【第百四十四話】帰還と余波
214年初冬 洛陽
長き歳月を越え、西方へと旅立った二つの使節団がついに帰還した。
洛陽の城門はかつてないほどの賑わいを見せていた。
人々は道を埋め、遠き異国より帰った使節の姿を一目見ようと押し寄せる。
先頭に立つのは劉曄。
その後ろには楊修、周瑜、司馬懿、孫権。
そして別路より帰還した劉鑠、諸葛亮、陸遜らの海路使節団。
さらに――
彼らの後ろには異国の装束に身を包んだ一団があった。
大秦国の使節である。
その姿は洛陽の民に強い衝撃を与えた。
「本当に……西の果ての国があるんだな」
ざわめきはやがて歓声へと変わる。
漢の名がそこまで届いたという証であった。
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宮中に到着した一行から献上品の披露が行われる。
まずは陸路使節団。
黄金の装飾品、銀細工、宝石を嵌め込んだ器。
それらは光を受けて眩く輝き、群臣の目を奪った。
「これほどの精緻な細工……」
次いで海路使節団。
透き通る琉璃の器。
そして芳醇な香りを放つ葡萄酒。
杯に注がれた赤き液体は、漢の酒とは全く異なる風味を持っていた。
「……甘い」
誰かが思わず呟く。
その異質さは文化の違いそのものであった。
披露の後、使節団はそれぞれ見聞を報告する。
司馬懿が進み出た。
「羅馬の軍は、重装歩兵を核としております」
静かで抑揚のない声音。
「統制、持続、安定――いずれも極めて高い水準にあり、将の才に依らずとも戦線を維持する力がございます」
その言葉は戦の概念そのものの違いを示唆するものであった。
続いて諸葛亮。
「彼の地の強みは軍のみにあらず。土木の技術にあります」
羽扇を軽く振る。
「水路、街路、建築――すべてが体系として整えられており、国の基盤を支えております」
戦と政。
双方において、大秦国は一つの完成形を示していた。
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報告が終わると朝堂に静寂が訪れる。
やがて、献帝が口を開いた。
「此度の功、まことに大である」
その言葉に堂内の空気が引き締まる。
「漢の威は、ついに西の果てにまで至った」
その瞬間、一人の男が進み出た。
末席に連なっていた河内の董昭である。
「陛下」
深く拝し、声を上げる。
「此度の偉業、古に比するならば、前漢武帝の西域経略をも越えるもの」
堂内にざわめきが走る。
「これほどの功績を挙げたる孫堅殿、劉備殿には……王位をもって報いるべきと愚考いたします」
空気が一変した。
それは明確に一線を越える提言であった。
「それはならぬ!」
即座に否を発したのは楊彪であった。
老臣の声には揺るがぬ力がこもっていた。
「王位は軽々(けいけい)に与えるものではない」
その視線は鋭い。
「漢の権威を守るべき今、これ以上の分権は国を乱す元となる」
さらに一拍。
「ましてや劉備殿はいざしらず、孫堅殿は劉姓にあらず」
その言葉は重かった。
高祖劉邦の時代から脈々と続く“劉氏にあらずんば王たらず”の原則。
その原則に対する正統性の問題である。
その時、一人の男が進み出る。
北の地を統べる劉和であった。
「楊公の言、もっともにございます」
楊彪に対する支持を示す。
だがそのまま続けた。
「されど……功に報いぬもまた、不義」
堂内の視線が劉和に集まる。
「であれば、間をとるのはいかがであろう。すなわち王位ではなく、公位を与うのは如何かな」
絶妙な提案であった。
権威を損なわず、かつ功績を称える。
均衡を保つ妙案であった。
さらに楊修が口を開く。
「父上」
その言葉に楊彪がわずかに目を細める。
「此度の遠征、その労苦は並大抵のものではございませぬ」
静かだが熱を帯びた声。
「漢の威が大秦に届いたこと……これは歴史に残る偉業にございます」
楊彪は沈黙する。
その額に浮かぶ皺がさらに深くなる。
やがて――
「……やむを得まい」
低く呟く。
そして、劉和の側まで歩み、耳打ちする。
「ただし、二人のみでは均衡を欠くゆえ、貴殿も公位に推挙したい」
劉和は即座に首を振った。
「私にはそのような功は……」
だが楊彪は遮る。
「功の有無ではない。鼎は三足なければ安定しない。二足では鼎を支えられん」
その言葉は明確であった。
権力の均衡。
それを維持するための配置。
楊彪が劉和の公位就任も提言すると、劉備も賛意を示す。
「この十年あまりの平和は奇跡だしな。その奇跡の一因は河北の安定があってこそだ。袁氏を見事に御している劉和殿の功よ」
劉和は楊彪と劉備の言を受け沈黙し、やがて深く頭を下げる。
「……謹んでお受けいたします」
玉座の上、献帝は静かに頷いた。
「よくぞ申した。なれば孫堅、劉備、劉和――三名に公位を授けるをここに宣す」
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朝議が終わり、群臣が退く中。
孫堅、劉備、劉和、楊彪。
それぞれの胸には、異なる思いが去来していた。
大秦国への使節成功の喜び、均衡を保つ重責、新体制への懸念。
そして――
四人に共通してその胸に去来するのは、これから訪れるであろう時代の変化。
西方より持ち帰られたものは、宝だけではない。
戦の理。
国の形。
そして、人の欲。
それらすべてがこの国の形を静かに、しかし確実に変えようとしていた。
洛陽の空は、穏やかであった。
だがその下では――
新たな時代の胎動が、確かに始まっていた。




