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【第百三十一話】成都救援

201年仲冬 益州


張松の案内により、曹操軍は峻険なる山道を越え益州へと進んでいた。

武陵を発してより幾度も谷を渡り、桟道を踏みしめ、深山を抜ける。

張松は地形図を示すだけではなく、自ら先頭に立ち道筋を示した。

「この道を行けば広漢郡涪城に早く着きます」


曹操は無言で頷く。

背後には夏侯惇、夏侯淵達武官と龐統、賈詡達軍師が続いた。

また、此度の戦には嫡男曹昂が初陣として加わっていた。

率いる軍は青州兵二万。数こそ少ないが、戦を知る兵であった。



---


広漢郡涪城。

二ヶ月の強行軍の末、一行は広漢郡涪城にたどり着いた。

城門前に出迎えたのは、益州の重臣・龐羲、そして呉懿・呉班達であった。

龐羲は張松を見るや、あからさまに眉をひそめた。

「……相変わらず口の達者な男よ」

張松は肩をすくめるのみ。


龐羲は個人的には張松とは相容れない間柄ではあった。しかし、それを上回る現当主である劉璋への不満が募っていた。


彼らは元々、益州に君臨した劉焉を慕い、その元に集まった益州外出身者であった。

劉焉と共に益州に王道楽土を築くため献身的に働いてきた自負が彼らにはあった。


しかし、劉焉の後を継いだ劉璋はそんな彼らではなく、己を支持した趙韙達を重用した挙げ句、趙韙達に踊らされる始末であった。

彼らは己の力を賭けるに足る主を切望していた。

ゆえに、張松の提案にのり新たな風を招き入れることに賛同していた。


曹操は一歩進み出る。

「此度、趙韙の乱を鎮めに参った。貴殿らの話は張松殿より聞いている。共に成都の民を救いに来てくれぬか」

龐羲は曹操の眼を見た。

野心はある。

だが全てが虚言ではない。


「……成都を救うは我らも望むこと」

やがて龐羲は頷いた。

「共に参りましょう。趙韙は成都を三万の兵で包囲している。長引けば民が苦しむ」

呉懿、呉班もこれに同意。


こうして曹操軍は、益州諸将の協力を得て、涪城で休息をとった後に成都へ向かうのだった。



---


蜀郡成都。

益州の州都である成都の城は趙韙軍三万に囲まれていた。

趙韙の元で兵を率いるは龐楽と李異。

張松が救援の使者として発った後、半年弱にわたる籠城が続き城内は逼迫(ひっぱく)していた。


そのとき、東方に翻る蒼旗。

「曹」の字。

援軍到来に城内より歓声が上がる。


曹操は即座に軍を展開した。

二万の兵を五千ずつ四隊に分ける。

夏侯惇と曹休

夏侯淵と曹真

曹洪と寇封

本隊は曹操自ら率い、許褚が親衛として側に控える。


号令一下。

曹操軍は前衛一万五千が三隊に分かれて進軍する。

その歩調は乱れず、盾は揃い、槍は林立していた。

対する趙韙軍は数で勝るが統制は緩かった。


戦端が開かれるや、右翼の夏侯淵隊は側面からの攻撃を開始、曹真が弓騎兵を率いて敵部隊長達の狙撃を試みる。

曹真の騎射は巧みであり、趙韙軍の部隊長が瞬く間に討たれていく。

現場指揮官が倒れることで、趙韙軍は混乱に陥り、李異が前線に出て指揮をとらざるを得なくなった。


曹真はこの時を待っており、一際目立つ鎧兜の将を目掛けて必殺の一矢を放った。

風を裂き一直線に飛ぶ鏃(やじり)は寸分違わず、李異の左胸に吸い込まれた。

李異が落馬し周囲の兵に動揺が広がる。


一方、左翼より攻撃を開始した夏侯惇は長槍隊を中心に据え、両翼から曹休率いる騎兵隊が圧力を加える戦術で敵軍を追い詰めていく。


曹洪と寇封は重装歩兵と軽歩兵の混成部隊で、重装歩兵が開けた穴に寇封率いる軽歩兵が突撃を行い、敵軍中央の密集陣を崩し、乱戦へと持ち込んだ。

寇封は若き力で槍を振るい、曹洪は熟練の采配で隊を支える。


城壁より趙韙と曹操の戦いを見ていた張任は、趙韙軍が崩れ始めたのを見て出陣を決意。

城内より東州兵五千が出撃した。


城内からの出撃を見て曹操は、曹昂に許褚を護衛につけ包囲の一端を担わせた。

曹昂は若いながらも見事な采配で兵を指揮し趙韙軍を包み込んでゆくのだった。


趙韙軍は四方からの攻撃を支えきれず、潰走を始めた。

趙韙は乱戦の中退却を試みたが、側近である龐楽が刃を翻した。

「殿、我らの敗けにございます。殿の首で我らの助命を乞いたく……」

龐楽は主の首を取り、曹操軍へと降伏した。

主を失った軍は総崩れとなり、乱は一日で鎮圧された。


曹操軍の圧倒的な武力を見て益州の諸将は畏怖の念を抱くのであった。



---


成都城門が開き、城内では民が道を埋め歓声が上がった。

曹操を先頭に曹操軍が入場した。

その姿は「侵略者」ではなく、「救国の英雄」であった。


政庁の前に立つ劉璋は蒼白な顔に涙を浮かべていた。

「この度は……この度は誠に……」

言葉にならなかった。


曹操は礼をもって応じる。

「乱を鎮めるは漢の臣として当然の務め」

簡潔であったが、成都の民はその背に神々しい程の覇気を見た。

張松は静かにその光景を見つめる。


益州の閉ざされた門は今、開かれた。

そしてその門の前に立つのは――曹操。

乱を鎮めし英雄として、迎えられたこの漢(おとこ)を契機(きっかけ)に、蜀の未来は静かに動き始めるのだった。

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