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2, Ace in the Hole ーまたは少年の手袋についてー

ポーカーで一番強いカードはエースです。

誰かのとっておきの一手として持ち札の中で眠るエースは、一見そこらのチャラついた兄ちゃんのようでいて、シニカルでニヒルで誰よりも頭の切れる彼にぴったりな名前だと思います。

 昼下がり、事務所の応接間には大量の段ボールが所せましと積まれていた。


「ここ三か月くらいお客さんから集めた不用品なんだけどな」


 今日も先生みたいに張り切ったレオナルドの言葉は、寝不足のエースの耳を右から左に流れていく。隣ではまだ封のされていない箱の中身をアレックスが不思議そうにガチャガチャといじっていた。


「これを近場の施設回って配ってほしいんだ」


 頼めるよな、とにっこり笑顔を浮かべるレオナルドにエースはじとりと見つめる。

 昨日はやっと面白そうな事件にありつけたのに翌日の仕事は慈善活動だって?冗談じゃない。

 

 まったくここの人間はお人よしばっかりだ。


 はーい!と元気に手まで上げた相棒の横で、エースはへいへいとため息交じりにこぼした。


   ***


 場面変わって、サブウェイの構内。

 人通りのある通路の片隅のフリーマーケットには、先ほどの段ボールの中身が広げられていた。


「……で、なんで俺たちこんなことしてんの?」

 

 さっきから隣に棒立ちのアレックスが困ったように尋ねてきた。形良く整えられた眉が困ったように垂れ下がる。いつにもまして犬みたいだなとエースは思った。


「だーから、こんなんいちいち配って回るより売ったほうが早いだろ」

 

 ちらりともう一度顔を見やれば、今度は口元までぎゅっと絞って怒った子供みたいな顔をしていた。さてこの善良なお坊ちゃんをどう説得したものか。アレックスを尻目にエースはまた気だるげに欠伸をした。

 

 頭を捻りだしたのも束の間、また一人客が物珍しそうに吸い寄せられてくる。パッと一瞬で笑顔を張り付けるとどーもーと声を上げた。

 この時間帯なら乗り場よりも降り口の方が足を止める人間が多そうだと踏んだのが功をなしたようだ。しめしめとエースは内心ほくそ笑む。


「でもよーおつかいと違うじゃん」


 客がいなくなったのを見計らって、今度はいくぶん不満そうにアレックスは声を上げた。まいどありーと笑顔で客を見送ると、エースはわざとらしく一つため息をついた。


「あのなあ、俺たちは今でかい案件抱えてるんだから、ちまちまボランティアなんざしてる暇ないのよ。それにこうすりゃ資金も稼げるしウィンウィンじゃん?」


 アレックスはううん?と唸るとしばらく首を傾げていたが、やがて納得がいったらしい。ぱあと顔を輝かせると、ぱちぱちと手を叩き始める。

 

「そっか!頭いいなあ、お前!」


 うん、お前は愛すべき馬鹿だな。

 自分で言いくるめておいてなんだが、一周回って親友の未来が心配になった。


 と、そこへまた一人、今度は少年がふらふらとこちらへ近づいてきた。わあ、と楽しそうに声を上げてガサガサと段ボールの中を漁り出す。やがて中から何かを見つけ出すと、パッと顔をあげた。


「ねえ、これいくら?」


 二人の方を見つめる少年の瞳はきらきらと輝いている。手の中にあるのは使い古された手袋だ。色も褪せていて今年冬を越せたらいい方だろう。


「おーんどうすっかなあ」


 そんなにいいもんじゃないけどな、と思いつつエースは値段を考える。なんだったらちょっと負けてやってもいいかもしれない。

 じゃあ、と続けようとしたそのときだった。


「あ、いいよ。それ持ってきな」


 店先にしゃがみこむ少年に目線の高さを合わせ、にっとアレックスは笑って見せた。その笑顔を見た途端に少年の顔がぱあっと輝く。


「いいの?ありがとう!」


 少年は嬉しそうに手袋を抱えると、二、三度こちらに手を振ってから、すたこらと走り去って行った。ばいばーいとなぜだか嬉しそうにアレックスもひらひらと手を振る。


 エースはしばらくじっとその様子を眺めていた。

 少年の姿が見えなくなって、ふとこちらを振り向いたアレックスはその視線に気がついて焦ったようにワタワタと今度は胸の前で手を振り出す。


「い、いいじゃん別に1個くらい……」


「別になんも言ってねえよ」


 なんとなくアレックスから目を逸らすと、エースは大きく伸びをした。退屈だ。早く次の客が来ないだろうか。ぼんやりと通路の奥に視線を遊ばせる。


「……なんか寒そうだったし」


 そんなそっけないエースの態度が怒っているように感じられたのか、アレックスは言い訳するように小さくつぶやいた。


 うん、やっぱりお前は愛すべき馬鹿だ。


「寒いよな、今日。とっととさばいて帰ろうぜ」


「うん!」


 エースの言葉にアレックスの声が明るくなる。大きくうなずくその後ろでぴょこりと尻尾が揺れた。


   ***


 煙幕の立ち込める路地裏。

 

 心配そうに自分に手を差し出す青年をゼノはじっと眺めていた。


 煙幕も先ほど彼の瞳を揺らしていた炎も間違いなく青年の異能力だろう。現にゼノを見つめる右目の文字盤には三時の模様が浮かんでいる。


「起き上がれますか?」


 もう身体に異常はなかった。黙ったままゼノは彼の手を払って立ち上がる。彼に害があるのかないのか掴めない以上、迂闊に借りを作るもんじゃない。


 青年は一瞬呆気に取られたようだったがすぐに調子を戻した。


「1回通りに出て巻きましょう。すぐには追ってこないはずです」


 煙幕の向こうからは男の苦しそうに咳き込む声が聞こえる。異能力は強いようだが、あの状態なら確かにまだ追ってくることはないだろう。だろうけど。


「あの人を見かけたときに異能統括部に連絡はしてあるので直に片付くと思いますよ。早く僕らはここを離れましょう」


 ゼノの不安を全て見透かしたようにそう言うと、今度こそ強引に彼はゼノの手を取った。


   ***


 青年に手を引かれるまま路地を抜けて広場に出ると、そこにはいつも通りのキャンパスの風景が広がっていた。途中、青年の呼んだらしいサイレンが聞こえたが別段気にする様子もなく、学生たちはそれぞれの日常を謳歌しているようだった。


「先ほどは手荒な真似をして大変失礼しました!」


「……は?」


 ひとまず噴水前のベンチに腰掛けると、青年は深々とゼノに頭を下げた。口調こそ変わらないが、先ほどと打って変わってかしこまった様子にゼノは困惑する。


「僕、留学生のロンといいます。たまたま右目の四時の人を見かけて追いかけてみたら……」


 煙の中ではよく判別がつかなかったが、言われてみれば、青年、改めロンの顔つきはどこか昨日のミンジやその妹と似た系統に見えた。彼もアジア系なのだろうか。いかにもステレオタイプ通りなロンの振る舞いをゼノはしげしげと眺めた。


「……炎使ってたけど」


 一応能力のことは聞いておいた方がいいだろうと思って尋ねてみれば、今度は打って変わってきらりと子供のようにロンの瞳が輝いた。


「あ、はい!僕は炎使いで、先祖代々……」


 なるほど、お家に誇りのあるタイプか。

 ペラペラと話し続けるロンの声は次第にゼノの耳を右から左に抜けていく。


 面倒くさいことになってしまった。VATの外の人間を巻き込んでしまった場合、必ずレオナルドに報告しないといけない。


 片手を上げてロンの話を静止すると、心底嫌そうにゼノは口を開いた。


「ねえこのあと暇?」


「はい?」


   ***


「なるほどなあ。それでゼノを助けてくれたってわけか……」


 レオナルドは腕を組んだまま、まじまじとロンを見つめた。


「は、はい」


 背の高いロンでも大柄なレオナルドが前に立つとそれなりに圧があるらしい。先ほどからきょどきょどしているロンがゼノは少しだけ不憫になった。


 が、それもどうやら杞憂だったらしい。


「ありがとうなあああ」


 レオナルドは大きく一つ頷くと満面の笑みを浮かべ、ロンの頭をワシャワシャと撫で回した。


 ちょっと、レオナルドさん?

 よそんちの子ですよ?


 大丈夫かとちらりとロンの方を見れば、少しびっくりしてはいたものの、意外と嬉しそうにしていた。


「当たり前のことをしたまでですから」


 ゴニョゴニョ何か言ってるなと思ったら、これまたお手本みたいな返しをしている。


 ともかく二人ともなんか楽しそうだし、じゃあまあいっか。そうしてゼノがいつも通りソファに体を委ねた瞬間、レオナルドの顔がくるりとこちらを向いた。


「んで、お前らはなにやってんだ、ああ???」


 レオナルドは笑顔を崩さないままで盛大にぶち切れた。


 かったるそうにしているエースと自分に挟まれて真ん中に座ったアレックスが姿勢を正す。


 自分はさておき、エースとアレックスも今日何かやらかしたらしい。ちらりと二人の方を見ようとするとそれを制止するようにレオナルドの鋭い声が届く。


「ゼノ!油断するなって言ったでしょ!」


「……悪い」


「エース!お前は支援物資を売るな!」


「すいませーん」


「アレックスはエースの言うこと何でも信じないの!」


「ええ……」 


 昨日の言い争いも相まってなんとなくレオナルドから視線を逸らしてしまったが、続くエースとアレックスへのお説教で思わずゼノは呆れ返ってしまった。

 アレックスはともかく、エースにボランティアなんて任せたらこうなるに決まっているだろう。完全に所長の人選ミスだ。現に今も当人は気だるそうに欠伸を噛み殺しもしない。


 レオナルドはゼノというより二人に怒り心頭らしい。いつの間にかそちらにロックオンして自分は放っておかれている。これ幸いとゼノが席を外そうとしたそのときだった。


「あの、ここって」


 いつの間にかソファの隣に座り込んでいたロンが袖を引いて耳打ちしてくる。


「んーなんか、異能絡みの便利屋みたいな感じ?」


「便利屋?」


「そ。事件事故から異能税の手続きの手伝いまで全部やってるから、この辺じゃみんなVATって呼んでる」


「異納税?どういうことですか?」


 自分も異能力者だろうにいまいちピンときていないらしいロンを訝しく思っていると、奥の部屋から声が飛んできた。


「異納税ことValuable Ability Taxの略称。君も毎月諸々の税と一緒にバカにならない金額ごっそり引かれてるでしょ?あれにちなんでるんだ。もっともうちのTはTreatmentだけど」


 振り返れば、ブロンドの髪を揺らして青年が一人歩いてくるところだった。珍しい、今日は戻っているんだ。休憩がてら三階から降りてきたのか、手にはまだ湯気の立つマグがある。


「ポール。うちで情報屋とかしてくれてるやつ」


 突然のポールの登場に目をパチパチさせているロンに説明すれば、慌ててペコリと頭を下げた。


 ロンを一瞥して軽く微笑み返すと、ポールはそのままエースたちの輪の中へ入っていく。


「はーい、関係ありそうな組織の尻尾をつかんだから、誰かさん行ってきてくれない?」


 あからさまに自分の方を見ながらそう言うポールにエースはにやりと笑みを浮かべた。


 それを見たレオナルドは、大きく深いため息をついてガックリとうなだれた。


   ***


 日暮れが近い市街地の通りに影が三つ、重なって伸びる。


「んでお前らまでついてくんだよ」


 エースが後ろを歩くゼノとロンに毒づけば、少し顔をしかめてゼノが返す。


「お前が前科あるからだろ」


「雑魚にやられたやつに言われたくねえなあ」


 ケッとゼノに吐き捨てると、エースは今度はうんざりしたようにロンの方に視線をやった。


「お前もだよ。部外者」


「レ、レオナルドさんがついてっていいって言ったので」


 ロンは必死に言葉を返しながら、エースとゼノに置いて行かれないように人通りの少ない路地へ足を進めていく。


 ゼノやポールの話を聞いて興味が湧いたらしい。ここに出る前ロンは言葉通りレオナルドに直談判していた。ゼノを助けた力量とその人の良さをレオナルドが買ったのは言うまでもない。


 ゼノもいささか軽率だと思ったが、エースはもっと気に食わなかったようだ。

 

「お前、何?VAT(うち)入りたいの?」


 怪訝そうなエースの問いにゼノも続く。


「いいの?安いよ給料」


レオナルド(ダ・ヴィンチ)すぐ怒るぜ」


 脅かすようにエースが声を潜めるが、ロンは覚悟を決めているとでも言わんばかりにギュッと拳を握りしめた。


「いいんです!安月給でも、怒られても。僕、こういうヒーローみたいなことしてみたかったんです」


 ロンの言葉に、はたと二人は足を止める。

 ゼノは黙ってロンの顔をじっと見つめた。その瞳には自分の力を語って聞かせていたときのように純粋な光が浮かんでいる。


「ヒーローねえ……」


 エースがぼそりと呟いた。続けて何か口にしたが、ゼノの耳にもロンの耳にも届かない。


「え?」


 ロンが聞き返そうとしたそのときだ。

 

 真横を一陣の風が吹き抜けた。


 ドサリと重たい音が響いて、思わず後ろを振り返ると、男が一人倒れていた。


 いつの間にか尾行されていたらしい。


 驚くロンの間をエースはすり抜けていくとあっという間に男の上に馬乗りになって取り押さえる。


 エースの爛々と光る右目には一時の模様が刻々と浮かび上がる。


「ばーか遅えんだよ」


 明らかに自分の方を見て煽ってくるエースをゼノは面倒くさそうに見つめ返す。


「す、すごい……気がつかなかった」


 ロンがポツリとこぼせば、エースは気分良さそうに鼻を鳴らした。


「これくらい気が付かなきゃ失格だぞ、新入りぃ」


   ***


 少年はその日ご機嫌だった。

 だから世界がいつもより優しく見えた。

 

 もらったばかりの手袋をはめて、足早に街を駆け抜けていく。急いでいなかったらスキップでもしてしまいたい気分だった。


 少年はその日ご機嫌だった。

 だから、お仕事も早く片付いた。


 目の前に広がる血の海からくるりと背を向けると、今度こそ鼻歌交じりにスキップして約束の場所へ向かう。


 ポケットから取り出した手袋をつければ、まだぬくぬくと少年の手のひらをつつみ込んでくれる。

 やっぱりお仕事中は外しておいて正解だった。こんなに綺麗な毛糸が真っ赤に染まっちゃ台無しだ。


「ダニエルただいまあ」


 約束の場所にお迎えに来てくれた高級車の後部座席に乗り込むと、いつも通り運転席の彼は疲れた顔で電話をかけている最中だった。

 ねえねえ。後ろから声をかけようとすれば、顔の前に人差し指を突きつけられる。静かにしろということらしい。


 つまんないなあ。

 お仕事がまだ終わらないなんて要領が悪いんだから。


 取引が何とか。港のルートが何とか。


 大事な話をしてるみたいだけど、少年にはこれっぽっちも面白くない。背もたれに深く沈んで、手袋を着けた両手を目の高さに掲げた。僕が好きなのは断然こっち。


 任務を終えたら少しお腹も空いてきてしまった気がする。そうだ、通りに出たらお気に入りのドーナツ屋さんに寄ってもらおう。


「おかえりなさい、(るい)。時間ないんでもう出ますよ」


 やっと電話を終えたダニエルは、タバコに火をつけながらノールックでエンジンを噴かせる。

 わあ臭い。最悪。こんなに待っててあげたのに。


「えーちょっと待って、ドーナツ買いたいの!水色のやつ!」


「だめです。ボスが呼んでます」


 言い終えないうちにダニエルはアクセルを踏み込んだ。ぐわっと身体が揺れる。まったく走り屋さんなんだから。


「ちぇ〜」

 

 つまんない。つまんない。つまんない。

 仕方なく窓の外を眺め始めていると、ふいに視線を感じた。前を向けば、バックミラー越しにダニエルと目があった。


「どうしたんです?その手袋」


 ああ、やっと気がついてくれた。


 睿はふふんと笑うとバッと両手を差し出した。


「もらった!」

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