僕だけの干物姫
お披露目会は、結果から言えば「大成功」であり、私にとっては「大勝利」だった。
魔力測定の場で、公爵が裏で手を回してくれた魔導具が見事に「生活魔法レベルの微弱な光」を弾き出した瞬間、私は心の中でガッツポーズを決めた。
「まあ、アークライト公爵家のご令嬢は、なんとおしとやかで可愛らしい……」
「まるで咲き誇る一輪の花のようですね」
貴族たちの間での私の評判は、「目立たないけれど愛らしく、おしとやかなお嬢様」で落ち着いた。
前世の過酷な看護現場や家庭のドタバタ劇に比べれば、会場でニコニコと愛想笑いを浮かべ、優雅にお辞儀をこなすくらい朝飯前だ。
(ふふふ……勝ったわ。これで私は『聖女』として担ぎ出されることもなく、国中を休みなく駆け回る必要も無い! 究極のニートへの道が完全に開かれたわ……!)
ドレスの裾を摘みながら心で大笑いしていた私だったが、パーティが終わり、公爵家の馬車に乗り込んだ瞬間に体から全ての骨が抜け落ちた。
「ふあぁぁぁぁぁぁぁ……疲れたぁぁぁぁぁ……っ!!」
「お疲れ様、エリアノーラ。今日よ完璧な公爵令嬢だったよ」
馬車に同乗していたルシアンが、手慣れた手つきで遮光カーテンを締め、ドレスの締め付けを少し緩められるよう背中のリボンを解いてくれた。
私はそのまま座席に崩れ落ち、ルシアンの太ももに顔を埋めた。
「うあぁぁ……笑顔の作りすぎで頬の筋肉が痛い……。大人たちの社交辞令に相槌打つだけだって気を使うし……」
「よしよし。よく頑張ったね」
ルシアンの細い指が、頭髪を優しく梳いていく。
その心地よさに、私は思わず「んー……」と喉を鳴らした。
前世での私は、どれだけ疲れていても「お疲れさま」と言って膝を貸してくれる人なんていなかった。
疲れた体で子供たちのご飯を作り、夫の小言を聞き、明日も早朝から出勤だと自分を奮い立たせていた。
「いつまで生きれば、許されるんだろう」
そんなことばかり考えていた前世の私が今の私を見たら、どんな顔をするだろう。怒るかな?呆れるかな?
けれど、今の私は知っている。
こうして誰かに甘え、弱音を吐き、膝の上で丸くなることが、どれほど心を救ってくれるかを。
「ねえ、ルシアン」
「ん?」
「私……本当に何もしないわよ? 領地の経営も、魔法の研究も、難解な政治の話も全部ルシアンに押し付けて、一日中ベッドの上で本を読んだり、お庭でクッキー食べたりするだけの『置物妻』になるわよ?」
前世の私なら絶対に言えなかった、究極の我儘。
ルシアンは一瞬驚いたように目を丸くした後、くすくすと嬉しそうに声を立てて笑った。
「最高じゃないか。君が『置物』でいてくれるなら、僕がいくらでも豪華な台座とふかふかのクッションを用意してあげるよ」
彼の手が私の頬をそっと包み込む。
その翡翠色の瞳には、偽りのない、まっすぐで温かな愛情が宿っていた。
「僕はね、君が前世でどれだけの責任を背負って、どれだけ疲れてここまで来たのか、本当の意味では分からないかもしれない。……でも、今の君が僕の前でだけ力を抜いて、だらだらと幸せそうに笑ってくれるなら、僕の人生の全部をかけてその時間を守るよ」
「ルシアン……」
「君はもう、誰かのために頑張らなくていいんだ。責任も、義務も、全部僕に預けて……ただ僕のそばで、世界で一番幸せな干物姫様でいて」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
前世で諦めていた「ただ愛されること」。
誰かの役に立つから愛されるのではなく、ただ私が私としてそこにいて、だらけているだけで愛してもらえること。
(あぁ……そうか)
私は小さく息を吐き、ルシアンの膝にぎゅっと頬を押し付けた。
「……じゃあ、約束ね。私がどれだけダラけても、絶対に呆れて捨てたりしないでよ?」
「絶対に捨てないよ。僕にだけ見せてくれるその姿がどれだけ僕に癒しを与えてくれているかわかる?むしろ、逃げ出せないように一生僕の膝の上に縛り付けておくから」
「ふふ、それはちょっと重いわね……でも、悪くないわ」
馬車の静かな揺れの中、私は生まれて初めて「明日が来るのが楽しみだ」と思いながら、彼の温もりに包まれて深い眠りについたのだった。




