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【第百五十二話】忠臣達の密議

216年初冬 洛陽


宮城の灯火が消えた後も煌々と灯りの消えぬ部屋があった。

その部屋の中、楊彪は一人机の前に座っていた。

目の前にあるのは古びた書、漢の歴代の記録である。

そこには多くの者たちの名が刻まれていた。

忠臣。

英雄。

そして、かつて英雄と呼ばれながら、後に逆臣として歴史に名を残した者。


楊彪は静かに書を閉じる。

「……王莽」

その名を口にする。

始めから天下を奪おうとした者ではない。

漢を支える忠臣として現れ、民を救う賢人として称えられ、そして最後には帝位を奪った。


人は変わる。

いや、変わったのではない。

力を得た時、その本性が現れるのだ。


楊彪は目を伏せた。

「孫堅……」

その名を思い浮かべる。

あの男が王莽のようになるとは思っていない。

思いたくもない。

だが……。

もし……。

もし、己が間違っていた時。

その時、漢を守護(まも)る者はいるのか。

もしいないのならば……。


楊彪は劉和の死により己(おの)が老いを痛感していた。

(わしの目の黒いうちに……)

答えを探すように楊彪は夜の洛陽へと扉を開けた。



---


深夜、洛陽郊外の屋敷。

そこには西方より来た将がいた。

馬騰、雄壮なる西涼の勇将にして、皇家にも連なる名門の当主。

皇軍親衛隊を率い衛尉として洛陽を守ってきた漢(おとこ)。


「これは楊彪殿」

突然の訪問に、馬騰は驚いた表情を見せる。

「このような夜更けに如何されました」

楊彪は静かに頭を下げる。

「馬騰将軍。一つ、相談したいことがあるのじゃ」


二人だけの密談であり外には誰もいない。

楊彪はしばらく沈黙した後、ゆっくり口を開いた。


「孫堅殿をどう見ますか?」

馬騰は迷わなかった。

「漢の忠臣です」

即答だった。

「董卓討伐では一人戦い、やつの残党から洛陽を取り戻し、陛下を守り続けた漢(おとこ)にござる。その忠義の志を疑う理由などありませぬ」


楊彪は目を閉じる。

その答えを予想していた。

「確かに……。今の孫堅殿はそうでしょう」

馬騰は眉をひそめる。

「今の……?」


楊彪は続ける。

「将軍。王莽という男をご存知ですな」

「無論。かつて漢から天下を奪いし大罪人」

「しかし、王莽もまた若き日は賢人でした。民を思い、礼を重んじ、誰よりも漢を支えようとしていた」

楊彪は窓の外を見る。

「巨大な権力を得た時、人は変わるのです」

馬騰は黙って聞いていた。

「孫堅殿は今や三州を治め、公位を持ち、軍は強く、民は従い、臣下には天下の才が集まっている」

楊彪の声が低くなる。

「そして劉和殿亡き今……。漢を支える柱はあまりにも孫堅殿一人に傾いている」


馬騰は首を振った。

「楊彪殿。それは疑いすぎではありませぬか。孫堅殿は常に陛下のため、漢(かん)のために戦ってきた漢(おとこ)です」


楊彪は馬騰を見る。

「私も……私もそう思っております。だからこそ恐ろしいのじゃ」

馬騰は言葉を失う。

「忠臣だからこそ、その元に人は集まる。漢を守るために集めた力が、いつしか漢を越える時がくることを」


静寂。

外では風が吹いていた。

「馬騰将軍」

楊彪は言う。

「もしこの先、孫堅殿が道を違(たが)えた時、止められる者がおりましょうか?」

馬騰は目を見開き楊彪を見つめた。

「楊彪殿……。まさか!」

楊彪は答えなかった。

しかし、その沈黙こそ答えだった。



---


数日後。

袁尚討伐軍が鄭軍を中心に編成された。

北伐軍

大将 孫堅

副将 趙儼

参謀 朱皓、周瑜、司馬懿、法正

六営 風軍朱然、林軍王昶、火軍黄柄、山軍郝昭、陰軍郭淮、雷軍孫皎

敢死隊 程咨

影矢隊 駱統

軽騎兵隊 凌統

重騎兵隊 王双

匈奴突騎隊 誥升爰(こうしょうえん)

従軍将 張遼、甘寧、陳到、魏延、蒋欽、陳武、費耀、鄧艾、文欽

一門衆 孫策、孫翔、孫暠

皇軍親衛隊 馬岱

総勢 八万


新鄭の留守部隊として韓当、呂範、陳羣、董召達が五千の兵を率いていた。

北伐軍は新鄭より出陣し、河内郡へ集結、魏郡・鄴へ向けて進発した。



---


北伐軍出陣の報を聞き楊彪は再び衛尉府の馬騰を訪ねた。


「今ならば」

楊彪は言う。

「新鄭の守りは薄い」

馬騰の表情が曇る。

「本当に……行うのですか?」

楊彪は馬騰の肩を掴み頷いた。

「これは漢を守護(まも)るための戦です。もし仮に何も起こらなければ、私はただの愚かな老人で終わるでしょう」

血走った目で馬騰を見つめ続ける。

「しかし、もしこの先、孫堅が王莽となれば……その時、誰が漢を救うのです!」


馬騰は長く沈黙した。

そして、ゆっくり頷く。

「分かりました。これより皇軍親衛隊を率いて新鄭へ向かいます」


一つの密約が結ばれた。

漢を守るためという大義のために。

しかし、その刃が向けられる先は、かつて漢(かん)を救った漢(おとこ)の都であった。


その夜、洛陽の月は雲に隠れていた。

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