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【第百五十九話】老雄の死闘

217年晩冬 司隷河南尹・滎陽


冬空を震わせる鬨の声。

三万の涼州騎兵が大地を揺らし、怒濤の勢いで鄭軍へ襲いかかった。

馬騰は先頭に立ち槍を高く掲げる。

「突き崩せ!皇軍の威を示すのだ!」

その突撃はまさに迅雷。

西方最強と謳われた涼州騎兵の真価が滎陽の野に現れていた。


一方、鄭軍。

周瑜は静かに軍旗を振る。

「第一陣、前へ」

前線へ進み出たのは、河北での対烏桓突騎を想定して編成されていた長矛部隊であった。

三間を超える長大な矛が一斉に地へ据えられる。

その後方には新任の駱統率いる影矢隊を中心とした弩兵部隊。

「構え!」

号令とともに数千張の弩が一斉に照準を合わせる。

「放て!」

無数の矢が騎兵へ襲いかかった。

先頭の騎馬が次々と倒れ、騎兵の勢いが僅かに鈍る。

しかし――。

「止まるな!」

馬騰が叫ぶ。

涼州騎兵は倒れた味方すら飛び越え、長矛の間を縫うように突撃する。

矛兵が吹き飛び、弩兵の隊列が乱れる。

その突破力はまさしく天下無双であった。


戦いは昼を過ぎても続いた。

兵数では鄭軍七万対皇軍三万。

本来なら勝負にならぬ兵力差であったが戦の流れは皇軍にあった。

強行軍を続けた鄭軍には疲労が色濃く残っていた。

対する皇軍は新鄭攻略後とはいえ騎兵主体であり、その機動力はなお衰えていなかった。


馬鉄が左翼を蹂躙し、馬休が右翼を駆け抜ける。

鉄騎は現れては消え、消えては現れる。

騎兵の扱いに慣れた張遼ですら舌を巻く巧みさであった。

「さすがは涼州騎兵……」


その時だった。

司馬懿が孫堅の前に進み出る。

「殿。このままでは兵の疲労が限界に達します」

孫堅が振り返る。

「司馬懿か。何か策はあるか」

司馬懿は頷いた。

「ございます」

彼は地面へ簡単な陣形を書いた。

「先年、西方の旅の中で見た異国――羅馬の軍勢は重装歩兵を密集させ、前列と後列を絶えず交替させながら戦っておりました。その固き守りを崩すは容易ではないものと感じました」

法正が目を細める。

「交替戦術か」

「はい。我が軍は兵数で勝ります。密集陣で騎兵の勢いを受け止め、一定時間ごとに隊列を交替させれば、兵は休息を取りながら戦えます」

周瑜も静かに頷いた。

「理に適うものと考えます」

孫堅は即座に命じた。

「司馬懿の策を用いる。周瑜、法正、補佐せよ」


孫堅の命令は即座に各将へと伝わり、鄭軍の陣形が方陣へと変化する。

そして皇軍の攻撃を前列が受け止め、後列が交替し

休んだ兵が再び前へ出る。

皇軍にとっては何度突撃しても、新たな壁が現れる事が続き、次第に騎馬にも疲労が見え始めた。

馬もまた生き物である。

全力疾走を幾度も繰り返せば限界は訪れる。


馬騰は歯を食いしばった。

「……まだだ!」

しかし、皇軍の士気の乱れを読み取った孫堅が剣を掲げる。

「今だ!」

軍鼓が鳴り響く。

「反撃開始!」


張遼が真っ先に飛び出した。

「続け!」

甘寧は大笑しながら敵中へ躍り込む。

「野郎共、待たせたな!」

二人の歴戦の勇将に新生六営が続く。

朱然の風軍。

王昶の林軍。

黄柄の火軍。

郝昭の山軍。

郭淮の陰軍。

孫皎の雷軍。

さらに凌統率いる軽騎兵、王双率いる重騎兵、誥升爰(こうしょうえん)率いる匈奴突騎達も四方から馬騰軍へ襲いかかった。


皇軍は急速に押し返されていく。

疲労が溜まり包囲される形になると、騎馬隊の機動力が生かせず、兵力差で一気に形勢は逆転した。


「父上!」

馬鉄が叫び、馬休も駆け寄る。

「ここは退きましょう!」

しかし馬騰は首を振った。

「いや。この期に及んで己が命のみを惜しむものではない。最後の一撃だ」

馬騰は槍を掲げた。

「錐行の陣!」

残された騎兵が鋭い三角陣形を作る。

「我に続け!」

わずか数千騎。

しかしその鋭鋒はなお衰えていなかった。


一点突破。

錐(すい)は次々と歩兵を貫き包囲を裂き、孫堅本陣へ迫る。

「止めよ!」

張遼が駆け、甘寧も追うが死力を尽くす皇軍の精鋭騎兵部隊は止まらない。

しかし、その代償は大きかった。

馬鉄は張遼との激戦の末、槍を胸に受け落馬。

馬休も甘寧の一刀を浴び、大地へ倒れ伏す。

それでも馬騰は進んだ。

ついに孫堅本陣へ到達した時、その背後に残る騎兵は数十騎のみであった。


馬騰は馬から降りた。

全身は血に染まり、鎧は砕け、肩で息をしている。

それでもその表情は不思議なほど穏やかだった。

「孫堅殿」

孫堅もまた馬を降りる。

「馬騰殿」

二人は静かに向き合った。

馬騰は深く頭を下げる。

「……新鄭の件。勅命とは申せ、卑怯な振る舞いであった。申し訳なかった」

孫堅は何も言わない。

馬騰は微笑む。

「だが、皇軍の将として最後の務めを果たしたい」

槍を地面に突き立て腰の剣を抜く。

「孫堅殿。一騎打ちを願いたい」


法正が進み出る。

「殿、お受けになる必要はございませぬ!」

司馬懿も続く。

「既に勝敗は決しております」

しかし孫堅は二人を制した。

「死力を尽くした漢(おとこ)の願い。受けねばなるまい」


二人の英雄は剣を構えた。

互いに一礼をし、一拍の呼吸の後、互いの刃が交差し、火花が散る。

一合。

二合。

五合。

十合。

互いに一歩も譲らぬ激戦。

周囲の兵は誰一人声を上げることが出来ずただ二人を見守るのみであった。


やがて数刻が過ぎる。

戦の始まりから前線で指揮をとり続けていた馬騰の体を疲労が蝕(むしば)んでいた。

剣先が僅かに遅れる。

その一瞬、孫堅の剣が閃いた。

鋭い一撃が馬騰の胸を貫く。

馬騰はよろめきながら口を開く。

「……孫……」

何かを伝えようとした。

しかし言葉にはならない。

ただ穏やかに微笑み、静かに天を仰ぎ倒れ込む。

そして、そのまま力尽きた。


戦場は静まり返っていた。

孫堅は剣を納め、馬騰の亡骸の前へ膝をつく。

「……馬騰殿。あなたは紛れもなき漢(かん)の忠臣であった」

冬風が二人の間を吹き抜ける。

こうして西涼の雄、馬騰は滎陽の地に散った。

その死は皇軍にも鄭軍にも深い悲しみを残し、漢(かん)を支えた一人の英雄の一生は静かに幕を閉じたのであった。

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