【第百二十話】南征の旗
203年初夏 揚州九江郡・歴陽
歴陽の政庁に劉備の命が届いたのは、朝靄の残る時刻であった。
関羽は張昭、孫邵、虞翻、賀斉を集め軍議を開いた。
「先日、区景が乱を起こし張津殿が討たれたとの報を、劉備様にお伝えする使者を送りました。その返事の使者とか?」
孫邵は急いできたため、息もきれぎれであった。
関羽は孫邵を落ち着かせる。
「兄者より交州への進軍を命ずる使者が来た。張昭殿、派遣する軍についてはいかほどと考える?」
「揚州は袁術との戦以降、大きな戦はなく交州を介した交易も順調であった。ゆえに蓄えは十分にある。兵二万に足る糧はすぐに準備出来よう」
関羽は青龍偃月刀を手に立ち上がる。
「ありがたい。では二万の兵で向かうとしよう。虞翻、賀斉、編成を頼む」
「はっ!」
虞翻は精鋭丹陽兵を中心に兵を召集し、賀斉は山越の勇士に声をかけて回ることとした。
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関羽の交州出征の噂は近隣に広がっていった。
その話を聞き、呉郡より陸康の手紙をもった陸遜と張允が郎党二千と共に歴陽へやってきた。
政庁に二人を迎えた関羽は陸康からの手紙を受け取った。
“州牧殿、此度交州への出征と聞く。交州の安寧は我ら呉の者にとっても必須。ついては、我が友・張允と我が一族の陸遜の従軍を望む”
手紙を読み終え、顔を上げた関羽に対して二人が拱手する。
「張允殿、陸遜殿。此度の参戦、感謝いたす。交州の乱の仔細はまだ分からず、将が増えるは心強きこと」
「我ら呉の四姓。朱氏、顧氏はすでに徐州において従軍しておる。此度は我ら張氏も他人事ではないゆえ、軍の端くれに加えていただけますよう、参じた次第です」
「叔父陸康より命を受け参りました。若輩者ではありますが、粉骨砕身勤めます」
二人の参陣と時を同じくして、虞翻、賀斉も戦支度を整えた。
総勢二万の兵で出陣したのは夏も盛りを迎えようとする時であった。
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長江を下り、湿った風が肌を打つ。
北とは異なる匂い――濃い土と草木の匂い。
兵の中には初めて南国の地を踏む者も多かった。
「暑い……」
「鎧が蒸れる……」
兵達の声を聞き賀斉が叱咤激励する。
「弱音を吐くな!この地で暮らす者はこれを日常としている。暑さに平常心を欠けば、戦で遅れをとるぞ!」
そんな中、南海郡へ至る道程で思わぬ報せがもたらされる。
「交阯太守・士燮、兵を挙げたとのこと!」
「士燮……噂では交州の半ばをその一族で領しているとか。交州の人心を束ねる男ですな」
虞翻が関羽の側に来てその人となりを報告する。
「彼が敵か味方かで戦は大きく変わりますな」
関羽は即答した。
「刃を交えるかどうか、まずは言葉を交わすとしよう。それが叶わぬなら――その時だ」
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南海郡・龍川
湿地と河川に囲まれたこの地で関羽軍は士燮軍と相対した。
士燮軍は五千の兵であったが地の利を得ており、意気軒昂たる様であった。
かたや関羽の軍は遠路の行軍の疲労と南方の暑気で苛立ちが募っていた。
河を挟んで対峙する両軍の間に一触即発の空気が漂っていた。




