【第百四十三話】羅馬の休日
211年盛夏 羅馬
戦が終わり、血の匂いが風に薄れてゆく頃。
劉曄ら陸路使節団は勝利に貢献した功により、国賓として遇されていた。
そして、その余波はさらに遠き海の彼方にも及んでいた。
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紅海を越え、地中海へと入った海路使節団もまた、
羅馬の港へと迎え入れられたのである。
港には整然と並ぶ軍船と儀仗兵の列。
それは明らかに歓迎の構えであった。
桟橋に降り立った劉鑠はその光景を見て思わず息を吐く。
「……これ程の歓待を受けるのは何故か」
隣で諸葛亮が港の一角を羽扇で指し示す。
「彼らの働きがあってのことやも知れませぬ」
その先には劉曄ら陸路使節団がいた。
両使節団は宮殿にて合流する。
長き旅を経ての再会であった。
「無事であったか」
周瑜が穏やかに声をかける。
陸遜は一礼した。
「こちらこそ。まさか先に到着した上、一戦を終えておられるとは」
孫権が笑う。
「少しばかり腕試しをしただけよ」
その言葉に海路組の面々は顔を見合わせる。
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宮殿、謁見の間。
加拉加拉帝の前に、海路使節団の献上品が並べられる。
宝剣の精緻に鍛えられた刀身は光を受けて青白く輝いていた。
そして――青磁。
透き通るような器は、羅馬の工芸品である琉璃には見られぬ静謐な美を宿していた。
加拉加拉帝はその一つを手に取り、しばし見入る。
「……美しい」
短い言葉であったがそれは率直な感嘆であった。
「東方の技は戦だけではないということか」
その視線は劉曄へと向けられる。
劉曄は静かに答えた。
「武と文、両輪にて国は成り立ちます」
加拉加拉帝は満足げに頷いた。
その眼差しにはもはや東方の蛮族と蔑む軽視の色はない。
明確な評価とそして関心があった。
こうして――
漢の使節団は羅馬にて半年の滞在を許されることとなった。
それは休息であると同時に視察の時でもあった。
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整然と区画された街路。
清らかな水と汚水を分けた水の道。
そして城の外には四方へ伸びる石畳の道。
諸葛亮は一人歩きながら、その道の多様性に感動していた。
「道が……これほど多様なものとは」
水路はどこから引かれ、どこへ流れるのか。
幹線道路の舗装に使われる石材の組み方、そのアーチ構造等々――
細かな点まで記した後、最後の一文としてこう記した。
“羅馬の力は軍のみにあらず、土木にあり”
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一方――
司馬懿は軍営に足を運んでいた。
重装歩兵の訓練。
整列、前進、盾の連結。
一糸乱れぬ動きであった。
「……見事な動きだな」
彼は呟く。
騎兵の機動とは対極。
「崩れぬ軍は、強い」
その視線は冷静に観察し、分析、記憶する。
そして小さくひとりごちた。
「私が蓋塔帝軍を率いれば、前の戦もあれ程の大敗にはならぬものを……」
後ろから共に巡察をしていた周瑜が笑いながら話しかける。
「司馬懿殿は小声で言ってくれるな。我らの指揮が優れていたとは思わぬかな、なあ馬岱殿」
「誠に。この旅で身に付けた戦術がいかんなく発揮された結果と考えます」
馬岱は生真面目に答える。
司馬懿は周瑜に向かい謝す。
「周瑜殿、失礼いたした。ですが、そもそも貴殿が相手であれば、私は正面から戦う愚は犯しません。殻に籠って時機を待ちます」
周瑜は司馬懿の真面目な答えに虚をつかれ、一瞬驚いた表情となったが、すぐに大笑いした。
「これは、司馬懿殿のお褒めの言葉と受け取ってよいかな?だが、私も貴殿を敵にはしたくないな」
周瑜の言葉に司馬懿は、彼には珍しくその顔に笑みを浮かべるのだった。
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市場では――
孫権と陸遜が歩いていた。
香料、琉璃器、葡萄酒。
見たこともない品々が並ぶ。
「この器、透き通っているな」
孫権が手に取る。
陸遜も手に取り観察する。
「砂を溶かして作る物らしいです。船旅の間に大秦国の商人が教えてくれました」
「砂で……?青磁と材料は同じなのに何故透き通っているのだ?不可思議だな」
「なればこそ、価値があるのでしょうな」
二人は漢の常識の外にある技術に驚くと共に、商いとしての価値を感じていた。
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夜、宮殿の一室。
「戦だけではないな」
劉曄が静かに言う。
「ええ、この国はすべてが体系として成り立っています」
諸葛亮が応じる。
司馬懿が続ける。
「ゆえに支配者の力量によらず安定している」
周瑜は杯を傾ける。
「これを我らが取り入れれば、更なる発展が望めよう」
その言葉に誰もがこの旅の成功を確信するのだった。
異なる文明。
異なる戦。
異なる国家。
それらすべてが、彼らの中で“知”として蓄積されていく。
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やがて訪れる、帰還の時。
羅馬は彼らを歓待し、そして敬意をもって送り出すこととなった。
東と西。
その距離は依然として遠い。
だがこの時――
確かに一つの“橋”が架けられたのであった。




