【第百五十話】戦友との闘い
216年仲冬 幽州・薊
北方の大地を戦火が覆っていた。
幽州の中心、薊県。
その城壁の上から田豫は遠く西を見つめていた。
そこには袁の旗があった。
かつて共に北方を守った者たち。
今、その旗は自分たちへ向けられていた。
「田豫将軍」
兵が駆け寄る。
「居庸関より報告です」
「袁尚軍主力、張郃率いる二万が居庸関へ攻撃を開始。そして……」
兵は一瞬ためらう。
「牽招率いる烏桓突騎が南方からこの薊へ進軍しているとのこと」
田豫は静かに目を閉じた。
牽招。
かつて同じ道を歩んだ友。
北方の民を守るため共に戦場を駆けた漢。
その漢と戦わねばならない。
「出陣するぞ」
田豫は告げる。
「薊を守るために。ここを落とされれば幽州は終わるぞ!」
率いる兵は一万。
田豫は城門を開いた。
守るためだけではなく、戦友と向き合うために。
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薊県郊外。
両軍が対峙する。
片方には漢の旗、もう一方にも漢の旗。
異なるのはそれぞれの想いだけ。
田豫が前へ出る。
すると相対する陣からも一騎の騎馬が進んできた。
牽招であった。
互いの顔が見える距離に対峙した二人の間に長い沈黙が流れる。
先に口を開いたのは田豫だった。
「牽招」
「……田豫」
昔と変わらない呼び方。
しかし、立場は変わっていた。
「なぜだ」
田豫は問う。
「なぜ袁尚殿は……。いや、何故おまえは幽州へ刃を向ける!」
牽招は即答出来なかった。
しばらくして低い声で答えた。
「お前なら分かるはずだ」
「何を!」
「袁家が崩れれば河北そのものが崩れ、ひいては鼎の一柱が倒れることとなる」
田豫は首を振る。
「違う!河北を壊しているのは、今まさにこの戦だ!」
牽招の表情が揺れる。
しかし、彼もまた戻れなかった。
「征くぞ」
牽招は槍を構える。
「友としてではなく……。敵として」
田豫もまた剣を抜いた。
「語る言葉は無いか……。ならば受けよう。幽州を守るために!」
二人の軍が動き出した。
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最初に戦場を支配したのは牽招率いる烏桓突騎であった。
北方の草原で鍛えられた騎兵。
その動きは速く、そして強かった。
正面からぶつかるのではなく、敵の弱い場所を見つけ、一瞬で突き崩す。
「来るぞ!」
田豫軍の兵が叫ぶ。
次の瞬間、地響きと共に騎兵の波が押し寄せた。
槍、弓、馬蹄。
歩兵が陣形を整える前に烏桓騎兵はその間へ入り込む。
一度崩れればもう止まらない。
「隊列を崩すな!」
田豫は叫ぶ。
しかし北方騎兵との戦いは経験した者にしか分からない恐怖があった。
敵が遠くにいると思った瞬間、すでに目の前にいる。
そして次の瞬間には消えている。
田豫軍は押され始めた。
「このままでは薊を守りきれぬ……」
田豫は歯を食いしばる。
戦友だった漢が。
自分の兵を蹂躙している。
しかし、その時だった。
遠くから別の角笛が響いた。
牽招が振り返る。
「……?」
戦場の彼方。
新たな騎馬集団が現れる。
その旗は――鮮卑の物であった。
「鮮卑だと……?」
袁尚軍の兵がざわめく。
鮮卑騎兵の中心にいたのは閻柔。
かつて劉虞に仕え、北方諸族との間に深い信頼を築いた漢。
そしてその隣で鮮卑騎兵を指揮するのは鮮卑大人の軻比能であった。
閻柔は軻比能へ言った。
「今、幽州が失われれば、次にそなた達の草原を脅かすのは奴等だ」
軻比能は静かに戦場を見る。
漢人同士の争い。
しかし、その均衡が崩れれば北方全体が変わる。
軻比能は槍を掲げた。
「我らは幽州の戦友を助ける」
五千騎の鮮卑騎兵が新たに戦場へと突入してきた。
鮮卑騎兵の参戦により戦況は変わった。
烏桓突騎と鮮卑騎兵。
北方を代表する二つの騎馬勢力が激突する。
その隙を突き、田豫は薊県へ撤退した。
城門が閉じるのを確認して田豫は息を整える。
勝ったわけではない。
ただ、生き残っただけだった。
城壁の上に登り田豫は遠く袁尚軍を臨む。
そこには牽招の旗がたなびいていた。
「次に会う時は……」
田豫は呟く。
「どちらかが終わる時かもしれんな」
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一方、居庸関では……。
張郃率いる袁尚軍が攻撃を続けていた。
張郃の攻撃は堅実であった。
城の弱点を探し兵の消耗は避け、敵兵数とその心を
確実に削る。
河北最高の名将と吟われた沮授が認めた漢の戦ぶりであった。
数日後。
ついに投石器による攻撃で城壁の一角が崩れた。
そこから袁尚軍が突入する。
守備兵は必死に抵抗したが、兵力、装備、将の器。
全てにおいて差があった。
居庸関陥落。
張郃は城壁から遥か彼方を見つめていた。
その先にあるは薊県。
「……」
張郃は拳を握る。
これで幽州西部は手に入れた。
だが……。
その胸に残ったのは勝利の喜びではなかった。
河北を守るために戦っているはずなのに。
自分たちは河北そのものを傷つけている。
翌朝。
袁の旗はさらに東へ進む。
幽州最後の抵抗の地、薊県にとどめを刺すために……。




