↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の大好きな干物姫  作者: 花庫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/11

十歳の誓い


ルシアンの熱が出たあの日から、私たちの関係は少しだけ変わった。


相変わらず私は「究極のニート」を目指して隙あらば隠れ家でゴロゴロしていたいし、ルシアンはそんな私を全力で日よけになり、膝枕をし、甘やかしてくれていた。


けれど、彼の甘やかし方には、以前のような「一方的に守ろうとする頑なさ」がなくなっていた。私が前世の職業病でふいに疲れた顔を見せれば「今日もお疲れさま」と寄り添い、逆に彼が貴族としての勉強や剣術の訓練で疲れた日は、私の隣で「エリアノーラが足りない。補給させて」と素直に頭を預けてくるようになったのだ。


そうしてあっという間に二年の月日が流れ、私は十歳になった。


十歳という年齢は、この世界の貴族にとって一つの大きな節目だ。

魔力の適性検査と、初めての社交界デビュー(お披露目会)が控えている。


「あぁ……嫌だわ……ドレスを着て、お辞儀の練習をして、大勢の大人に囲まれて愛想笑い……。前世の結婚式や親戚の集まりを思い出すだけで気が重いよ〜……頭が痛い……」


部屋で一人、お披露目会のための重たいドレスを前にして、私はベッドに突っ伏していた。


前世での私は、どこへ行っても「しっかり者の看護師さん」「よくできたお嫁さん・お母さん」であることを求められてきたし、完璧に演じてきた。

だれかの期待に応えるために、自分の感情を押し殺して笑顔を作り続ける疲労感を、私は誰よりも知っている。


(またあの「完璧な演技」をしなきゃいけないのね……。お父様やお母様を失望させたくないものね……)


ため息をつき、隠れ家へ逃げ込もうと部屋を出たときだった。

廊下の曲がり角で、父とルシアンが話し込んでいる声が聞こえてきた。


「……ルシアンくん、エリアノーラの『能力』についてだが」


「はい、公爵様。彼女の治癒魔法の精度と知識は、間違いなく国宝級です。……ですが、僕はお披露目会で彼女の魔力特性を『生活魔法程度の微弱なもの』として申請することを望んできます」


(えっ……?)


私は物陰に身をひそめた。


父の重々しい声が続く。


「……よいのか? 娘の才能を発表すれば、ルシアン、君にとっても侯爵家にとっても大きな利益になる。エリアノーラは『聖女』として国から称賛されるのだぞ」


「必要ありません」


ルシアンの声には、十歳とは思えないほど毅然とした、強い響きがあった。


「エリアノーラを『聖女』にすれば、彼女は一生、国や民のために働かされることになります。傷ついた人々を救うために召集され、いつでも『立派な公爵令嬢』でいることを強要される。……そんなの、彼女が一番望んでいないことです」


「ルシアンくん……」


「彼女は、前世で……ううん、僕の知らないどこかで、きっと誰よりも頑張って、誰よりも疲れてここに生まれてきたんです。……僕の前にいる時の彼女は、いつだって『ただだらだらしていることこそ至福』と全身で言っています。」


私の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。


ルシアンは静かに、けれど熱を帯びた声で言葉を重ねる。


「僕は、彼女にこれ以上『責任』を背負わせたくありません。彼女が望むなら、僕が一生かけて彼女を匿います。誰に何を言われようと、彼女がただ日だまりの中でまどろんでいられる場所を守る。それが僕の……ルシアン・アークライトの誓いです」


---


静かにその場を離れた私は、走って隠れ家のベンチへと向かった。


冷たい風が頬を叩く。

ベンチに倒れ込んだ瞬間、目からポロポロと大きな涙があふれ出してきた。


(なによ……なによそれ……)


前世の五十九年間。

「娘だから」「母だから」「看護師だから」と、いつだって私は自分の感情より「責任」を優先してきた。

「本当はだらだらしたい」「休みたい」という本音は誰にも言えず、ただ「完璧に役割を果たして終わること」だけを目標に走ってきた。


生きることは、義務だった。

頑張ることは、当たり前だった。


それなのに。

今世で出会った小さな男の子は、私が言葉にすらできなかった「疲れ」と「本音」を、すべて分かってくれていたのだ。

私の手柄も、才能もいらない。ただ私が何もしないで、だらだらと幸せに生きていることだけを願ってくれている。


「エリアノーラ?」


草むらを分けて、ルシアンが現れた。

私が泣いているのを見て、彼は目を見開き、慌てて駆け寄ってきた。


「どうしたの!? どこか痛い? それともマナーの練習が嫌だった……?」


しゃがみ込んで顔を覗き込んできたルシアンの首に、私はがばりと抱きついた。


「わ……ワガママ言ってもいいの……!?」


「え……?」


「私……本当はお披露目会なんて出たくない……! 『完璧なお嬢様』なんてやりたくないの……! ずっとここで、ルシアンの膝の上でゴロゴロしていたいの……っ!」


前世を含めて、人生で初めて叫んだ「我が儘」。


ルシアンは一瞬あっけにとられた後、心底愛おしそうに目を細め、私の背中を力強く抱き返してくれた。


「いいよ。いくらでも我が儘言って」


「……私、何の役にも立たない『究極のニート』になるのよ!?公爵令嬢なのに……」


「うん。最高のニート姫様だね。僕が一生、養ってあげる」


「……責任なんて、二度と背負いたくないの……!」


「背負わなくていい。君の責任は全部僕がもらうから。……君はただ、僕のそばで笑って、怠けていてくれればそれでいいんだ」


ルシアンの耳元で囁かれる言葉が、前世からずっと私の胸の奥にこびりついていた「冷たい責任感」を、あたたかく溶かしていく。


あぁ、そうか。

私は、このために生まれ変わったんだ。


誰かのために生きるためじゃない。

責任を果たして静かに消えるためでもない。


この温かい腕の中で、ただ愛されて、幸せになるために――。


涙を拭った私は、ルシアンの膝の上にすっぽりと頭を乗せた。


「……ルシアン」


「なぁに?」


「……お腹すいた。クッキー食べさせて」


「ふふ、はいはい。あーんして?」


秋のやわらかな日差しの中、私は生まれて初めて「自分のための幸せ」を噛み締めながら、彼の膝の上で深く、安らかな眠りについたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。