い指が、私の髪を優しく撫でる。
彼は私の額にそっと唇を落とすと、甘く低い声で囁いた。
「式が終わったら、領地の別邸に行こう。あそこなら誰も来ない。君は一日中寝間着のまま、僕の腕の中で好きなだけ寝ていていいよ」
「本当!? ご飯もベッドまで運んでくれる?」
「もちろん。あーんして食べさせてあげる。お風呂も洗ってあげるし、読みたい本も全部僕が読んで聞かせてあげる」
「やだ、完璧すぎる……。私、本当に何の役にも立たないぐうたら妻になっちゃうわよ?」
「それが僕の望みだって、ずっと言ってるじゃないか」
ルシアンは私を抱き上げ、そっとソファの上に座らせ直すと、私の左手を取った。
薬指に輝く指輪に、愛おしそうに口づけを落とす。
「君が自分のためにだらけて、幸せそうに笑ってくれる。僕にとって、それ以上の報酬なんてこの世界に存在しないんだから」
扉の外から、挙式を告げる鐘の音が聞こえ始めた。
私はルシアンの首に両手を回し、自分から彼の頬にちゅっと小さなキスを贈った。
「ルシアン」
「なぁに?」
「一生、私を甘やかしてね」
「言われなくても。死ぬまで、……ううん、生まれ変わってもずっと甘やかし続けてあげるよ」
前世で背負い続けたたくさんの「責任」と「努力」。
それらすべてと引き換えに神様がくれたのは、この世界で一番甘くて、温かくて、幸せな「究極の干物姫」生活と干物姫をこよなく愛する旦那様の存在だった。
さあ、これから始まる長い人生。
私はこの最高の旦那様の腕の中で、世界一幸せな干物姫として、どこまでもだらだらと生きていこうと思う。
(おわり)
本編は完結。
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SSが続きます。




