【第百十話】洛陽、再び帝都へ
<第十一章> それぞれの道、孫堅
202年初春 洛陽
かつて炎に包まれ瓦礫と化した帝都は、今や再び人の息遣いを取り戻しつつあった。
街路は拓かれ、崩れた城壁は積み直され、荒れ果てていた宮城跡には新たな甍が立ち並ぶ。
完全な復興には程遠い。
だが――“帝都”と呼ぶに足る姿は確かにそこにあった。
「……ここまで戻ったか」
孫堅は馬上から洛陽の街を見渡し低く呟いた。
その傍らには荀攸、楊弘。
「司馬朗の働きのおかげです」
荀攸が静かに言う。
「徴発に頼らず流民を集めことで、流民の仕事として工役を行う、正に一挙両得の政策。名も実も取る、見事なやり方です」
「……地味ではあるが我らに欠くことのできぬ臣だな」
孫堅はそう評し、馬を進めた。
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洛陽の政庁
簡素ながら整えられた広間に、各地から集った重臣たちが顔を揃えていた。
許昌より――陳羣
長安より――鍾繇
兗州より――程昱
それぞれが一礼し報告が始まる。
「許昌では屯田制が定着しつつあります」
陳羣が端的に述べる。
「戸籍整理も進み、徴税は安定。遷都となっても、皇都を支える力は十分に保てましょう」
「長安も同様です」
鍾繇が続く。
「関中の治安は回復し、豪族も法に従い始めました。洛陽遷都となれば関中は背後の盾となりましょう」
最後に程昱が進み出た。
「兗州は兵糧の供給を担えます。戦はなくとも備えは怠っておりませぬ」
孫堅は一人一人の顔を見渡し、深く頷いた。
「……よくやってくれた」
そのとき。
「殿」
一人の文官が進み出た。
司馬朗である。
「洛陽の主要街路、官庁、宮城外郭。最低限の政務と朝儀を行う整備は、すでに完了しております」
広間が静まり返った。
孫堅はゆっくりと立ち上がった。
「都とは器だ」
全員が息を呑む。
「陛下がいてこそ魂が宿るもの」
視線が一つに集まる。
「漢が洛陽へ帰る刻だ」
誰一人、異を唱えなかった。
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夕刻
洛陽の城壁に、長い影が伸びていた。
孫堅は一人、都を見下ろしていた。
焦土から始まり、数多の血戦を越え、ここまで来た。
「……ついにここまで」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
「朱儁殿……」
沈みゆく陽が甦る都を赤く染めていた。
それは、滅びの色ではなく新たな始まりの――黄昏であった。




