【第百十八話 】青州の治
<第十二章>それぞれの道、劉備
201年仲春 青州北海郡
春の海風が城壁を静かに撫でていた。
劉備は城楼の上から、遥かに広がる海を見渡していた。
黄海の彼方まで続く水平線――それは、戦乱の只中にあっても、変わらぬ世界の広さを思い起こさせた。
「……気づけば取った州も三つ目か。俺の力も大きくなったが、この海に比べればまだまだかな」
独り言のように漏れたその声に、背後から穏やかな声が応じる。
「そんなことは……。袁紹との戦で得たものは、土地だけではありません。あなた様の民からの信望は天をつかんばかりです」
張紘であった。
劉備は振り返り、張鉱のもとへ来ると抱きしめた。
「江東の二張殿が嬉しいことを言ってくれる。その礼ではないが、この青州をあんたに任せたい。州牧としてだ」
張紘は微笑み、深く頭を下げた。
「身に余る大役。青州は人も物も豊かな地。必ずや、殿の覇業の礎として整えてみせましょう」
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青州はすぐに新たな体制へと移行した。
政務の補佐には青州出身の華歆と孫乾が任じられた。
法と秩序、そして民心――二人は性格こそ異なれど、互いに補い合う名臣であった。
軍部としては、劉備旗下の四軍団のひとつを指揮していた太史慈が独立し、青州軍の統括をすることとなった。
副将としてかつて呂布八健将として活躍していた魏越が据えられた。
「青州は北は袁紹との最前線であり、賊も異民族も、そして海の向こうからの脅威もある」
太史慈は地図を前に、静かに言った。
「わしは攻めは得意だか、守りも覚えねならぬか。まだまだ楽はできんな」
魏越のぼやきに劉備はその肩を叩いて労うのだった。
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青州斉国・臨菑県
政庁の一室では、劉備を囲んで数名の人物が集っていた。
荀彧、張紘、魯粛、諸葛瑾、諸葛亮、いずれも天下を代表する知識人であった。
「この地について知るため、市を歩いてみましたがやはり塩が最も大事な産物ですな」
張紘が口火を切った。
「私も江東耳目を使い調べてみましたが、張紘殿に賛同いたします。更に付け加えるなら――」
魯粛が地図を広げながら続ける。
「青州の特記すべき点は、やはり交易でしょうな。遼東の公孫氏を介せば、東夷の国々、ひいては海の彼方――倭国とも繋がる」
「倭国……」
諸葛亮が、ふと遠くを見るような目をした。
「古の始皇帝が求めし不老長寿の秘薬を手に入れるため、徐福が向かったと伝えられる地。私と同じ徐州の出です。一度は、どのような国か見てみたいものですね」
空気を読まないその発言に諸葛瑾が顔をしかめ、荀彧が呆れる。
劉備はその様子を見て苦笑する。
「若い者が夢を持てるのはいいことだ。しかし、おまえさんが楽隠居するにはまだ早い。まずはこの国を安らかにしてからだ」
その言葉に諸葛亮以外の四人が深く頷いた。
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洛陽
数日後、朝廷へ劉備より一通の上奏文が届けられた。
東夷との交易を行うことを認めてほしい――という内容である。
朝議の場でこの件は議題に上った。
「劉備が東夷との交易か……」
楊彪は静かに顎髭を撫でた。
(交易の利は龍に雲を与えることになるやもしれん。だが、孫堅一強では朝廷の均衡が崩れる。劉備を強化することは、その牽制として理に適う)
反対意見もあったが楊彪は首を振る。
「交易について認めず、賊どもの密貿易が横行するくらいなら、管理させた方が利がある。劉備はその点で信用できる。朝貢の使は都に連れてくることを条件に認めよう」
こうして、東夷との交易は朝廷公認となった。
それは、劉備政権が「一地方勢力」から「漢の権限を一部代行する政権」へと格上げされた瞬間でもあった。




