第二百五十二話
フローネの再度の問いに苦しげに呻いたザーボロは、ぎゅっと目をつむってから、ようやくうなずいた。
「下ろしてやってくれ」
バダダムはすぐにザーボロを下ろす。
へたり込み、咳き込んだザーボロは、燃えるような目でフローネを睨み上げる。
自分などは少し離れていても、大人が見せる本気の怒りの色に腰が引けるのだが、フローネの笑みはますます強く、輝いていく。
「そんな顔しないでおくれよ。ちまちま話し合いなんかしてたら、私が殺されるんだ。気の短い奴らばっかりだからね」
しゃがみこんだフローネが、話しながら指で指し示すのは、バダダムであり、クルルだ。
ザーボロは咳き込み、まさに得体のしれない連中を見回してから、フローネに向けて言った。
「お、お前らに協力したところで、どうせ殺すんだろうが」
「あんたを殺すなら、他の奴らはもっと殺さないとならなくなる。この近辺で一番話が通じるのが、あんたなんだから」
ザーボロは表情を変えず、じっとフローネを睨みつけている。
「女の私が治めるゾノフスのために、曲がりなりにも魚を卸してくれたのは、あんただけだ。だから、手を組むならあんただってね」
なんとなくフローネの口ぶりからは、感謝よりも暗い感情が感じられた。きっとまともな取引ではなく、胃が痛むような交渉を経て、どうにかこうにか魚を仕入れていたのだろう。
それでも、魚を売ってくれるだけましというのは、ヴォーデン属州の話を聞いていると、そうなのだろうと思えてくる。
「なにを……げほっ、お前らは、一体、なにをするつもりなのだ」
「それはあちらさんから聞いておくれよ」
フローネがこちらを示してくるが、自分はクルルの陰に隠れて視線を逸らした。
クルルからは湿度の高い視線を向けられたが、この絵図を描いたのはクルルだし、楽しそうに承認したのはヨークンだ。
責任は彼らに取ってもらう。
自分は要するに……ちょっと拗ねていた。
この世界の野蛮さと、その野蛮さを平気な顔で蹴散らせる強さを持った、クルルたちに対し。
「これからルザード王家に乗り込んで、いくつかのことを要求する」
前に進み出たクルルが、大上段にザーボロを見下ろした。
「まず、私たちがここで好き勝手やるのを黙認すること」
「……」
ザーボロの沈黙には、すでに好き勝手やってるじゃないか、という文句が込められている。
意地悪なところのあるクルルは、その視線にあからさまに嬉しそうにして、外套の下の尻尾を揺らしていた。
「好き勝手ってのは、まあ、ほとんどは金儲けだけどな。手始めに漁場をやりたいんだ。お前の所のやつを売ってくれてもいいが、私たち、いや、このフローネが漁場を開くのを黙認してくれてもいい」
ザーボロは眉を互い違いにゆがめ、フローネを見る。
こちら側の要求と、今にも殺されるかもしれないという状況が、うまく釣り合わないのかもしれなかった。
これが侵略ならば、完全に成功している。
好き勝手にやりたいなら、なにもかもを奪った後でいくらでもやれる。
どうしてそうしないのか、というわけだ。
そんなザーボロの混乱を、この場で誰よりも理解しているであろうフローネが言った。
「もちろんあんたへの要求はそれだけじゃない。この人らはこのヴォーデンで好き勝手にやりたいが、ずっとここにいることはできないからね。私が代理をする。で、私だけだと大変そうだから、あんたにその手伝いをして欲しいってわけさ」
脂汗のシャワーを浴びたようなザーボロが、目に入る汗に顔をしかめながら、言った。
「ど、同盟ということか? だが、漁場? なんで漁場なんだ?」
「それを説明するには、大きな地図が必要になるんだけど」
フローネは肩をすくめてから、ザーボロと視線を合わせるためにしゃがみ込み、悪い笑顔を見せた。
「とにかく、この人らがやりたがってる商売は、間違いなく大成功する。信じられないくらいにね。手伝う私とあんたも大儲け。けど、そうなったら嫉妬深いドログンドたちが黙っちゃいないだろ? そういう面倒ごとを引き受けるのも、私たちの仕事なのさ」
「……だ、だが、ドログンドたちと戦になったら、私とお前の戦力では――」
ザーボロはそこまで言って、はっとした顔になっていた。
視線を向けたのは、バダダムであり、クルルだ。
フローネが、悪魔のようににんまり笑う。
「そう。私らの後ろには、この人たちがついてるんだ。ヴォーデン属州が丸ごと敵に回っても、勝てやしないよ。唯一、帝国本国が出てきたら面倒なんだが、それは私ら属州の人間にとっても望まないことだろ? それに、私らは単に商いをしているだけで、帝国の権威を傷つけているわけじゃない。だから帝国が出てくることはなく、つまり私らに敵はいない……」
フローネの説明に、ザーボロはごくりと喉仏を動かした。
「そ……それで、代理なのか? その、この者たちによる、征服ではなく?」
ザーボロがそう言って視線を向けたのは、クルルやヨークンだけでなく、バダダムやゼゼクもだ。
魔法使いの資質は見ただけではわからないが、獣人は違う。
一目で、彼我の戦力差を明らかにする。
「ご明察。これはアズリア属州による征服じゃない。あくまでも、ちょっと荒っぽい交易のための提携なのさ」
属州同士の戦いとなれば、間違いなく帝国の目を引いて、へたをすれば介入を招いてしまう。
けれどそれは現地の者たちにとっても望むところではない。
クルルはその辺りのこともきちんと踏まえて、計画の絵図を描いた。
絵図を描いたというか、自分が越えられないだろうと見なしていた障害物を、片っ端から蹴飛ばしていくことを提案した。
話を聞いたヨークンが、面白そうな顔で髭をぞりぞり撫でるほどに。
「まあ、あと、私もちょっと肝の冷える提案を、ルザード王家にするみたいなんだけどね」
フローネはそう言って、立ち上がった。
へたりこんだままのザーボロが、置いていかれる子供のような目をフローネに向けた。
まだこれ以上に恐ろしい話があるなどと、信じたくないかのように。
「あんたら、本気なのかい?」
フローネの問いは、先にクルルに向けて。
それから、渋々ながらクルルの計画を承認した、自分に向けて。
「ああ、本気だとも」
クルルが、いつになく浮き浮きした口調で言った。
「フローネ、私たちがあんたを、ヴォーデン属州で最大の、それから唯一の奴隷商にする」
フローネは肩をすくめ、ザーボロに向き直る。
「だってさ」
ザーボロが口をあんぐりと開け、クルルを見つめている。
そのクルルは、フローネの姉妹みたいに言った。
「文句を言う奴らは、私たちが相手をする。私たちの商売を邪魔する連中にも、私たちが相手をする。奴隷の扱い方も、奴隷の買い付けも、売却も、全部私たちが取り仕切る」
自分が頭を悩ませていた奴隷を巡る問題の、想像もしなかった解決法だ。
うまく、綺麗に、パズルを消すみたいな方法は、存在しなかった。
仮に方法が思いついても、どれも問題含みで、厄介な物ばかりだった。
だが、こちらには魔法がある。
まさに魔法のように問題を解決してしまう、圧倒的な戦力がある。
そして魔法とは何だったか。
エントロピーを好き勝手にいじくる謎技術と定義したのではなかったか?
だとしたら、経済は根底にエントロピーの法則が横たわるから……なんていうのは、泣き言に過ぎないのだ。
なぜなら、魔法使いとはそもそも、そのエントロピーの法則を足蹴にするのだから。
つまり伝説の魔法使いドラステルの格好が好きな猫娘は、こう考えたわけだ。
奴隷を買っていたら価格が上がり、価格が上がると減らしたいと望んでいた奴隷の供給が増えてしまうが、問題ないと。
しかも価格はいつか高くなりすぎて、そのうち買えなくなってしまうだろうが、それも問題ないと。
なんならヴォーデン属州内で奴隷を買って、儲かったら解放してなんてことをやり、その評判を聞いた奴隷獣人たちが殺到したとしても、問題ないと。
全部、全部、問題ないと。
逃げ込んでくるなら買う手間が省けるし、値段がどれだけ上がろうとも困らない。
そういうのは全部、真面目に商売する奴らの話だろうから、と。
ぽかんとするこちらに、翠色の目を細めた猫姫は言った。
奴隷の商売を、独占すればいいんだよ。
自分の受けた衝撃を、どう表現したらいいだろうか。
きっと合成魔石を見せられたクルルやゲラリオは、こんな感じだったに違いない。
需要が増えれば価格が上がり、さらに供給も増えてしまうという、経済の大原則。
それは資本主義の先進国からきた自分に沁み込んだ、疑いようのない常識だった。
だが。
だが、だ。
独占禁止法や、反トラスト法がどうして存在するのだったか?
それはまさに、独占によって、需要と供給の法則が破壊されるからだった!
「文句がある奴は、ルザード王家に言えばいい。すぐに私たちがやってくる」
「ルザード王家は、この人らに向けた奴隷取引の特権状を振りだすってわけさ。今後奴隷売買は私とこの人らが独占するから、引き続き奴隷売買に携わりたい者は、こっちの方針に従うべしってね」
「そ、んなこと――」
できないと誰もが思う。自分も思った。
だが、できてしまうのだ。
こちらには、それだけの戦力があるのだから。
わざわざルザード王家にそんな特権状を振り出させるのは、これがあくまでヴォーデン属州内の商いを巡るいざこざだ、という外面を整えるためだった。
決して奴隷解放だとか、領地の占領だとか、その手の不穏なことが目標なのではないと世間に示すのだ。
大事なポイントは、たまたまこの独占的な奴隷商が、気まぐれで商品の奴隷を解放したり、買い入れた奴隷たちの扱いを良くしたり、新しい奴隷の仕入れに熱心じゃなくなったりするところだ。
またこの奴隷商はちょっと強欲すぎるので、自分たち以外の奴らが奴隷売買をするのを絶対に許さないだけなのだ。
そのための、ルザード王家から得る、奴隷取引独占の特権状だ。
自分たちの定めたルールから外れる奴隷商は、この特権に従って叩きのめすことができる。
たとえば奴隷の扱いが悪いとか、きちんと給与を支払わないとか、奴隷が奴隷身分から解放されるために自分自身を買うことを妨げるとか、無理やりどこかの村から獣人を奴隷として攫ってくるだとか、その手のことをする連中を、こちらのルールに従わせるのだ。
これは商いのやり方の強制であって、なにか思想的なあれではない。
そしてこの手の商いの強制は、この世界では珍しいことではない。
単に、規模が桁違いなだけで。
こうして、この世界のルールに従ったうえで、ヴォーデン属州から劣悪な奴隷売買を消滅させられることができる。めでたしめでたし。
力こそパワーの、発想だった。
「どうだい? この人らの代理代表はこの私。今なら、奴隷商売だけじゃない。この人らは帝国の大商会もたまげるような海洋交易を構築する絵図を描いている。そこに協力してくれる沿岸の領主様を探しているんだけどね?」
自分は、フローネとクルルを見上げるザーボロに、はっきりと同情した。
浜辺で自分の腕を引くクルルが目を輝かせて計画を語り、ヨークンが笑う時、まったく同じような気持ちだったから。
バダダムやゼゼクたちも聞き耳を立て、態度に出すことこそなかったが、明らかに賛同しているのが気配からわかった。
ついていけないのは自分だけ。
いや、正直なことを言うと、頭のどこかではうまくいくだろうとわかっていた。
ついていけないのは、自分のちっぽけな常識のせいだった。
でも、この世界で生まれ、暮らす者たちには、彼らなりの常識がある。
そして彼らには、どうすべきかなど明白だったのだ。
特に自分の横で話をじっと聞いていた、聡明にして強大な魔法使いの少女には。
それからその話を聞いた、かつてそんな少女であったろう女傑には。
「ほら」
フローネは、ザーボロに手を差し出した。
まるでクルルが自分にしたように。
ザーボロはその手を見て、目を閉じ、ぐっとうつむいた。
色々な思いがあったはずだが、そこはさすが領主だった。
「本当に黄金の食器が買えるようになるんだろうな」
フローネの手を握ったザーボロは、勢いよく立ち上がる。
「魔石を湯水のように使える人たちだよ。金の食器どころか、この隙間風だらけの屋敷もぴかぴかの帝国様式に建て替えられるさ」
「伝統の屋敷を侮辱するな!」
ザーボロはそう言ってから、乱れた服を直し、髪を整え、最後に咳払いをした。
「だが、二軒目の屋敷には、帝国様式を採用するのも悪くないかもしれん」
ザーボロは帝国の階位をまねて、伯爵を名乗っている。
どうしてこのザーボロが、おそらくあらゆる領主から断られていたであろうフローネの頼みを聞き入れ、ゾノフスに魚を卸しているのかが、理解できた気がする。
商いの源泉とは、未知のものへのあこがれなのだから。
「それと、ルザード王家に乗り込むと言ったな? その時には、同席させてもらえるんだろうな?」
ザーボロの言葉に、クルルはきょとんとして、それからこちらを見る。
自分がフローネを見ると、フローネは肩をすくめた。
「みんなそれぞれ、腹に一物あるものなのさ」
ルザード王家の面々が魔法で吹き飛ばされ、顔を真っ青にさせる様を見たいということか。
クルルは唇を片方だけ釣り上げて笑い、こちらの肩に、その華奢な肩をぶつけてくる。
「ほらな? お前は少し、お行儀が良すぎるんだよ」
「……」
「ヤリたいことを、好きにヤッたらいいんだ」
そんなことをして、なにかあったら……。
そう思うのは、まさに小市民の発想なのだろう。
それに品行方正にしたところで、この世界が自分たちに優しくなるわけではない。
もちろん野放図に力を行使するわけにはいかないが、それを制限しすぎるのもまた、正しいことではない。
それに、クルルやヨークンたちの判断力が、自分より劣るなんていうこともあるまい。
ただ、やっぱりどこか悔しくて、自分はせめてもの反撃として、こう言った。
「だんだん言い方が、ゲラリオさんに似てきましたね」
ヨークンが噴き出し、バダダムが顔を背けた。
ぽかんとしていたクルルは、急に顔を赤くして目を見開き、歯を食いしばってこちらの肩を殴ってきた。
フローネとザーボロが何事かと目を丸くしていたが、クルルの猛攻が緩んだところで、その細い手首を掴む。
漁場を見た自分の分析を聞き、解決法はないという結論を聞いたクルルは、この世界の常識を用いて問題を解釈し直した。
そして、物騒な武器を持ち出した。
でもクルルは、もう何度もその武器で危機を切り抜けてきている。
ノドンを倒せたのだって、自分一人の手柄ではなかった。
だから、両腕を掴んで、こう言ったのだ。
「……お任せしましたよ」
クルルは一瞬目を見開き、嫌そうに顔をしかめていたが、それは今の今まで怒っていたのに急に笑顔にはなれないという、見栄と葛藤によるものだろう。
ただ、こちらに掴まれていた腕を振りほどくと、言った。
「任せろ」
頼りになる仲間がたくさんいる。
ならば自分がやるべきなのは、懸念ばかり口にして、皆の足を止めることではない。
完璧ではないからと、解決の可能性を潰すことではない。
ましてや、自分には怖くて取れない選択肢を、ひょいと選んでしまえるクルルたちの強さに拗ねている場合ではもっとない。
自分にやるべきことがあるとすれば、宰相らしく、バランスを取ることだ。
「仕方ないので、今回の件はクルルさんたちにお任せします。ですが、ひとつ譲れないことがあります」
「?」
振りほどかれていたクルルの腕を再度引っ張り、屋敷の入り口を振り向かせた。
「まずは後片付けです。皆さんの夕食を台無しにしたんですから」
力の行使を許容することと、傍若無人な振る舞いを許容することは違う。
それはこの世界の常識とは異なるかもしれないが、この原則は物理法則のようなものだと信じている。
フローネが笑い、被害者たるザーボロさえ、ぽかんとしていた。
バダダムが早速腕まくりをして、壁にめりこんでいた扉を引き抜きにかかる。
クルルはものすごく不服そうだったが、自分が率先して床に膝をつき、殴りこんだ際にひっくり返した飲み物やら食べ物を拾い集め始めたら、ため息をついてから手伝い始めた。
フローネもザーボロに代わって屋敷の下男や下女に指示を出し、てきぱきと片づけを指揮していく。
屋敷の扉を魔法で吹き飛ばし、無理難題を飲み込ませてきた侵入者らしくない様に、ザーボロは最後まで理解不能という顔をしていた。
でも、こうしている間は、きっと大丈夫なのだ。
手の甲で汗をぬぐい、雑巾を絞った自分は、割れた食器の欠片を掃き集めていたゼゼクとヨークンの後ろを通りがかり際に、こう言った。
「自分はジレーヌ領を、この先もずっとこんな感じにしたいと思っています」
「……」
いつもどこかうっすら微笑んでいるヨークンの顔から、はっきりと笑みが消えた。
けれど相棒のゼゼクのほうは、逆にいつもの無表情を消して、笑っていた。
「ヨークンさんたちの価値観と、それほどずれているとは思いません。ですから……」
ヨークンがゼゼクと共に、色々こちらを監視し、盗み聞きしているのはなんとなくわかっていたし、クルルからはっきり教えられてもいた。
ゲラリオから請われたとはいえ、彼らからすればこちらがどういう連中なのかは未知数だ。
口でなんと言ったって、この世界の貴族たちの言葉は常にいい加減で、空虚な物だったろうから。
信用してもらうには行動で示すほかなく、今の自分の手には、絞られた雑巾がある。
「ですから、これからも皆さんの力を借りたいです」
一応掌を服で拭いて、差し出した。
ヨークンはこちらの手を見て、それから、大きく息を吐いて肩を落として頭を掻いた。
先にこちらの手を掴んだのは、毛むくじゃらの大きな獣の手だった。
『ワレは話に乗ろう』
「あ、おい、この野郎」
ヨークンの文句などどこ吹く風。
ゼゼクは一見不気味にも見える笑顔を見せ、後片付けに戻る。
機先を制されたヨークンは、少しだけばつが悪そうに、こちらを見た。
「ゲラリオの野郎は、情に厚すぎるからな。騙されていないにしても、目が曇ってる可能性がある」
そう言ってから、こちらの手を掴んできた。
ちょっと痛いくらいに。
「ま、俺の目も半分しか見えてないから、どうだかわからんがね」
眼帯を触りながらそんな憎まれ口を言って、にやりと笑う。
ヨークンは最後にもう一度ぎゅっとこちらの手を握り、ゼゼクがごみ捨てに行くのを手伝いに行った。
仲良さそうに歩いていく二人を見て、自分は自然と笑っていた。
「なにをにやにやしてるんだ?」
そこに後ろから声をかけられ、振り返る。
「これからのことが楽しみだなって思ったんですよ」
「へえ、少しは腹が決まったか?」
楽しそうにするクルルは、きっとルザード王家に乗り込む話をしていると思ったのだろう。
夜が明けたらなにも知らないルザード王家に乗り込んで、無理難題をねじ込みに行く。
その足で主だった奴隷商たちのところに向かい、ルザード王の名の下に奴隷商はすべてフローネの許可を得て営業すべきことを宣言しに行く。
そしてフローネを通じ、奴隷の取り扱い方法を定め、新規の奴隷買取や、特に捕獲についても規制を課す。
これは当然守られる保証などなく、間違いなく破られるだろうし、そもそもヴォーデンに散らばっている奴隷商たち全員に通告すること自体が容易ではない。
だが、それで構わないのだ。
要は、違反を発見次第、叩きのめせる大義名分があればいいのだから。
そのための戦力も、自分はいつまでもクルルやヨークンがヴォーデンにいるわけにはいかないと思ったのだが、ルベールの連れていた冒険者たちを使えばいいとあっさり言われた。
カネさえ払えば、という言い方などしなくても、きっと力を貸してくれるだろうから。
こうして睨みを利かし続けていれば、奴隷商売はやがて割に合わないとみなされ、下火になっていく。
もちろん、商いを自由にやれなくなる奴隷商たちのため、こちらで新しい商いを用意することも忘れない。
大交易網を描いていく中で、労働力の配置転換は絶対に必要だから、彼らの奴隷商としての知識や経験は、人材派遣業者として役立ってくれるだろう。
自分たちが新しい漁場を開き、それを岩塩鉱山や石炭鉱山にも拡大していく中で、彼らに頼る場面がたくさんあるだろう。
こうして、完璧には解決しないだろうが、大まかには解決する。
魔法ですら物理法則を根本から書き換えられないのだから、この辺りで妥協すべきなのだ。
動くと思うからリリースしてみようぜ、と前の世界の起業家は言った。
かかっているものが違いすぎるので、そんなことでいいのかと自分は思うのだが、そんな心配をしているのは自分だけらしい。
ただ、このあたりを鑑みるに、自分がもしも鉱山で目覚めた後、ものすごい魔法の才能があったとしても、活用できなかったろうなと思う。
勇気と力を手に進む者たちの後ろで、たまに助言をするくらいが分相応。
自分がそんなことを思いながら、ごみを屋敷の下男に手渡した後のこと。
一緒に歩いていたクルルが、一仕事終えたとばかりに大きく伸びをしてから、言った。
「これでイーリア様の願いもかなえて、お前が必要としていたあれこれも手に入るな」
ヴォーデン属州はどこも乾いて寂しい感じの土地だが、夜空はものすごく綺麗だった。
その空を見上げていたクルルが、視線をこちらに戻す。
「で、次はなにを企んでるんだ?」
こちらを見る、大きくて綺麗な緑色の瞳。
自分はなんだか胸を締め付けられる。
それはクルルに対してか、それとも、このヴォーデンからジレーヌに送られてくる大量の資源の活用法を想像したためか。
ちょっと前に無理だと慄いたばかりの、高炉でさえ、もう次の話を進めたくなっている。
わからないが、つまるところどっちも同じなのだ。
なぜなら。
「次はですね――」
やるべきことはたくさんあって、立ち止まってはいられないから。
それに隣には、常にクルルがいて、助けてくれるのだろうから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。第七部(第十四章)はここで終わりです。
お話はまだ続きますが、書き貯めのため、しばらく更新が止まります。詳しくは活動報告をご覧ください。
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