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リサベルの苦悩

「じゃあ行きましょう!」

ミモザが先頭に立ち、勢いよく突き進んでいく。

今回は速度に重点を置き、ホルスではなく騎竜での移動を選択した。

騎竜は学園の授業でも一応は扱いを習うのだが、貴族科はホルスの扱いしか学ばないため、シェリルはアリシアの後ろへと乗っている。

シェリルがアリシアの後ろに乗っている理由は、ミモザは先頭を突っ走る無謀な乗り方をするタイプであり、リサベルにいたっては単純に下手と言う理由である。

前日に騎乗練習をしたとき、ミモザは障害物を飛び越えたりする一方で、リサベルは蛇行を繰り返していたのだ。

その様子を見たシェリルは、何も言わずにアリシアの後ろを選択したのである。


颯爽と走る騎竜は、さすがと言うレベルで速い。

騎竜が流して走るだけでも、ホルスよりも圧倒的にスピードが出ている。

難点は馬車のような荷車を引くとなると、サスペンションがない状態に木のタイヤ、さらには道がでこぼこな所が多い状態のため、数キロ走った所で大破してしまう点だろう。

アリシアはこの騎竜の速さを知ってから、荷車の耐久性を上げられるだけの研究を行ってきていた。

ただ、物理的な構造に関しては意外と無知なアリシアでは難しい点も多く、学院の構造建築を教える教師の力を借りて、共同研究をしている。

(バウワ達のゴムが揃えば、騎竜でも十分荷車を引けるはず!実装されれば流通速度が遥かに上がるわ!そこに【冷却のスクロール】が合わされば、内陸でも新鮮な海の幸が堪能できると言うわけよ!)

ここまでアリシアを借り立たせたのは、寿司や刺身が食べたいと言う一点である。

以前ブラッド領にある山間部で山わさびを発見して以来、寿司に憧れているのだ。

だが鮮度の問題が大きい上に、魔法の弱体化が立ちはだかったのである。

生の魚には言わずと知れたアニサキスがいる可能性があり、一度冷凍して殺す必要がある。

500年前であれば魔法を使える者が多かったこともあり、それなりに冷凍した状態で運ばれてくる魚があったのだが、それだけ強い魔法が使える魔法師が魚の運搬を請け負うことは稀で、そのうち廃れてしまったのだろう。

そうなると魚は干物しか流通しなくなり、焼きしか調理方法がなくなってしまったのであった。

フィーリアとして生きていたときは、海の街サザンドラであったため、まさか内陸でこんなに苦労するとは知らなかったのである。

もう一つ加えると、500年前に改善した点が廃れている部分もあり、アリシアとしては苦虫を噛む思いなのであった。

そんなことを思い浮かべながら騎竜に乗っていると、シェリルが気付いて声をかけてきた。

「どうしたの?1人でコロコロと表情を変えて…………怖いわ………」

シェリルが引き気味である事に気づいて少し恥ずかしい。

せっかくの長旅でもあるので、話題としてシェリルにも事情を伝える事にしたのである。

話を聞いたシェリルは、アリシアの顔芸の理由に納得してくれた様子だった。

「なるほどねぇ……………そう言えば、この間アリシアが出していた“輪ゴム”の課題はクリアしたわよ!」

「本当!!じゃあその応用で色々できるかもしれないわね。」

アリシアはホクホク顔だが、シェリルにはさっぱりである。

「ねぇ。あの輪ゴムがそんなに重要とは思えないんだけど?目標は車輪に付けるタイヤ?だったわよね。あの輪ゴムを巻き付ける気!?」

「そうじゃないわ。それにあのままじゃダメね。ゴムは構造上劣化しやすいのよ。劣化してしまえば弾性が低下するし、ひび割れてしまうの。」

「……………その話の通りなら、あのゴムでタイヤなんて無理なんじゃない?」

シェリルは不安げにアリシアを見ている。

ドワーフ一族とロゴス領の大量の予算を注ぎ込んだ事業のはずだが、これではとん挫してしまうからだ。

だがアリシアはにこりと微笑む。

「ゴムの劣化は分子の構造上にあるの。酸素によって二重結合が切れてしまう事で弾性力を失うのよ。あとは熱に弱いと言う事かしら。欲を言えば摩耗性も向上させたいわね!でも原因はわかっているのよ。それに天然ゴムが作れれば色々な商品ができるわ。」

そんな話をされた所でシェリルは笑えない。

むしろ不安が増えたくらいである。

「本当に大丈夫?お祖父様にかなりの予算を出してもらってしまったわ。それにドワーフ達もそこの収入をかなり期待しているみたいだし、コケることは許されないのよ?」

「それは大丈夫よ。ゴムって至る所に使えるのよ?例えば衣服の腰に巻く様につければベルト要らずだし、靴底に付ければクッション性が向上する。輪ゴムは日常で活躍する消耗品よ。あとは……………」

「ちょっと待って!そんなに活用例があるなら後でリストアップしてちょうだい!」

シェリルはその活用例を聞いて作ってみたいと考えたのだ。

これまでは荷車の車輪に付けると言った高級品的扱いを考えていたのだが、アリシアの言葉から庶民向けの商品のあり方を聞いてやる気に火がついたのである。

そもそもアリシアは生ゴム製品は消耗品という認識が強く、本来であれば合成ゴムで作るタイヤなどを生ゴムから作るには、魔法が必要不可欠だと考えている。

運良く石油が見つかったとしても、そこから物質を分離したり合成したりするのは現実的ではないと考えているからである。

その点魔法であれば構造を“固定”する方法を考えるだけで良いと言う単純な考えであった。

(まぁ………その“固定”の方法が分からなくて先送りになってるんだけどね…………)

シェリルの不安を煽る訳にもいかず、アリシアは口を紡ぐのだった。



騎竜の速度は驚くほどに速く、予定の宿泊場所に到着したときには、まだ日が傾き始めた頃であった。

「もう少し進んでおきたいけど、騎竜(この子)達を休ませんくちゃいけないから、予定通りで行きましょう。」

案内役はリサベルである。

今回のリサベルは、アリスから直接命を受けた立場であり、アリシア達を迎えに行くという任を任されている。

今までに“チームアリス”に参加した実績はないが、アリスがリサベルを頼ったという事からも信頼の高さが伺えた。

予定してあった宿に着くと、ジルコニウムで泊まった宿に比べてあまりにも上級な設備や対応に体が付いていかない感覚に襲われる。

ジルコニウム帝国では庶民が利用する宿泊施設を利用していた事もあり、貴族用のホテルは逆に気を使ってしまい休まらない気分なのだ。

ジルコニウム帝国に貴族用の宿泊施設が無いわけではないが、アリシア達が通ってきたルートは何もない農地ばかりだったため、庶民的な宿に泊まるしかなかったのである。

しかしアリシアとしては、王都にあるブラッド邸《借家》に比べれば綺麗で使い勝手がいいために気に入っていた。

「…………立派なホテルね。こんな所泊まったことがないわよ。」

ついアリシアが言葉を漏らすと、ミモザとシェリルが驚いた顔をする。

「嘘でしょ!?今まで社交界とかどうしていたのよ!?」

「…………一応王都にもブラッド家の邸があるのよ…………借家だけど……」

その話に2人がさらに驚いているが、リサベルには驚いた様子はない。

「それくらい普通でしょう?ローダンセ家も同じ様なもんよ。王都の邸で着付けてそのまま王城に向かうの。侯爵家って言っても、うちは貧乏ですからね〜………」

ミモザとシェリルが驚いているには訳がある。

王家が主催する様な大きな社交界ともなれば、上から下まで完璧な装いで向かうことが家のアピールにも繋がる。

そこで貴族の多くは高級ホテルに泊まり、前日のエステから当日の着付けや整髪までをホテル在中のスタイリストに任せているという訳である。

家に呼びつけるとなると、お金が掛かる上に不公平がない様にと予約順にされてしまう。

プライドの高い上級貴族からすれば、自分よりも身分の低い者が先にいる事が我慢ならないのだ。

その点ホテルでの着付けであれば、1人で同時に何人も施術が可能なため、今ではそれが常識とまで広まっていたのであった。

しかしアリシアとリサベルはその慣例から外れている。

アリシアの様な子爵家ならともかく、リサベルは貧乏と言えど侯爵家である。

「うちは見栄とか難しいくらいお金がなかったのよ。本来領地運営がしっかりこなせてこその貴族でしょ?領民優先で自分達の事は二の次だったから、そうゆうしきたりみたいな物もお金が掛かる事は却下なのよ。」

そう話すリサベルの顔は悲しそうではない。

むしろ誇らしいと言った様子である。

さらにアリシアも負けてはいなかった。

「分かる分かる!うちも大半がリンゴ農家だったから、その年によって収入もかなり変わっちゃうのよ。豊作でも備蓄したりして領民が不安を感じない様にしているの。そもそも王都では騎士団長って立場でいるお父様だけど、領地では気さくな農家よ?」

その話を聞いて、ミモザとシェリルはさらに驚いている。

自分の保身に走る貴族が一般的であり、領民ファーストを本気で考えて自分の身を削る貴族など聞いた事がなかったからだ。

2人はブラッド領やローダンセ領に行ったことがなかったが、領主が領民に混じって仕事をするなど考えられなかったのである。

「立派なのね。ご自慢の家族なのでしょう?」

シェリルがそう話すと、アリシアとリサベルは顔を合わせて照れている。

だが、思い出した様にこう付け加えたのだ。

「で・も!うちはお父様は娘に仕事を任せすぎですわ!王宮での仕事の収入が無いと養えないからと言っても、国家事業である騎竜場建設のなんやかんやを全部わたしに押し付けたのよ!?しかもそんなことしているから婚約者探しも進まなかったのに、『婚約者はまだ見つからないかい?』とかどう言う了見よ!」

「うちだってそうだよ!跡取りがいないからって剣術を教えて鍛えていたはずなのに、サーズが生まれたら今度は『剣を置いて婚約者を探せ』よ!?剣は好きでやってるんだから取り上げる必要なんて最初からなかったじゃ無い!」

これまで抑圧された不満が爆発して愚痴り合いに発展したのだ。

ミモザはその様子を面白がっているせいで、シェリルは久しぶりにツッコミ役になるしか無いのであった。

「せっかく…………せっかく良い話だったのに台無しよー!!!!」



翌日も騎竜は颯爽と走り出し、途中で休憩を挟んで突き進んでいく。

シアがいないのは物足りなかったが、久しぶりの交流を楽しむかの様な気ままな旅であった。

3日間のサザンドラー王都間の旅が終わろうかと言うタイミングで、先頭で常に走っていたミモザが横に並んでくる。

「………どうしたの?」

「………ちょっと休憩しない?」

ミモザのどこか自信のない声に、近くに見えた河原で休憩することにした。

王都へと近づくにつれて、ミモザの気分が徐々に沈んでいく様子に、誰もが気付いていた。

騎竜が美味しそうに川の水を飲んでいる横で、アリシア達は湯を沸かしてお茶を淹れる準備をしている。

チラチラとミモザの顔を見ているが、俯き気味で表情までは読めなかった。

こう言うときに頼りになるのはシェリルである。

姉御肌の世話焼きを今こそ発動して欲しい!

そうリサベルとアリシアは期待の眼差しをシェリルに向けるのだが、シェリルは首を横に振ったのだ。

「何を言いたいのか分からないけど、きっとすでに決めている事よ。ただそれを打ち明けるには、きっと勇気がいることなのよ。待ってあげましょう!ミモザが話してくれるまでね。」

どこか息苦しさを感じていたアリシアとリサベルだったが、シェリルのその言葉で気分が楽になった様だった。

「さすがお姉ちゃんね!」

「頼りになるわ〜」

「わたしは同い年よ!」

楽しそうにお茶を淹れる3人だったが、ミモザは浮かない表情のままである。

差し出されてお茶を前にしても、どこか落ち着かない様子で切り出すタイミングを伺っているようだった。

アリシアとリサベルは、今が『話してくれるタイミング』だと察知し、再度シェリルを熱い眼差しで見つめたのである。

その視線にため息をつきつつも、シェリルが声をかけてそっとミモザの背中を押したのであった。

「ミモザ。わたしたちの間では遠慮はなしよ。」

シェリルのその言葉に、ミモザは急に頭を下げたのである。

「お願いがあるの!」

「……お願い?」

ミモザは頭を下げたままである。

「このまま王都へと行けば、わたしはアリス様の護衛騎士として後方の診療所に就くことになるわ……………。でも本音はロイ様の元に駆けつけたい。職務放棄もいいところよ……。でも…………役に立たなくてもそばにいたいの!バカなことを言っているとは思うわ。きっと護衛騎士もクビになる。でも……最後くらいは自分の意思であの人の隣に立ちたいの!」

このまま王都に着けば、聖女シアと共に診療所に行くことになる。

今回の指示役がアリスであることを考えれば、聖女を伴ってアリスも行くことになるだろう。

ミモザが王女の専属護衛騎士である以上、何があってもアリスを優先して護衛しなければならない。

ミモザの願いが叶うことがないのは明白であり、そのために護衛騎士を辞してまでオンリーの元へと行きたいと言っているのである。

「流石に考えすぎじゃない?アリス殿下はミモザを切ったりはしないわよ。………多分。」

アリシアがそうフォローをするが、シェリルとリサベルはそれを聞いても同意はしなかった。

「………………アリシア、それは無理よ。そもそも幼い王女が戦場に立つ事が異例よ。そんな場所に自分の騎士が不在だなんて考えられないでしょう。」

「わたくしも同意見です。アリス様の寛大な御心があったとしても、自身の騎士が自分を差し置いて前線に立つなど許されることではないわ。」

シェリルとリサベルの厳しい表情から、自分の甘さを思い知った。

いつもみんなの前でニコニコしているアリスではあるが、仕事となれば話は別である。

前回はオンリーの死が見えていたからこそ、オンリーにミモザを譲ったに過ぎない。

しかし今回は状況から鑑みても許可を出せないだろう。

それに王女が許しても、騎士側が許すわけがない。

つまり、ミモザの願いを叶えるならば、騎士を辞して向かう他ないのである。

アリスから直接指示を受けて来ているリサベルが、首を捻りながら自身の状況を説明する。

「アリス様がどう考えているかは分からないわ。正直、わたしが呼ばれた理由もいまいち理解していないのよ。確かにカカン山脈での事は援軍が必要な状況ではあると思うけど、わたしの任務は“アリシアとミモザを王都へ連れてくる”と言うものなのよ。それ以降は何の指示も受けていないわ。」

リサベルが言いたい事はわかる。

リサベルの魔法があれば、戦場を有利に進めるだろう。

しかしその指示は受けていないのだから、リサベルは王都までと言うことになるだろう。

もちろん王都に着いた時点で聖女への動向を命じる可能性もあるが、それは考えずらい。

リサベルの魔法は規模が大きいものが多く、護衛向きではないからだ。

わざわざリサベルをあの魔物の大群制圧に駆り出したことを考えれば、アリスがそれを知らないはずはない。

では、アリシアはどうだろうか?

ミモザと共に王都に呼ばれたまでは一緒だが、アリシアはアリスの護衛騎士ではない。

つまりはリサベル同様に、王都までなのだろう。

しかしアリシアが戦場に行かないわけがないとアリスも理解している。

今までのアリスなら、何としてでもアリシアが戦場に行くのを阻止するように動くはずなのだ。

しかしアリスからは何の指示も今のところ受けてはいない。

何度もスクロールを通じて連絡をしてきているにも関わらずに………である。

「………アリス殿下は必ずアリシアを第一優先にするはずよ。今までもそうだったもの………。早くからお姉様と呼んで慕っていた事を考えれば、今回もそうするはずよ。」

シェリルがそう話す内容は、誰もが納得の言葉である。

だがそこには“何故”が付きまとう。

「アリシアは心当たりはないの?あそこまで慕われている理由があると思うんだけど………」

「理由と言われても…………8歳のときに初めて連れて行かれた王宮で行われた社交界で、ネコを見つけて助けたのよ。そしたら後日殿下方にお茶会に誘われて…………でもそのときは今みたいな感じじゃなくて、普通に仲の良い友人みたいな感じだったような…………」

一生懸命思い出そうとしてみるが、どう考えても当時“お姉様”と呼ばれた記憶がない。

むしろ呼び捨てだった記憶がある。

では一体いつからアリスはアリシアにここまで固執するようになったのだろうか?

様々議論を続けるが、その答えを見つける事はできないのである。

ミモザの話からだいぶ逸れた事に気がついたシェリルが手をパンパンと叩いた。

「少しの休憩の予定が長居してしまったわ。あと一息頑張りましょう!謎は後でアリス様に直接お聞きすれば良いわ。………ミモザも!自分の気持ちをを押し殺したまま護衛騎士を続ける事にはわたしも反対よ。アリス様に不義理だわ。でも、アリス様はその事にもすでに気付いているはずよ。だからしっかりと自分の口でアリス様へ報告しなさい!」

シェリルはやはり委員長のようである。

曲者揃いのメンバーを、しっかりとまとめ上げるのだ。

たまたま寮で話しかけられた間柄ではあるが、いつの間にか深い友情と信頼関係で繋がっているのだと再認識したのである。

アリシアが騎竜にまたがり、シェリルを引き上げてから礼を告げる。

「シェリルありがとう。あのとき寮でわたしに声をかけてくれて。まったく知らない田舎娘のわたしを引き入れてくれてよかった。」

アリシアがにっこりと微笑んだそのときである。

シェリルはどこか気まずそうな表情をしているのだ。

「……………シェリル?」

アリシアはそんなシェリルの表情に一抹の不安を感じてしまった。

声をかけて来た事自体に理由があった?

誰かからかの指示?

そんな不安そうなアリシアの表情を見たシェリルが口を開いたのだ。

「アリシアの事は、わたしは知っていたのよ……………。あのとき出会う、ずっと前から……」

アリシアとの接触は仕組まれたものだった?

チームシェリル結成の話が今語られる。


是非次回もよろしくお願いします。

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