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【第百十七話】草原に昇る朝日

202年盛夏 洛陽


洛陽の城門に、凱旋の太鼓が鳴り響いた。

旌旗(せいき)は風に翻り、兵たちの鎧は朝日を受けて輝いていた。


孫策を先頭に、周瑜、朱治をはじめとした遠征軍の将たちが堂々と都へ入城した。

その軍列の中には若き単于劉豹の姿もあった。



---


洛陽宮中。

献帝は玉座に座し静かに凱旋軍を迎えていた。

孫堅をはじめとして荀攸、楊弘、司馬朗らが右側、楊彪ら朝臣が左側に並ぶ。


遠征軍大将を務めた孫策と劉豹が進み出て深く頭を下げる。

「陛下。南匈奴遠征軍大将孫策、去卑率いる反乱軍を討伐しここに帰還致しました」

「去卑を討ち、右賢王派を屈服させ、南匈奴の諸部を我に従わせました。ここに、単于として就任したことを報告いたします」


殿内が静まり返る。

「二人とも大義であった。朕が洛陽に戻った時と同じくして、戦勝の祝いが出来たこと、無常の喜びである。そなた達の働きは、漢(かん)の威を国内だけでなく国外にも示すことができた。朕は嬉しく思っているぞ」

献帝は満面の笑みで孫堅を見る。

「孫堅、汝は良き跡継ぎを得たな」


「ありがたき幸せ。まだまだ不肖の息子ではありますが精進させます」

孫堅も安堵の表情であった。



---


司空府に戻った孫堅は改めて遠征軍を労った。

「朱治、此度は我が息子を含め若き将が多いなか、気苦労も多かったであろう。ご苦労であった」


「なんの、なんの。まだまだわしも若(わこ)うござる。これからも皆の尻を叩く役ならばいくらでも承知仕まつる」


孫堅は朱治の軽口に大笑しつつ続けた。

「張遼、魏延、蒋欽。そなた達の働きも聞き及んでいる。見事な武勲だ」


『はっ!ありがたき幸せ』

三人が揃って拱手で答えた。


「周瑜、法正。二人の策もまた見事であった。洛陽や長安では司馬朗や鍾繇が費えにぼやいてはいたが、それだけの戦果をあげられた。これからも頼りにしているぞ」


「私は周瑜殿の策を補完したまでにございます」

「私の策は法正殿や鍾繇様達の助けの元に成りました。感謝しております」


「そして劉豹、いや単于殿。前(さき)の単于を毒殺するという不義を許さず、己が手でその武と単于としての正統性を示し、同胞の誇りを守った。見事な覚悟と武であった」


劉豹は拳を胸に当てる。

「この身、草原に生まれながら、孫堅殿と共に戦った日々があればこそ、此度の戦での働きができたと考えております」


孫堅は頷き、視線を孫策へ移した。

「そして――孫策。此度の戦、朱治からの報告では、初戦の敗北を糧に、皆で話し合い勝利をつかんだと聞いた。一人の将として及第点だ。よくやった」


孫策は照れたように笑った。

「父上の名を汚さぬよう、ただ必死でした」

その言葉に孫堅は一瞬、嬉しそうに目を細めた。


一通り労いの言葉が終わると、劉豹が口を開いた。

「一つ、願いがあります」

「申してみよ」


劉豹は、後方に控える若者を振り返った。

誥升爰(こうしょうえん)――去卑の子であり、父を討った者。

「この者は、匈奴に留まれば争いの種となりましょう。ゆえに――“追放”という形で、孫堅殿のもとで鍛えていただきたく考えております」


室内がざわめく。

孫堅は誥升爰(こうしょうえん)を見据え、静かに問いかけた。

「父を斬ったとき、何を思った」

誥升爰(こうしょうえん)は震えを抑えながら答えた。

「……誇りです。匈奴の誇りを、これ以上汚させぬために」


沈黙。そして孫堅は、ゆっくりと頷いた。

「誇りのために父を断つ覚悟、容易なことではない。誥升爰(こうしょうえん)、おまえを我が軍に迎え入れよう」


その言葉に、誥升爰(こうしょうえん)は地に額をつけた。

「我が命、孫堅様に預けます」


「よい覚悟だ。劉豹殿が単于に就任した以上、南匈奴に戻らねばなるまい。以後、おまえに匈奴騎馬隊を率いてもらう。匈奴の誇りを忘れず共に戦ってくれ」

その宣言に、室内の空気が変わった。



---


数日後。洛陽の郊外。

草原へと続く道の先に劉豹の一団が整列していた。

朝日が昇り、地平線が黄金に染まる。


見送りに立つのは、孫策。

「行くのか、単于殿」


劉豹は笑った。

「我が民が草原で待っている。行かねばな」


二人は向かい合う。

「また、共に戦うこともあるかもしれん」

「その時は――」

劉豹は拳を差し出した。

「此度の恩を返すため獅子奮迅の働きを御覧にいれよう」


孫策も拳を重ねる。

「約束だ」


劉豹は馬に跨り、振り返らずに草原へと進んでいく。

その背を孫策は朝日と共に見送った。


草原に昇る朝日は、漢と匈奴の新たな絆を静かに照らしていた。


――第十一章、ここに終幕。

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