01 "神隠し"を追って
燦々と照ったうららかな陽光は木々の隙間から瞼に柔く降り注ぎ、やや湿気混じりの樹木の香りが鼻を潤す。
鳥達は優雅にさえずり、時折訪れる萌木色の風は頬を撫で上げ何処へ抜けて。
鬱蒼と生い茂る森の中、切り株に腰掛けた青年は気持ち良さそうに空を仰いだ。
「やっぱり、森の中は癒されるなあ」
栗色の癖毛、群青のジャケットを羽織った青年が傍らに置いた剣の柄をいじりながらふう、と短く息を漏らした。
別に都市圏の環境が嫌いなわけではないが……列車の走行音や雑踏等が無く、澄んだ空気の広がる自然というのは随分心地が安らぐものだ。
「はは、僕も同感さソウマ。さて、もうしばらくここで休息を取っていくかい」
「いや、そろそろ行こうシンジ。ええと、確か今回の依頼は……」
深緑のベストに薄橙のスラックス、茶髪の青年──シンジが槍の穂先を研ぎながら、快活な笑みを浮かべソウマにそう尋ねたが、彼は首を振りながら鞄を探る。
少しの間唸りながら中身を漁って、ようやく取り出したのは丁寧に折り畳まれた一枚の紙だ。
広げれば、そこには拙いながらも一生懸命な字でこう記してある。『家族みんなで森でピクニックをしていたら、いつのまにか父がいなくなってしまいました……。父を見つけてください、お願いします!』と。そこからは氏名、住所、報酬が続いていく。
「オレ達はなんでも屋じゃあないんだけど……こんなの放っておけないよなあ」
困ったようにソウマが苦笑を浮かべるが……確かに彼の言うことはもっともだ。
二人が働いている企業『アウロラ・アソシエーション』……通称『極光社』、ではそれぞれの役割に応じて部門が別れている。
商品開発を担当する開発部、販売促進や売上の管理などを行う営業部など様々あるが……ソウマやシンジが務めているのは探索部門。未開の地や未知についてを究明する、お宝を求めるいわゆる探険活動が本分なのだ。
「そればかりはしかたあるまい。地道に成果を積み重ねて、大役を任される為に努力するしかないさ」
「分かってるよ。それに似たような依頼が他にもあるらしいし、放っておくわけにはいかないもんな」
彼らも胸踊る探険を夢見て極光社探索部門へ入ったのだが、現実はそう上手くはいかない。遠征に連れていかれるのはあくまで実力のある古株であり、個人規模での探険においても本人達の実力で制限が設けられている。
詳細は今は割愛するが、要は成果を上げて評価を得なければならない。そしてその方法が民間からの依頼をこなすことであり、こうしてソウマ達新米探検家は日夜励んでいるというわけだ。
「ああ、確かに近頃は失踪の噂をよく聞くね。"神隠し"とも呼ばれているみたいだが……いや、今は捜索するのが先決だ、頑張ろう」
シンジに頷き、ソウマも辺りを見渡してみる。
しかしそう易々と見付かるものでもないだろう、二人で林立する木々や地面に痕跡が無いか、と注意深く見回し、それでも何も成果の出ないまま二時間程が経過した時……む、と短くシンジが漏らす。
慌てて駆け寄り、何か見付けたのか尋ねると、彼は深刻そうな顔で地面を指差した。
「これは……」
思わずソウマも短く唸る。それは一見何のへんてつもない、落ち葉や枝の散らばる地面であるが、近付くと……まるで重たい何かを引きずったような跡が残されていた。
「それだけではないぞ、これも見たまえ」
「うっ……」
言いながら指を差す彼に追従して、すぐ傍に立っていた木へ目を向けると……。
「……これはまさか、血痕……なのか……?」
樹木の表面には、わずかではあるが暗朱色をした、扇状の小さい飛沫跡が付着している。
「……君も気掛かりのようだね、ソウマ」
「ああ、最近"神隠し"の噂が前より増えている。おかしいと思ってたんだ、行方不明になった人の大半が見つかっていないなんて」
……もしかすると、何らかの思惑が絡んでいるかもしれない。最大限の注意を払わなければ……命の保障は無いだろう。
草や苔、折れた枝などに混じって引き摺る跡は遠くへ続いている。その先を見やった二人は深刻そうに息を飲み込み、「気を付けよう」と頷き合って辿り始めた。
互いに会話の無いまましばらく歩き続けていると……やがて、森に穿たれた穴のごとく。草のまばらに生えた、開けた場所が目と鼻の先に広がっている。
果たしてそこにあったのは──いくつもの巨大な麻袋と明らかに運送用であろう大きめの牛車、そして……。
「ソウマ、彼は一体何者だろうか」
「分からない、けどこの依頼に絡んでいるのは間違いないはずだ」
二人の眼に映っているのは、偏屈そうな窪んだ顔立ちににやついた口元、簡素な外套で、面をくしゃりと歪めて醜く哄笑を浮かべている様子からは……とてもじゃないが、善人には思えない老人。
更には彼を囲むように詰襟の黒を基調とした制服に身を包み、帽子をかぶった男性が数人。揃って腰にサーベルを提げていることから、おそらく彼らは老人の護衛なのだろう。
「あの麻袋、……思った通りだ。彼らはまだこちらに気付いていないようだがどうする、ソウマ」
愉快そうな老人の足元では麻袋が先程から時おり不自然に蠢いている。……大きさは二メートル弱、今回の依頼だけではない、似たような"神隠し"がいくつも確認されていることを考慮すると、ほぼ確実に中身は人間だろう。
「……まずは警察に通報しよう」
状況証拠とはいえこれは明らかに事件性がある、すかさずソウマが携帯電話を取り出し電波を確認するが……森の中で届かないのだろうか、圏外になってしまっている。
「まずいぞソウマ、今から呑気に交番に駆け込む程の余裕はなさそうだ」
言われて見上げると、老人の護衛であろう男性達が牛車に"麻袋"を詰め込み始めていた。
……だが、今考えも無しに飛び出していいものだろうか。危機的状況に僅かな逡巡が頭を過るが……ふと、瞼にかつての惨劇が映し出されて。
「……今度こそオレは、大切なものを守ってみせる。だから……」
九年前のあの日、オレは目の前で家族を……全てを一人の男によって奪われてしまった。もうあの時みたいなことは繰り返させない、そうだ、こんなの考えるまでもないことじゃないか。
「目の前で苦しんでいる人を放ってはおけない。あいつらを蹴散らして、捕まった人達を助けよう!」
赤いネクタイを締め直し、気合いを入れ直すとソウマが鞘に手を添え飛び出し、
「ふ、君らしいな、異論は無い。君と僕、二人で力を合わせれば不可能はないさ!」
続けてシンジも襟元を正すと腰を落として槍を構え、捕まっている人々を助けるために威勢高らか躍り出た。
「……止まれ! 貴様らはいったい何者だ!」
後数メートルというところで護衛の一人が気付いたようだ、腰に提げていた刃渡り六十センチ程のサーベルを鞘走りながら叫び、それに端を発して皆も同様にこちらを振り返る。
「オレはソウマ、ソウマ・カツラギ。答えろ、その麻袋の中身はなんなんだ」
「僕はシンジ・ホムラ。僕らは君達の企てを挫くために現れた、しがない探検家さ」
二人が大見得を切って名乗りを上げると、護衛の男達はさぞ愉快そうに哄笑を上げた。
「ははは、笑わせる。貴様らのような子どもが我ら『リバース・レギオン』に歯向かうつもりか!」
「生憎今更逃げ出すなど許されんぞ、馬鹿め!」
と口々に嘲笑を露にする中で、老人が醜く口元を歪めてしゃがれた声で一歩進み出て、護衛の男……『リバース・レギオン』とやらの構成員達へと指示を飛ばす。
「ひゃひゃひゃ、なかなかどうして無謀な小僧共ではないか。お前達、何をしておる、この者共を捉えよ! 此奴らはいい"素材"になりそうだ」
「了解です、カルヴァン様」
……素材? 何のことを言っているのかは分からないが……少なくとも、彼らが人拐いを行っていて、その首謀者であることには間違いなさそうだ。
「背中は任せたぞ、ソウマ」
「ああ、オレこそ頼んだぜ、シンジ」
言うが早いか、真っ先に飛び出したのはシンジだ。強く地を蹴り付けて跳躍すると、槍を一閃薙ぎ払う。構成員の一人がサーベルでその刃を受け止めるが……それは彼の狙い通りの展開だ。
「今だソウマ!」
「分かってる!」
一見がら空きなシンジの背を狙って別の構成員が剣を振り下ろすが、斬撃が届くより早くソウマの抜いた片刃剣の峰が後頭部を打つ。
「うぐっ……!」
と短く呻きながら倒れ込むのと同時に彼は鬩ぎ合っていた槍を引き、石突き……刃と逆の先端で正確に鳩尾を貫いた。
「く、強い……!」
「これで終わりだっ!」
よもや一瞬で二人がやられるとは思ってもいなかったのだろう、たじろぎを見せた残りの構成員を二人で同時に蹴り飛ばし、数瞬間で老人だけになってしまった。
「さあ、カルヴァンっていったっけか。もうお前を守る部下はいなくなったぞ! どうしてこんなことをしたのか答えろ!」
「……うひひひ、愚か者め。貴様らに力の違いを教えてやろう!」
言うが早いか、悪辣な老人……カルヴァンは高笑いと共に懐から不気味な紫紺の液体が入った注射器を何本も取り出した。
そしていびつな笑みを更に醜く歪ませながら、躊躇うことなく自身にそれを打ち込むと……。
「なっ……」
「……何が起こっているんだ」
ソウマが絶句し、シンジですらも珍しく動揺を露に浮かべている。
「おお、おおおお、おおおおおぉぉぉぉぉ……」
しかし二人の反応も無理はない。何故ならば目の前の老人……カルヴァンの体が徐々に紫黒に染まり始めて、服の上からでも貧相と分かる痩躯が突然膨脹を始めたのだから。
「……これはいったい……!」
一本注射をうつごとに異様さは目に見えて増していく。全身が隆起し変貌していく彼の異変は唖然と見つめているとようやく収まり……最早、原形など留めてはいなかった。
二メートルを越える巨体、全身の筋肉は肥大化して肌同様紫黒に染まった顔面には紅の眼球がぎらついている。
『おろカものメ……。わしみずかラばつヲあたエテヤロウ』
地の底に響く振動のような、あるいは獰猛な獣の唸りにも似た……重く冷たい声が身体を芯まで震わせていく。
既にそこにいるのは人ではない、"怪物"とでも呼ぶべき存在は、煌々とぎらつく眼を燃やして、ソウマとシンジを睨み付けた。
おそらく初めましての方がほとんどでしょう、元「秋嶋長夜」、現「せろん」と申します。
簡単な自己紹介をすると、好きなものはゲームや特撮、趣味は創作や読書です。
趣味で書いているものなので内容に関しては多少人を選ぶかもしれません。それでも良ければこれからもお付き合いいただけると幸いです!
次回からの後書きは、キャラや設定の紹介やら座談会……あとは更新遅いときは言い訳かな、うん!




