【第百二十五話】南を治めるということ
203年晩秋 交州蒼梧郡・広信
広信城に剣戟の音はなく、代わりに聞こえるのは、
壊れた門を修す大工の槌音、瓦礫を運ぶ人々の足音、そして――
久しぶりに戻った、民の笑い声だった。
そんな戦後の明るい空気の中、城内の一室。
劉備は簡素な卓を前に士燮、関羽、虞翻、賀斉、陸遜、そして、船で共に来ていた魯粛、諸葛瑾を集めていた。
劉備はまず士燮に向かって言った。
「士燮殿。先の通り交阯、南海、九真、合浦――
この四郡はこれまで通り、貴殿と一族に任す」
士燮は深く一礼する。
「必ずや民を安んじ南を乱れぬ地といたしましょう」
次いで劉備は一枚の文書を取り出した。
「蒼梧、鬱林――この二郡については、新たな州牧を置き任せたい」
皆の視線が集まる中、劉備はその名を告げた。
「諸葛瑾、おぬしに任せたいがどうだ?」
諸葛瑾は一瞬、言葉を失ったがすぐに姿勢を正した。
「私にその重責が務まりましょうか」
劉備は笑いながら関羽と魯粛と共に頷く。
「此度の戦を経験した関羽と、おぬしをよく知る魯粛と話して決めた。おぬしは“攻めすぎぬ漢”だ。この地は漢の中心から離れており、民の気質も大分と異なる。寛い心を持つおぬしになら任せられると」
諸葛瑾は深く頭を下げた。
「全力を尽くします」
南の統治は威よりも和が求められる。
士燮と話し、広信への道すがら民の生活を見ることで、劉備はそれを感じていた。
話は軍政の話題に移った。
「軍部の統括は高順に任せようと思うがどう思う?」
関羽が口を開く。
「高順は法を破らぬ漢。諸葛瑾を“寛”とするなら、彼は“厳”を体現したような対極の性分を持っておりますが」
「だからこそだ」
劉備は答えた。
「南の民を導くには諸葛瑾の寛容さは大事だが、それだけでは乱の本。厳格な引き締め役はあいつに最適だろ」
この地に必要なのは征服軍ではなく、秩序の番人だった。
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会議の後。
魯粛は港を歩く劉備に並んだ。
潮風が、衣を揺らす。
「……主公」
「何だ、魯粛」
「主公はなぜここまで“任せる”ことができるのですか?」
劉備は、しばし空を見上げてから答えた。
「俺が出来ないことが多い漢だからだな」
魯粛は、驚いたように目を見開く。
「人は皆、得手不得手がある。俺が全てを握ろうとすると歪みが生まれるだろ」
そして、劉備は続けた。
「だから、信じる。そして信じた者に責を預ける」
魯粛は深く息を吐いた。
「……孫堅殿とはまったく異なる道ですな」
「だが」
劉備は穏やかに笑いながら遠く北の地を見据える。
「どちらも、“漢を立て直す”道だ」
夕陽が海を染めていく。
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数日後。
交州各郡に布告が出された。
・旧来の豪族支配は維持
・税も変更なく今まで通り
・商人の往来は今まで以上に奨励
民は戸惑いながらも少しずつ笑顔を取り戻していく。
戦は去り緩やかな秩序が根を張り始めていた。
剣で縛らず、法で奪わず、信で結ぶ。
それが劉備のやり方だった。
こうして交州は劉備勢力の南の柱となった。
それぞれの道を歩む群雄の中で劉備はまた一つ、
誰にも真似できぬ統治の形を示したのであった。
――第十二章、ここに終幕。




