【第百十九話】富みて次を図る
203年晩春 青州東萊郡・黄県
黄県の港は、かつてない賑わいを見せていた。
高く積まれた塩の入った麻袋。
木箱には乾物が溢れかえっていた。
絹、毛皮、鉄器、薬――それらを積み込んだ船がひっきりなしに出入りしている。
「いやはや……これは壮観ですな」
孫乾が感嘆の声を上げると、華歆も珍しく笑みを浮かべ頷いた。
「民が笑い、その上税が集まる。誰もが喜ぶ、これに勝るものはないな」
港の高台からその光景を見下ろす劉備は腕を組んだまま静かに言った。
「富は剣よりも強い輝きを放つものだ。俺達も使い道を誤らぬようにせねばな」
真面目なことを言う劉備であったがその口元には隠しきれぬ笑みがあった。
青州は確かに豊かになっていた。
遼東公孫氏を介した交易は予想を遥かに上回る成果を上げていた。
朝鮮半島からは鉄と良馬、薬の材となる人参。
倭国からは、真珠、硫黄、精錬度の高い砂鉄、乾物。
「塩一に対し、三の利」
魯粛が帳簿を叩く。
「いや、今や四、五に届こうかと。これほどの利益を生む産業は他にありません」
荀彧は冷静に頷いた。
「財が集まるということは狙われるということでもあります。次に必要なのは、守る力――ひいては孫子も言うとおり戦わぬ力、抑止力ですな」
その言葉を待っていたかのように諸葛亮が一歩前に出た。
「そこで、私から一案」
劉備が視線を向ける。
「また、なにか思い付いたのか?」
「工廠を設けましょう」
諸葛亮は簡素な図面を広げた。
「兵器、鎧、弩、舟――すべてを一元的に生産、改良する施設です。今までは各地の職人に任せてきましたがそれでは限界があります」
「兵器をまとめて作る場所か……」
劉備は低く呟いた。
「戦のためだけではありません。荀彧様の言うとおり戦を起こさせないためです」
その言葉に場の空気が引き締まる。
「誰がその工廠を統べる?」
劉備の問いに諸葛亮は迷いなく答えた。
「徐宣。法と実務、双方に通じた人物です」
荀彧も同意する。
「妥当でしょう。技術者を束ねるには法の理解が不可欠」
こうして青州に政府直轄の工廠建設が決定した。
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劉備政権の軍事・内政が充実しつつあった、ある日の夜。
劉備の館に急使が駆け込んできた。
「揚州より孫邵殿の書状にございます!」
広げられた文には思いがけぬ報せが記されていた。
――区景、叛乱。
――交州牧・張津、死亡。
「……北の戦がようやく落ち着いたところに、今度は南か」
劉備の声は低く沈んだ。
諸葛亮がすぐに口を開く。
「放置すれば我らの海上交易の片翼が賊の手に落ちます」
魯粛も頷く。
「交州は南海交易の要。ここを失えば被害はどれ程になるか」
劉備は億劫そうに立ち上がる。
「仕方ないな。関羽に行かせるか」
夜の港で潮の音が鳴る。
青州の繁栄が次なる戦を呼び寄せたか。
その問いに答えるのは青龍偃月刀の軌跡であった。




