第二百五十一話
◇◇◇頼信◇◇◇
それができれば苦労はしない、ということがたくさんある。
けれどもしもそんなことを自由に実現できたとすれば、人々はこう言うだろう。
魔法だ、と。
浜辺で計画を思いついたというクルルは、ヨークンにその計画を伝えていた。
自分はその計画に反対しなかったというより、言葉がなかったというほうが近い。
けれどヨークンがいつもの飄々とした様子で、いいんじゃないか? と言った直後、クルルは止める間もなく軽い足取りで駆けだして、小屋の中で魔法をぶっ放した。
漁場の男たちは、多少こずるいところはあるとはいえ、別に悪人というわけでもないだろう。
それに彼らはこちらを上客と見なし、宴の準備までしてくれていた。
突然のことに顔を真っ青にして震え上がる様に、申し訳なさしかない。
おまけにその騒ぎに駆け付けたフローネは、諫めるどころか一枚噛ませろと目を輝かせている。
クルルはそのノリの良さに嬉しそうにして、フローネに計画を話していた。
さすが筋金入りの商人の家系に生まれたフローネは、すぐに要点を掴んでいた。
それから計画の足りないところを二、三、補うと、すぐに次の目的地を告げた。
クルルは賛成、ヨークンも賛成なら、自分が反対したところで無理だろうし、ずっと顔が苦い理由があった。
クルルの思いついた計画は、確かに、成立するだろうと思うのだから。
おまけに現地勢力のフローネまで大いに乗り気なのだ。
哀れな漁場の男を引きずるようにして、クルルたちは次なる目的地へとすぐに出発した。
いつもと変わらぬ静かな夜を迎えていたその町は、夜闇の中にいきなり現れた魔法使いたちを見て、地獄からの使いに見えたのではなかろうか。
「色々と癪なことはあると理解できるが、乗ったほうが得だよ。ザーボロ伯爵殿」
フローネの楽しそうな物言いに、あの漁場の持ち主であるザーボロ伯爵とやらは、口を引き結び、まったく似合っていないカイゼル髭を荒い鼻息で揺らしていた。
「言っておくが、誰かに助けを求めたところで無駄だ。宮廷魔法使い殿は助けに来ない。とっくにこの人らに打ち取られて、うちの屋敷でうずくまってるからね。それに属州内の冒険者たちだって、大半を買収済みだ。私がアズリア属州の件で冒険者たちをかき集めていたのは知ってるだろう?」
詐欺師が完全な嘘をつくことはまれで、真実を織り込むことで説得力を高めるものだ。
フローネの口上も大体そんな感じで、宮廷魔法使いのルベールが複数の魔法使いを連れてアズリア属州に乗り込んだ話は、このザーボロ伯爵も噂で耳にしていたはず。
だから真実を知りようもないザーボロ伯爵は、フローネの言葉を信じるほかなくて、脂汗を滝のように流していた。
漁場の男たちを震え上がらせた後、自分たちが向かったのは、内陸部に少し入ったところにある町の、ザーボロ伯爵の屋敷だった。
ノックすらせずいきなり扉を吹き飛ばし、夜のひと時を配下の者たちと楽しんでいた哀れな伯爵殿を見つけるや否や、演技派のバダダムが今すぐにでも八つ裂きにしそうな形相で飛び掛かり、伯爵の胸倉を掴んで持ち上げていた。
わけもわからず絶体絶命の窮地に陥った伯爵殿は、すっと現れた人物を見て、目を剥いた。
フローネによる侵略、とすぐに思っただろう。
「恨まないでおくれよ。うちもアマクを人質に取られていてね。この人らに逆らうという選択肢はないんだ」
そう言われたザーボロが、ますますカイゼル髭を鼻息で揺らしたのは、フローネの言葉と表情とが、まったくちぐはぐだったからだろう。
フローネは、心の底から楽しそうだった。
「冗談なんかじゃないさ。私は単純に、この人らの言うことを聞いて、逆らうより従ったほうが得だと判断しただけだ。私の目利きのほどは、ゾノフスの賑やかさを見ても明らかだろう? あんたもゾノフスの発展にかこつけて、ずいぶん稼いだはずだ」
フローネは話しながら、腰に提げていた剣を鞘ごと抜いた。
その剣の鞘で、足元に転がっていた銀の食器類をかんかんと叩く。
豊かな巻き毛と長身のフローネには、クルルとはまた違う迫力がある。
迫力というか、艶やかさがあった。
盗賊や海賊の女頭領のような立ち振る舞いに、クルルはなんだか目をきらきら輝かせている。
「私らについてくれば、今度は銀じゃなくて金の食器で大宴会さ。そして、この船に乗れる人数は限られている。あんたが断れば、私はこの人らをダログンドやバマーナの所に連れていくだけさね」
フローネの口にした名前に、バダダムの腕で持ち上げられているザーボロ伯爵が、足をばたばたさせた。
ひょろ長い体型だとはいえ、大の大人を腕一本で持ち上げているバダダムは、ザーボロがどれだけ暴れてもまったくびくともしない。
恐るべき体幹の強さであり、それはもちろん、単に飯をたくさん食べるだけで得られるものではないし、獣人として生まれつきの筋肉だけでも難しい芸当だ。
前衛としての訓練の合間に、筋トレマニアの健吾が近代的なトレーニングメニューを追加しているおかげだろう。
ヨークンやゲラリオ、それにゼゼクたちが教えられるのはあくまで戦術であり、戦いの中での立ち振る舞い方である。フィジカルの強化はなんとなくでしかない。
そこに近代科学で裏打ちされた筋力トレーニングを持ち込めば、鬼に金棒、異世界にチート知識だ。
ザーボロの屋敷にも雑用やらを兼ねた護衛の獣人がいたが、バダダムたちを見た途端、明らかに戦意を喪失していた。
「さあどうする、ザーボロ伯爵殿?」
フローネの再度の問いに、ザーボロは苦しげに呻き、ぎゅっと目をつむったのだった。




