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アリシアとシェリルの出会い

王都へと騎竜で向かう途中、シェリルからの一言にアリシアは動揺していた。

『アリシアの事を、わたしは知っていた』

その言葉がどういう意味なのか、今の状況では分からなかった。

初めて学園の寮に入った日に、シェリルに声をかけられた事から交流が始まった。

貴族科、騎士科、魔導騎士科、聖女科と様々なコースに分かれているのにそれは続いる。

まるで一緒にいることが当たり前のように居心地が良かったからである。

当初シェリルが話していた言葉には、おかしな点は無かった。

入寮した初日に訪ねて来たとき、『ロゴス公爵から聞いていた』と話していたからである。

学園入学前に何度か公爵とは会っている。

孫娘が同い年と知れば、話しかけろと言われていてもおかしくはないだろう。

だがシェリルの表情からは、そうは受け取れない何かがあるように感じたのである。

「………まだ王都までは時間が掛かるわ!あのときの状況を教えてもらえないかしら?」

するとシェリルはゆっくりと口を開いたのである。


「初めてアリシアと会ったのは、8歳のときの社交界よ。」

「えぇ!?あのときにシェリルもいたの!?」

驚くアリシアに、シェリルは黙って頷く。

「あのとき、ネコを助けて注目を集めていたアリシアを、参列者が覚えていないはずがないでしょ?」

言われてみればその通りである。

むしろそれに関してはおかしな点などなかった。

「実はあのときアリシアは気が付いていなかったと思うけど、リサベルやミモザ、シアまでも集まっていたのよ。」

「…………マジ!?」

それについては驚かされる。

アリシアは婚約者探しの名目で連れてこられた初めての社交界であり、他のメンバーもその場に居たとなれば出来過ぎた話である。

成人前の子息や令嬢には、王家主催だからと言って社交界への参加義務はない。

アリシアもそれまでは常にお留守番だった。

「あのときに初めてアリシアを認識したわ。公言こそされていないけど、あの場に集められていた令嬢達は、みんなノア殿下の婚約者候補ばかりだったのよ。適齢期の貴族令嬢を一堂に集めて見定めるていたってわけ。中にはすでに婚約者がいたシアやリサベルなんかもいたの。王家は当時半信半疑だったのでしょうけど、言い伝えを無視できなかったというわけ。つまり………あなたを探していたのよ。」

「わたしを!?」

「“鳳凰の盟約”って聞いた事はあるでしょ?大聖女フィーリアが生まれ変わる。それを王家が守るって約束よ。当時の国王がピーちゃんと約束を交わしたって話ね。」

実はアリシアはその話を直接は聞いていない。

だがこれまでのミスト王家の対応に疑問が幾つかあったが、ようやく理解できた。

貧乏子爵家の五女でしか無いアリシアをノアの護衛騎士にした理由、さらには男尊女卑の激しいここミスト王国で大国ジルコニウムの皇太子の護衛や案内役として侍女になるなど、異例つくしである。

特にロイドの侍女となれば、位の高い貴族家が出したいと嘆願書を送るレベルだろう。

それを貧乏子爵家の五女がついた事を考えれば、周囲からの反感は酷かったに違いない。

王家は早くからアリシアがフィーリアの生まれ変わりである可能性に気が付いて、保護していたと考えれば辻褄が合う。

「わたしは元からノア殿下と歳が近いために、婚約者候補ではあったのよ。言わば大聖女様が見つからなかったときの保険ね。」

「保険とか酷くない!?」

「仕方がないわ。うちは男子がいないし、わたしは公爵家の次女だからちょうど良いのよ。お姉様は歳が離れてて、すでに嫁いでしまっているから候補から外れていたし、わたしがフィーリアの生まれ変わりではない事はお祖父様から伝えてあったはずだから………。あのときに王族の婚約者なんてなりたくないと考えていたわたしからすれば、アリシアが目立ってくれた事は幸いだったのよ。」

シェリルの言っている事は分かる。

王家に嫁ぐとなれば、サザンドラにはいられないだろう。

シェリルの地元愛を考えれば、自分が領主になって領地運営をしたいと考えている事は誰にでも分かるからである。

「でもシェリルがその盟約を知っていたのは何故?かなり重要な機密でしょ?」

「実はお祖父様の部屋に飾られている絵が気になって調べたのよ。」

「………絵?」

「まだ幼い頃、字が読めなかった頃にお祖父様がその絵を見せてくれたことがあって、ロゴス領の成り立ちを教えてくれたのよ。サザンドラが大聖女フィーリアと鳳凰によって作られた街だって事も、そのときに教えられたわ。それで気になって調べたのよ。読めない字を勉強して、大聖女フィーリアと鳳凰について一生懸命にね。」

「…………シェリルは最初からわたしがフィーリアだって気が付いていたの?」

「あはは!それは無いわ。まぁ王家が目を付けた大本命ってくらいの認識よ。まぁ実際大正解だったわけだけどね!」

シェリルがあっけらかんとして笑い飛ばす。

アリシアはシェリルの真意が分からずに困惑するが、敵意があるわけではなさそうだと胸を撫で下ろす。

シェリルのその話ぶりから、フィーリアに対して敵対心のようなものを感じ取っていたからであった。

だから直接聞いてみる事にしたのである。

「シェリルはどうしてフィーリアについて、そんなに頑張って調べたの?」

アリシアの質問に、シェリルは表情を曇らせた。

『言いたくない』とはどこか違う表情に戸惑ってしまう。

するとシェリルはポツリとこう言ったのだ。

「………嫌いにならない?」

「わたしが!?シェリルを!?ないない!仮にシェリルが何かフィーリアを恨んでいたとしても、それには理由があるのでしょう?」

その言葉にシェリルの身体がビクッと反応する。

アリシアは確信した。

シェリルは“フィーリアが嫌い”なのだと。

「………アリシアはやっぱり頭がいいわね。これだけの会話で、フィーリア様が嫌いとか出て来ちゃうんだもの…………。おかしいでしょ?教会で神として崇められている人を嫌いだなんて………」

このミスト王国は大聖女フィーリアを祀る聖女信仰が国教として存在し、女神アスクレピオスを祀る女神信仰が次いで大きい国である。

大聖女フィーリアが嫌いなど、街中では口が裂けても言えない事であった。

「シェリル。別にわたしは気にしないから、理由を聞いても良い?」

その言葉にシェリルは小さく頷くと、その理由を語ってくれたのである。


ロゴス公爵家や王家は聖女信仰で、シェリルも子供の頃から大聖女フィーリアの話を聞かされて来た。

もちろん当時は大聖女様の話が大好きな子どもだった。

そんな聖女様が作った街の領主の子どもだと言う事を、誇りに思っていたほどである。

だが調べていくうちに、その大好きな街は大聖女フィーリアが再降臨したときに返す事になる事を知ったのだ。

そんな折に入って来た王家の社交界の案内状である。

聡いシェリルはその意味に気がつき、ロゴス公爵に聞いてしまったのである。

「当時お祖父様は非常に驚いていたわ。幼いわたしが領地の古い資料を読み漁っていた事もそうだけど、その社交界の意味を指摘したからよ。秘匿とされている鳳凰との盟約についても、そのときにお祖父様に確認したわ。」

王族とロゴス公爵家にしか伝わっていない言い伝え。

わずか8歳のシェリルが、独学でたどり着いていたのだから驚くのも無理はない。

「そのときに確認したのよ。サザンドラは大聖女フィーリア様からの預かり物で、大聖女様の生まれ変わりは国の庇護下に置かれる存在だってね。」

ロゴス公爵家に伝わるこの言葉は、一種の呪いとなっている。

どんなにサザンドラを発展させたところで、大聖女が戻れば受け渡す事になる。

この500年で街は勝手に繁栄して来たが、公爵家が大きく変えた事は無いのはそのためであった。

「道の整備とかはするけど、それ以上のことは基本したことがないの。それなら他の場所を発展させる方が良いでしょう?サザンドラという街が無くなっても、ロゴス家は続いていくのですから…………」

アリシアはロゴス家のこれまでの苦悩を察してしまう。

シェリルが大聖女に不満を持つには十分な内容だからだ。

「加えて婚約者の“予備”ですものね………。シェリルが大聖女に対して嫌悪を向けるのも無理はないでしょう?」

アリシアはそう答えるのがやっとだった。

これまで500年もの間苦しんできたロゴス家を思えば、知らなかったとは言え申し訳なさでいっぱいになってしまう。

そんなアリシアに、シェリルは笑ってしまうのだ。

「シェ、シェリル!?なんで笑うのよ!」

「あははは!だって、アリシアには全く関係がない話じゃない!記憶を取り戻しても、サザンドラを返して欲しいなんて言ったことは一度もないわ!それに、婚約者の話なんて、むしろ被害者じゃない?」

「そうかもしれないけど!…………わたしのせいで今まで苦しんできたなんて知らなかったんだもの……。」

アリシアの気持ちが晴れないのは、これまでの領主達を思えばこそである。

だがシェリルは笑い続けていた。

「昔の話なんて語り継がれる部分が大きいのよ。それをロゴス家が謝って語り継いだだけ。その証拠に、初代ロゴス公爵から何代かは、しっかりと発展させて来ていたのよ。盟約の中にもサザンドラ返却の話なんて一つもなかったわ。多分『そういうつもりで発展させろ』とか、戒めみたいに使われていた言葉が、いつの間にか返却前提に語られただけなのよ。それが分かったから、わたしはもうその言葉に囚われることをやめたわ!」

「今はもう大丈夫ってこと…………?」

アリシアが聞くと、シェリルは大きく頷いた。

「だってもう気にする必要がないんですもの!今まで大聖女様がどんな人か分からなかったし、鳳凰がどれほど恐ろしい存在かも知らなかったわ。でも会ってみれば普通の女の子で、鳳凰様はピーちゃんよ?勘違いに気がついた今、わたしはフィーリアから受け継いだサザンドラを、わたしなりに発展させたいと考えているの!」

そう語るシェリルはやる気に満ち溢れる表情を見せていた。

それをアリシアは嬉しく思っているのである。

「確かに思い出の中のサザンドラは、海が見える素敵な街よ。でも、住んでいる人が違い、500年で街並みも変化したわ。それはもうわたしが知っている街じゃなくて別物なのよ。ピーちゃんがどんな意味でその盟約って言うのを強要したのか分からないけど、無理難題を言ってるんだったらわたしが止めてるわ!」

「ウンウン!そっちの方がアリシアらしいわ。でもね。学園入学の時に、自分の打算的な考えでアリシアに近づいたことは謝りたかったの。本当にごめんなさい。」

そう言いながら謝るシェリルに、今度はアリシアが笑ってしまった。

「なによ!わたしがちゃんと謝っているのに!」

「いやいや、シェリル“らしい”なって思ってね。正直こんな話、最初からしなければ良かったじゃない。でもそれを打ち明けて謝ってくる辺りが、シェリルの誠実さなんだろうなって思ってね。大体、これまでの付き合いで、こんな話をしたくらいでわたしが怒るなんて思ってないんでしょ?」

そう言われてシェリルは少し自信なさげに首を垂れた。

「…………怒るとは思っていなかったけど、嫌な気持ちにはなるかなって………。結果アリシアはこうしてわたしたちに色々と知恵とかもたらせてくれているじゃない?最初からアリシアが大聖女の生まれ変わりだって他に知る人がいたら、きっと引っ張りだこだったはずよ。わたしはズルして最初から知っていただけ。」

「………シェリルはわたしが確実にフィーリアだって気がついていたの?」

「それはないわ!王家でも確信を持てなかった情報を、たかが公爵の孫娘が上回ることなんてできるはずがないでしょう?」

「なら別にシェリルが謝罪する必要なんてどこにもないわよ?だって、声をかけるきっかけなんて人それぞれじゃない。席が近かっただけ、成績が良かっただけ、顔が良いだけ。理由なんてそれなりでしょ?その後もこうして付き合いが続いてるんだから、わたしたちは最高の友人になれたって事じゃない!チームシェリルは誰がなんと言おうが、リーダーはシェリルでみんなが慕う良いグループよ!」

アリシアが、シェリルの顔を見ながら肩をガッシリと掴んでにこりと微笑む。

そのときアリシアの背中側から日差しが差して、シェリルには女神のように見えたのだ。

「………フィーリアが神聖視される理由がわかったような気がするわ。」

「………それはまったく嬉しくない反応だわ。」

そう笑い合ったときだった。

「アリシア!前!前ー!!」

リサベルがそう叫び、思い出す。

騎竜に乗っていたことを完全に忘れ、手綱を離して後ろ向きになっているのである。

アリシアは慌てて手綱を握りなおすと、シェリルの手を腰に回す。

「しっかり握ってて!」

アリシアにそう言われたシェリルは、言われるがままにアリシアにしがみ付く。

手綱を緩めたことで街道脇に蛇行していった騎竜は、森に突っ込んでいったのである。

騎竜は木々を潜るように走り続け、慌てて止めたときにはアリシアとシェリルは葉っぱだらけになってしまった。

「ちょっとちょっと!よそ見なんてしてるからよ!?」

おたおたと追いついて来たリサベルに怒られてしまうが、アリシアとシェリルは顔を見合わせて大笑いするのであった。



「ようやく見えて来たわね。」

森を抜けると見えて来たのは王都ルーセントを囲む大きな外壁である。

元気なミモザに対して、リサベルはすでにクタクタである。

ここまでの長旅にもかかわらず、最後まで騎竜の操縦に慣れずに振りまわされて来たためであった。

「とりあえず今日は寮に戻りましょう。わたしの方でアリス様に先触れを出しておくから、明日登城しましょ!特に辛そうなリサベルさんは無理をしないように!」

いつもの調子を取り戻したシェリルだが、ミモザは大人しい。

死地に向かうと宣言し、アリスの護衛を辞すると話してから、ずっとこの状態なのだ。

ミモザの事なので、自分の死を覚悟してと言う事ではなく、形上アリスを裏切る事への謝罪への現れなのだろう。

アリシア、シェリル、リサベルの3人は、ミモザがアリスの護衛騎士を辞めると話したとき、本音では全力で止めたかった。

だがきっと、打ち明けるまでも随分と悩んでいただろうと考えると、安易にそうは話せなかったのである。

もう少し上手いやり方は無いだろうかと考えたが、どう考えてもアリスへの不義理という事実に変わりなく、どうにもできなかったのだ。

(こればかりは、ミモザの覚悟を尊重するしか無いわね………)

ミモザの決断は、サーセンタ伯爵も頭を抱える事だろう。

敬愛する王女殿下を捨て、婚約者の所へと向かうと言うのだ。

サーセンタ伯爵領は王都に近いと言う立地の良さを利用して、毎年黒字経営を続けている事もあり、王宮でのまつりごとに対してはあまり興味を示さない家柄である。

だが、アリスの護衛騎士に抜擢されたときはなによりも喜んでいた。

そんな想いまで裏切る事になる自分を責めているのである。

アリシアやシェリルは、自分が同じ立場だとしたらきっとミモザと同じことをするだろうと考えると、結局は背中を押すことしかできないのだった。


寮に着いた頃にはすでに夕食の時間になっていた。

現在のオンリー領での戦争と言う状況のせいもあり、ほとんどの寮生はまだ実家にいるようで、いつもより閑散としている。

「お腹が空いたわね。着替えたらみんなで夕食をとりましょう。」

シェリルの言葉に返事はなく、皆頷くだけである。

特にリサベルは足がプルプルとしていて、フラフラの状態である。

それぞれが分かれて部屋に戻っていくが、足取りは重く、とても良い状況だとは言えなかった。

(初めて寮に来た頃が懐かしいわね………)

寮の部屋を開けても、ピーちゃんもマリエルもいない。

この部屋で1人きりは初めてのことだった。

寂しいと感じつつも、着替えを済ませていく。

疲れて思考が働かないが、無意識にミモザと自分を重ねてしまっていたのだ。

(わたしもアリス殿下に止められるのかしら…………。でもどんな状況でもロイド殿下のところに必ず行くのは変わらないわ。多分ロイド殿下もそれが分かっているから時間稼ぎをしたんでしょうし、今も連絡をしてくる事もない。…………って、ちょっと酷くない!?)

考えているうちに、連絡もよこさない婚約者に段々と腹が立って来ていた。

程よく遠くの安全な場所へと送って、それきりである。

アリシアから連絡を入れる事はしていない。

状況を考えれば、こちらからの連絡に出る事はないと分かっているからだ。

「会ったら一言文句を言っておかなくちゃ!ピーちゃんも同罪なんだから!」

そう考えるとお腹が空いて来た。

「そろそろ行かなくちゃね。みんな待っているかしら?」

部屋を出て食堂まで歩いていくと、食堂が騒がしい。

生徒が少ないのに入り口から誰も入ろうとしないのである。

(…………まだ食堂が開いてない?いや、もうとっくに開いてる時間のはずだけど………)

そう考えながら中を覗き込んだときである。

思いもしない人物から声をかけられてのだ。

「ごきげんよう、アリシアお姉様。長旅お疲れ様でした。」

そこには物々しい護衛に囲まれた状態で食堂の席に座るアリスがいたのだった。

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