表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/114

【第百十一話】遷都の詔

202年晩春 許昌


夜明けの許昌は静かであった。

だがその静けさは、許昌全体が何か大きなものの到来を予感して息を潜めている――そんな気配であった。


城門をくぐる一行の先頭に孫堅はいた。

その傍らには荀攸、楊弘。

洛陽より戻った彼らの顔には長旅の疲れよりも、これから果たす大業への緊張が宿っていた。

「……許昌も長らくよく耐えてくれた」

孫堅は小さく呟いた。


洛陽が焼け落ち、帝が流浪しこの地にたどり着いてからの年月。

許昌は仮の都として漢の心臓として支えてきた。

それは誇るべき功であり、今――終わるべき時を迎えていた。



---


孫堅が堂内に入ると帝は自ら一歩前に出て声をかけた。

「孫将軍。洛陽よりの長旅ご苦労であった」

穏やかな声であったが、その奥に抑えきれぬ期待が滲んでいた。


孫堅は深く頭を垂れた。

「陛下。洛陽の整備、つつがなく完了いたしました」

その言葉に、殿内が静まり返る。


献帝は目を見開き、やがてゆっくりと息を吐いた。

「……そうか。ついに、か」

玉座に腰を下ろし、帝は遠くを見るような目をした。

「朕が最後に洛陽を見たのは、まだ幼き頃であった。朱雀門、太学、南宮……すべてが、夢の中の景色のように思えていた」


孫堅は静かに言葉を継ぐ。

「司馬朗をはじめ、多くの者が力を尽くし復興にあたりました。荒れ地は耕され、宮殿は甦り、民は戻りつつあります。都として、再び陛下を迎え入れる器は整いました」


献帝の目に微かな涙が浮かんだ。

「朕は……また、戻れるのだな」

しばしの沈黙の後、献帝は顔を上げた。

「楊彪。そなたはどう思う」


呼ばれた老臣は、一歩進み出て深く一礼した。

「陛下。洛陽は(かん)の根幹。都が戻ることは、ただの移動ではなく正統の回復にございます」

一瞬、言葉を切り続ける。

「今、人と法と秩序が戻りつつあるならば――都もまた、洛陽へ戻るべき時かと存じます」


献帝は強く頷いた。

「よい」

そして、玉座から立ち上がる。

「詔を出す。都を、洛陽へ遷す」


その瞬間、堂内の空気が震えた。

(長く正統性が歪んでいた(かん)の歴史が、ようやく本来の軌道へ戻る)

誰もがそう感じていた。


詔が発布されるや許昌の街は一変した。

官吏は忙しく走り、倉が開かれ荷車が並ぶ。

民は噂を交わし、子どもたちは「洛陽」という名を口にしては目を輝かせた。

「都が戻るんだってさ」

「ほんとか? あの洛陽へ?」

期待と不安が入り混じりながらも、街は確かに沸き立っていた。


その様子を高楼から見下ろす孫堅に荀攸が声をかける。

「殿。(かん)はようやく正統な都を取り戻しましたな」

孫堅は静かに頷いた。

「だが、都が戻っても天下はまだ荒れている。これからが本当の始まりだ」

二人が静かに微笑んだその時――階下が騒がしくなった。


「急使だ!北より急報!」

伝令は息も整えぬまま、膝をついた。

「南匈奴にて異変。去卑が呼廚泉単于を毒殺し、自ら単于を称したとのこと!」


その言葉が周囲の空気を凍りつかせ、孫堅の目が鋭く細められた。


(かん)の都が戻ろうとする、その矢先に――北の草原では血が流れようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ