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【第百四十二話】大秦の戦場

本話ではローマ皇帝について、漢字表記をあてています。


当時のローマ皇帝カラカラ帝は「加拉加拉帝」、その弟ゲタ帝は「蓋塔帝」と表記します。


史実とは名称が異なる場合がありますが、物語上の表現としてご理解いただけますと幸いです。


また、もし史実における漢字表記をご存じの方がおられましたら、御教授いただけますとありがたく存じます。

211年初春


長き旅路を越えた陸路使節団は、ついに西方の大国・大秦国の都、羅馬(ローマ)に到達した。

だが――

彼らを迎えたのは栄華を誇る都ではなかった。

城壁の外には軍勢が展開し、市内には不穏な空気が満ちていた。

街路には武装した兵が溢れ、民は戸を閉ざし、往来には緊張が走っていた。


「……様子がおかしいな」

孫権が眉をひそめる。

周瑜もまた静かに周囲を見渡した。

「敵国から攻めこまれているという話は聞かなかったですが」

司馬懿が低く言う。

「であれば答えは一つですな。内乱――いや、都まで巻き込まれるとなると、王位を巡る争いですかな」


やがて彼らは事情を知ることとなる。

現皇帝・加拉加拉(カラカラ)帝と、その弟・蓋塔(ゲタ)帝。

兄弟がそれぞれ帝位を主張し、羅馬(ローマ)は二つに割れていたのである。


劉曄は沈思した。

この地において彼らは単なる客ではない。

漢の威を示す使節である。

「……これは機であるな」

静かに、しかし明確に言い放つ。

「乱を静めるに一役買えれば、我らの価値は一挙に高まる」

楊修は劉曄の言を聞き苦言を呈す。

「だが他国の内政に介入することになります」

劉曄は頷いた。

「承知の上だ。されど、これは“武威を示す”好機でもある」


その場にいた者たちの視線が自然と一人に集まる。

周瑜である。

彼はわずかに笑みを浮かべた。

「せっかくの戦場があるならば、此度の旅で得たものを試す価値はありますな」

馬岱もまた力強く頷いた。

「安息の地で得た騎兵の技……早くお見せしたいものです」


こうして――

漢の使節団は、自らの意思で加拉加拉(カラカラ)帝側に与することを決断し、拝謁を願い出た。

加拉加拉(カラカラ)帝も決め手を欠いており、劉曄達の申し出を快く受け入れた。

加拉加拉(カラカラ)帝にとっては失っても痛くない、東方の蛮族と考えていたがゆえに。



---


戦場は羅馬(ローマ)郊外の広野。

加拉加拉(カラカラ)帝率いる重装歩兵部隊二万。

対するは蓋塔(ゲタ)帝の重装歩兵部隊二万。

両軍合わせて四万の兵が、鉄の鎧に身を固め大盾を並べ整然と進軍するその姿は圧巻であった。


司馬懿が呟く。

「これが西方の戦……秩序の塊ですな」

一糸乱れぬ陣形、統率された行軍。

それは中原の戦とは異なる、まさに“壁”であった。


漢軍は加拉加拉(カラカラ)帝軍の左翼に軽騎兵を中心とした機動部隊を展開していた。

馬岱が号令を発する。

「ゆくぞ!」

騎兵は疾風の如く駆ける。

だが――突撃はしない。

一定の距離を保ったまま、横へと流れるように展開し、蓋塔(ゲタ)帝軍の側面に対して矢を射かける。


蓋塔(ゲタ)帝軍の右翼に少なからぬ被害が出た結果、右翼の一部が漢軍へと進軍を開始した。

「来るぞ」

周瑜の一声。

騎兵は一斉に反転する。

馬上にて身体を捻り、後方へ弓を引く。

その姿は安息で見た技そのもの。

だが――それはすでに漢の戦として再構築されていた。

「放て!」

号令とともに矢が放たれる。

――背面騎射。

無数の矢が弧を描き、引き付けられた重装歩兵へと降り注ぐ。

盾に当たり、鎧を打ち、隙間を穿つ。


だが重装歩兵は崩れずに、前進を続ける。

「やはり堅いな」

孫権が歯噛みする。

しかし、周瑜は冷静であった。

「崩す必要はありません」

その目は戦場全体を捉えている。

「撹乱するのが我らの責。これだけ統制をとれた軍同士の戦であれば、一部の乱れが致命的となりましょう」


騎兵は接近しては射ち、すかさず離脱する。

退(さ)がる時も背面騎射で間断なく蓋塔(ゲタ)帝軍に被害を与える。

蓋塔(ゲタ)帝軍の重装歩兵は徐々にその歩みを鈍らせていった。

「陣形が乱れ始めた!」

馬岱が叫ぶ。

その瞬間、周瑜の目が光る。

「今だ――鋒矢の陣を組み突撃!」

精鋭で組まれた騎兵部隊は瞬く間に陣を組み直し、乱れた蓋塔(ゲタ)帝軍右翼にその鋭鋒を突き立てた。


統制を失った歩兵は、もはや“壁”の体(てい)を成していなかった。

やがて――一角が崩れる。

その隙を加拉加拉(カラカラ)帝は見逃さなかった。

「漢の軍もやりおるではないか。安息どものように矢を射つだけではなく、我が羅馬が誇る重装歩兵部隊に切り込むとはな。我らも負けられぬ。進め!」


重装歩兵同士の激突は衝撃力を維持できるかが鍵である。

漢の騎兵部隊に乱された蓋塔(ゲタ)帝軍右翼が陣容を維持できずに崩れると戦局は一気に傾いた。


蓋塔(ゲタ)帝は九死に一生を得たが、軍は見るも無惨に崩壊し敗走するのだった。



---


戦場には静寂が戻っていた。


加拉加拉(カラカラ)帝は、自ら劉曄の前に立った。

その瞳には明らかな畏敬の念がこもっていた。

「貴公らの戦……見たことがない」

通訳を介して伝えられる言葉。

「騎兵があのように戦うとはな。安息の奴らは蝿のように飛び回るだけだが、貴公らは我ら羅馬(ローマ)が誇る重装歩兵を恐れることなく、勇敢に戦った」


劉曄は静かに応じた。

「彼らは我が漢(かん)が誇る精鋭中の精鋭にございます。陛下の助けになれたこと光栄に存じます」


加拉加拉(カラカラ)帝は騎兵部隊を率いた周瑜と馬岱を見た。

そして、再度劉曄に向かい静かに微笑む。

「貴国と争うは愚かであろう」

ゆっくりと告げる。

「手を取るべき相手だな、東の友よ」


この瞬間、孫堅や劉備の求めた“漢(かん)の武威を示す”という目的が成ったことを、一行は強く感じたのだった。



---


夜、宮殿の一室。


一行は静かに杯を交わしていた。

「通じたな」

馬岱が満面の笑みで言う。

周瑜はわずかに笑う。

「異なる地での戦も理(ことわり)は同じということだな」

司馬懿は外で星を見上げていた。

「しかし、羅馬(ローマ)の重装歩兵は堅き守りであったな。運用次第では新たな力となるやも……か」


羅馬(ローマ)の戦と漢の戦。

その交差は――新たな時代の胎動であった。

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