【第九十九話】雪明りの城楼
200年年末 冀州鄴城
官渡決戦の余燼は未だ消えず、砦を焼き尽くした炎の残滓は、北へと逃れる袁紹軍を追うように流れていた。
袁紹軍は幾重にも埋伏する伏兵に次々と撃たれ、出兵時、総勢十万を数えた兵も、わずかに数万の残兵となり鄴へ逃げ込んだ。
陽武で淳于瓊が討たれ、白馬では郭図も殿となって戦死、多くの兵を失ったことで、鄴に戻った時の袁紹は憔悴しきっていた。
袁紹は被害を確認したところで、天を仰いで崩れ落ち、そのまま昏倒した。
数日後に、意識を取り戻した袁紹は長嘆し、そこに集った袁煕、袁尚、高幹らに告げた。
「……この大敗、わしの心は折れた。お主たちに後を託す。長男袁譚亡き今、我が後は三男・袁尚に継がせる。袁煕、高幹よ、異存あるまいな」
袁煕は静かに頷き、高幹もまた承認した。
袁尚は膝をついて涙し、
「父上の雪辱、必ず果たします」
と凛として応えた。
郭図を失った予州名士は勢いを失い、以後の政権は冀州名士田豊・沮授を中心に纏まることとなる。軍部は張郃・高覧が主導することとなり、新たな方針が掲げられた。
“皇室の劉虞公の長子、劉和殿を擁し、漢への忠誠を示すべし”
敗北によって、冀州名士の支えのもと袁家は新たな道を模索することとなった。
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予州許昌
一方、孫堅軍は勝利の凱歌を上げて許昌へ帰還した。
街路には民衆が並び、鳴鐘をもってその勝利を祝した。
昇殿した孫堅によって戦勝報告が行われ、献帝はその功績に惜しみない賛辞を送った。
続いて行われた論功行賞の席では、陳羣が戦功第一に推された。
しかし、この扱いに武将たちの間にざわめきが起こった。
「今回の戦功第一位は周瑜か黄蓋ではないのか」
「火計を成したのは張遼や甘寧ではないか」
「陳羣なと戦場にもおらぬではないか」
その声を聞き、周瑜が一歩進み出て静かに頭を垂れた。
「漢の高祖、劉邦の故事にも漢の三傑では蕭何が第一功とあります。戦に勝つには兵の勇だけでなく、糧を欠かさぬことが肝要。此度の火計に必要な油の補給は一度も途絶えませんでした。勝利の第一因は、補給の滞りがなかったことにございます。陳羣殿の統制があればこそ、我らは策を実行できたのです」
その言葉に黄蓋も笑いながら頷いた。
「武人の腕も腹が減ってははじまらん。陳羣殿あっての勝利よ」
これにより武将たちも納得し、第二位に周瑜、その後、黄蓋ら各将の功績が順に賞された。
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その後、場所を政庁に移し、陳羣より被害状況の報告が行われた。
・孫堅軍死傷者 約一万二千
・袁紹軍死傷者 約四万五千
・捕虜 約二万余り
孫堅軍の被害も少なくはないが大勝利であった。
この報告に勢いを得た甘寧が吠えた。
「今こそ河北を制すべく冀州に攻め込むべし!」
李通、昌豨もこれに同調するのだった。
しかし周瑜は首を振る。
「袁紹軍はまだ余力を残しているとのこと。我らも此度の戦での被害は少なくなく、北伐は時期尚早と考えます」
荀攸もこれに賛同しその意見に付け加える。
「ただし河内だけは奪われたままという訳にはいかぬ。ここは張燕に協力を要請し、速やかに取り返すべきと考えます。ここを抑えねば洛陽の防衛に隙が生じます」
孫堅は静かに皆の意見を聞き、やがて口を開いた。
「今日、漢室は一つになろうとしている。急く必要はない。荀攸の申すとおり、此度の進軍は河内までとする。超儼に董昭を軍師として、李通・昌豨・甘寧・臧覇――その方らに河内攻撃を命ずる」
諸将が一斉に拝礼した。
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その夜。
天より雪が静かに降り、許昌は白銀に包まれつつあった。
孫堅はひとり雪明かりの城楼に上る。
見下ろすと街の灯が雪に反射し、淡く揺れていた。
外套を翻し、懐から一通の書状を取り出した。
“河内をお返しし、戦の賠償を行う。そして劉和様を立て、漢室への忠誠を示すことをここに誓う”
それは――袁紹からの降伏に等しい文であった。
孫堅は長く息を吐き、天を仰いだ。
「……朱儁殿。貴殿と交わした漢室匡輔の誓い。董卓の残党を討ち果たし、二袁の争いを越え……今、その時が来ようとしている」
雪明りの中、孫堅は杯を掲げた。
「我が友よ――共に見よう。漢が、もう一度、天下を靖んじるその刻を」
杯の酒は静かに雪を映し、孫堅の瞳にも同じ光が輝いていた。
――第九章、ここに終幕。




