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【第百六十六話】眉の激戦

217年晩春 司隷長安


西涼よりの急報は長安に激震を走らせた。

「馬超、韓遂が関中十部を率いて東進中。兵力およそ十万。」

その報を受け直ちに軍議が開かれた。

席上には長安を守る将帥が一堂に会していた。

総大将・徐晃。

副将の呂蒙、周泰。

武将の孟達、賈逵、毌丘興、孫韶、孫桓。

さらに文官として、長安総督鍾繇、右扶風太守張既、司馬懿の弟・司馬孚が列席している。


鍾繇が地図を広げ静かに口を開いた。

「西涼軍は渭水沿いを東進しておる。馬超、韓遂に加え、関中十部が揃い、兵数およそ十万とな。正面から受ければ数は我らの倍じゃ」

場には重い空気が漂う。


徐晃は腕を組み地図を見据えたまま尋ねた。

「孫堅様への援軍依頼は?」

司馬孚が答える。

「新鄭までは早馬でも数日。到着にはさらに月日を要します」

沈黙が流れる。

その静寂を破ったのは呂蒙だった。

「待てば関中を失います。敵が長安城下へ迫る前に迎え撃つべきです」

賈逵も続く。

「幸い敵は騎兵主体。平野では不利ですが、渭水を利用すれば勝機はあります」

張既は渭水沿いに指を走らせる。

「眉県。この地ならば河川を挟んでの対陣が可能でしょう。さすれば騎兵の突撃力も削がれます」


徐晃はゆっくりと立ち上がった。

「異議ある者はいるか」

誰も口を開かなかった。

徐晃は力強く頷く。

「鍾繇殿。直ちに新鄭へ急使を。孫堅様へ関中急変を報告し、援軍を請う、と」

鍾繇が深く一礼する。

「承知した」

徐晃は守将として孟達を任命。

「孟達。お主は長安での戦歴が長い。この地を任せられるのはお主をおいて他にはいまい。任せた!」

「はっ!身命をとして!」


徐晃は佩刀を握り締めた。

「我らは眉県へ出陣する。長安は我らが守る!」

「応っ!」

武将たちの声が堂内を震わせた。



---


数日後。

司隷右扶風郡・眉県 渭水南岸


徐晃率いる鄭軍五万は河岸に沿って幾重にも防御陣地を構築していた。

最前列には弩兵部隊と盾兵が密集隊形を組み、その隙間を槍兵が埋める。

呂蒙は陣形を巡視しながら頷いた。

「間隔を詰めよ。盾は重ね、弩は三列」

賈逵も兵へ命じる。

「弩兵は慌てて放つな。五十歩まで引きつけ、一斉射」

徐晃は愛馬に跨り兵たちを見渡した。

「敵は最強と謳われる涼州騎兵。だが我らにも漢(かん)を支える自負がある。一歩たりとも退くな!」

兵たちは一斉に武器を掲げる。

「おおっ!」



---


その頃、対岸では土煙が天を覆っていた。

十万の騎兵が大地を埋め尽くし、無数の軍旗が春風にはためいている。

馬超は白馬の上から敵陣を見つめた。

「見事な備えだ」

韓遂も感心したように頷く。

「敵将は守りに長けた者と見える。騎兵の戦い方をよく知っている」

馬超は槍を掲げた。

「されど我らは騎馬の民。正面から破るまで!」

角笛が鳴る。

「突撃!」

轟音とともに涼州騎兵が一斉に駆け出した。

大地が揺れる。

渭水の河原を埋め尽くす鉄騎の奔流。

その勢いはまるで山津波のようであった。


徐晃は静かに右手を上げる。

「まだだ」

敵はなお迫る。

五百歩。

三百歩。

二百歩。

「弩兵」

百歩。

五十歩。

「放て!」

千の弩が一斉に放たれた。

黒い矢の雨が一直線に涼州騎兵へ降り注ぐ。

次々と人馬が倒れる。

それでも西涼軍は止まらない。


「第二列、前へ!」

呂蒙が叫ぶと弩兵部隊は即座に構える。

「放て!」

第二射が西涼軍に襲いかかる。

「続けて第三列の斉射後、第一列準備出来次第斉射だ!」

鄭軍は三列に分けた弩兵部隊で装填時間の短縮を図り、弩兵の連射で西涼軍に痛撃を与える。


斉射の雨を潜り抜けた騎兵に対して、整然と並んだ長矛部隊が前へと出る。

「矛を構えよ!」

毌丘興の命のもと、長矛が一斉に前へ突き出され、逆の手に構えた盾を隙間無く組み合わすことで、一つの巨大な壁となった。


激突。

先頭の騎兵が長矛へ突っ込み、人馬もろとも吹き飛ぶ。

後続も次々と押し寄せるが、鄭軍の守りは容易には崩れない。

呂蒙は左翼を見渡した。

「右翼へ二隊!」

「敵が迂回する!」

その命令で孫韶隊が素早く移動する。

一方、賈逵は中央の弩兵部隊を左右に展開させる。

「装填次第斉射だ!」

絶え間ない矢の雨が騎兵の勢いを削いでいく。


徐晃もまた自ら大斧を振るい、突破してきた敵兵を次々となぎ倒した。

「ここは通さん!」

その雄姿に鄭軍の士気はさらに高まる。


五万対十万。

兵力では劣れど、統率と陣形で互角以上に渡り合っていた。

馬超はその光景を見て歯を食いしばる。

「徐の旗……あれが徐晃か」

韓遂も唸る。

「孫堅配下に名将あり、か」

戦は膠着し始めていた。


その時だった。

一直線に徐晃の本陣へ駆け込む黒い影。

鄭軍が誇る軍事諜報組織――玄鴉。

玄鴉は駆け込むや否や徐晃の前で跪く。

「急報!曹洪率いる楚軍五万!陳倉道より進軍中!」

徐晃の表情が初めて険しく変わる。

「……何だと」

その一報は、戦場の空気を一変させた。

北には馬超十万。

南西には曹洪五万。

徐晃率いる長安守備軍は二つの大軍に挟撃されようとしていた。

関中の戦局は、この瞬間、鄭軍最大の危機へと突入したのである。

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