↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十三月の環暦士 ~季節の果てで鐘が鳴る~  作者: 久遠こよみ
第1章 冬を失くした村

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/33

第3話 3年前の冬

 ――ゴン。


 二人とも、しばらく動かなかった。


「……今の」


「ああ」


「聞こえましたよね?」


「ああ」


 今度は〈季音〉ではない。


 耳で聞こえる、普通の音だった。


 しかも。


 季塔の中から。


「行くぞ」


「えっ、今から!?」


「今だからだ」


「暗いですよ!?」


「音は暗くならない」


「そういう問題じゃないです!」


 フィアの抗議を背中で聞きながら、レイは倉庫を出た。


「ちょ、待ってくださいって!!」


 結局、フィアもついてきた。


◆


 夜の第四十一季塔は、昼間とは別の建物に見えた。


 丘の上。


 巨大な石造りの塔。


 外周を囲む4本の〈季環〉だけが淡い光を帯びながら、ゆっくりと回っている。


 春。


 夏。


 秋。


 冬。


 季節を各地へ送り出すための巨大な機構。


 そのうち冬環も、何事もなかったかのように正常な速度で回っていた。


「……動いてますね」


「ああ」


「村には冬、来てないのに」


「だから困ってる」


 フィアが鍵を開ける。


 重い扉を押し開けると、冷えた鉄と油の匂いが鼻についた。


 レイは〈季素灯〉を点ける。


「さっきの音、どこからだと思います?」


「西側」


「やっぱり?」


「多分な」


「多分」


「断言して外すよりいいだろ」


「環暦士ってもっと何でも分かる人だと思ってました」


「幻想を壊して悪かったな」


 二人は例の壁へ向かった。


 昼間、図面との食い違いを見つけた場所。


 厚さ約2メートル。


 その向こうに、図面には存在しない空間がある。


 レイが足を止めた。


「……フィア」


「はい?」


「灯り、下」


 フィアが季素灯を下げる。


「あれ?」


 壁の根元。


 そこに、昼にはなかった白い粉が落ちていた。


 石粉だ。


 レイはしゃがみ込み、指先で触れる。


「新しい」


「分かるんです?」


「古ければ湿気を吸う。これは乾いてる」


 さらに光を当てる。


 床に薄い線があった。


 半円を描くような擦り傷。


 レイはその線を指でなぞった。


「……動いたな」


「何が?」


「壁」


「壁!?」


 フィアの声が塔の中へ響いた。


「声」


「だって壁ですよ!?」


「分かってる」


「壁って動くんですか!?」


「普通は動かない」


「じゃあ普通じゃないじゃないですか!」


「最初から普通じゃない」


「それはそうですけど!」


 レイは立ち上がる。


 改めて壁を見る。


 縦に伸びたわずかな色の違い。


 昼間は補修跡だと思った。


 だが。


 もしこれが。


「……扉」


「え?」


「だった可能性がある」


 フィアが黙った。


 それから、ゆっくり壁を見る。


「こんな大きい扉が?」


「扉だったならな」


「開けられます?」


「やらない」


「即答」


「配管が通ってる可能性もある。何十年も封鎖されてたものを、見習いが勝手にこじ開けました、で済むと思うか?」


「済まなさそう」


「俺もそう思う」


 レイは壁へ手を当てた。


 目を閉じる。


 塔の中に満ちる音を拾う。


 一月。


 二月。


 三月。


 十二枚の月輪。


 主軸。


 導管。


 季脈から流れ込む季素。


 規則正しい響き。


 そして。


 ――カァン。


 十三番目。


「……まただ」


「聞こえるんです?」


「ああ」


「どこから?」


 レイは眉を寄せた。


 昨日までとは少し違う。


 壁の向こう。


 ではない。


 もっと。


 下。


「地下だ」


「地下?」


「ああ」


 音が沈んでいる。


 塔の下。


 図面よりさらに深い場所へ。


 レイは目を開けた。


「一度戻る」


「開けないんです?」


「情報が足りない」


「珍しく慎重」


「俺を何だと思ってる」


「壁見つけたら壊す人」


「誰の影響だ、それ」


「たぶん師匠さん」


「否定しづらいな」


 レイはもう一度、壁の根元を見る。


 白い石粉。


 円を描く擦り跡。


 間違いなく何かが動いている。


 それも。


 今も。


◆


「お父さん、ただいまー!」


 フィアの家は、村役場から歩いてすぐのところにあった。


 石造りの小さな家。


 中へ入ると、暖炉のそばに一人の男が座っていた。


「遅かったな」


「季塔見てた!」


「またか」


 年齢は50歳前後だろう。


 フィアと同じ栗色の髪には、ところどころ白いものが混じっている。


 右脚には厚い布が巻かれ、椅子の横には使い込まれた杖が立て掛けてあった。


 脚を悪くしているとはいえ、肩幅は広い。


 腕も太い。


 村長というより、今でも普通に畑へ出て土を掘っていそうな体格だった。


 男の視線がレイへ向く。


「そちらが?」


「レイ・セインです。王立環暦局から来ました」


「バルガス・ベルンだ。この村の村長をやってる」


 バルガスは右脚を軽く叩いた。


「まあ、今はこいつに仕事を取られてるがな」


「取ったんじゃないよ! お父さんが脚悪くしたからでしょ!」


「結果は同じだ」


「違う!!」


 バルガスが笑う。


「それで、環暦士さん?」


「一応」


 横からフィアが口を挟んだ。


「見習いだけどね!」


「余計な情報を足すな」


「大事でしょ!」


 バルガスがもう一度笑った。


「フィアが初日からこれだけ喋るなら、悪い人じゃなさそうだ」


「判断基準それでいいんですか」


「うちの娘、人を見る目はそこそこある」


「そこそこ!?」


「完璧とは言ってない」


「お父さん!!」


 似た者親子だ。


 レイはそう思ったが、口には出さなかった。


「脚は?」


 レイが聞く。


「これか?」


 バルガスが右脚を見る。


「昔やった傷をちょっとな。最近また悪くして、長く歩くのがきつくなった」


「季節がおかしくなってから?」


「いや。それより前からだ。何でも季塔のせいにする気はない」


「ならよかった」


「何がだ?」


「原因を増やされたくない」


 バルガスが一瞬きょとんとして、それから笑った。


「なるほど。技師ってのは大変だな」


「見習いですけど」


「そこは自分で言うんだな」


 フィアが笑った。


「それでお父さん。3年前の記録、もう一回見せて」


「また見るのか?」


「レイさんが、最初に冬がおかしくなった時のことを調べたいって」


 バルガスの表情が少し変わった。


「……3年前か」


 レイはその変化を見逃さなかった。


「何かあります?」


「いや」


 バルガスは杖を取る。


「記録なら奥だ。持ってくる」


「私が取るよ」


「場所分かるのか?」


「分かるって!」


「この前、井戸掃除の日付を2つ入れた奴が?」


「あれは間違えただけ!!」


「だから聞いてる」


「もう!」


 フィアが奥へ走っていく。


 バルガスがため息をついた。


「村長代理になってから張り切りすぎてな」


「意外です」


「何が?」


「もっと完璧にやってるのかと」


「そんなわけないだろ」


 奥から声が飛んできた。


「聞こえてるからね!!」


「耳だけはいい」


「お父さん!!」


 レイは少し笑った。


 やがて机の上に、何冊もの記録帳が積まれた。


 気温。


 作物。


 井戸の水位。


 家畜の状態。


 雪。


 霜。


 村で起きた細かな出来事。


 バルガスが村長だった頃から続けてきた記録を、今はフィアが引き継いでいるらしい。


「3年前なら、これだ」


 バルガスが一冊を開いた。


 レイは頁を追う。


 十一月二十四日。


 十一月二十五日。


 十一月二十六日。


 異常なし。


 そして。


 十一月二十七日。


「……ここだ」


「何かありました?」


 フィアが覗き込む。


 気温上昇。


 霜消失。


 冬豆の発芽。


 虫の活動再開。


 冬の季素量だけが、急激に落ちている。


「十一月二十七日を境に変わってる」


「その日だったのか」


 バルガスが呟く。


「覚えてるんですか?」


「そりゃ覚えてる。朝起きたら妙に暖かかったからな」


 レイは次の年の帳面を開く。


「……同じだ」


「え?」


 十一月二十七日。


 冬の出力低下。


 さらに翌年。


「こっちも」


「同じ日……?」


「ああ」


 そして今年。


 十一月二十七日。


 また。


 同じ地点で、冬が弱くなっていた。


 偶然。


 そう呼ぶには、揃いすぎている。


「毎年……?」


 フィアの声が小さくなる。


「3年前から毎年、十一月二十七日を境に冬が弱くなってる」


「でも、季塔の点検では正常だったんですよね?」


「ああ」


 レイは帳面を見つめる。


 季塔は正常。


 村の記録も嘘ではない。


 なら。


 どこかに、まだ見えていない仕組みがある。


「バルガスさん」


「なんだ?」


「最初の年。その日に何か変わったことは?」


「変わったこと……」


 バルガスが腕を組む。


 しばらく黙る。


「大したことじゃないと思ってたんだが」


「何でもいいです」


「朝鐘だ」


 レイの指が止まった。


「朝鐘?」


「ああ」


 バルガスが窓の外。


 丘の上の季塔を見る。


「13回鳴った」


 部屋が静かになった。


「……何回?」


「13回だ」


 レイは聞き返さなかった。


 聞き間違いではない。


 バルガスは続ける。


「普段は12回だろ。だから変だとは思った。村の連中とも話したから、俺一人の勘違いじゃない」


「それ、報告しました?」


「した」


「どこへ?」


「環暦局だ」


 レイの視線が鋭くなる。


「報告書に書いたんですか?」


「ああ。冬が急に弱くなったことと一緒にな」


 おかしい。


 レイが受け取った資料に、そんな記載はなかった。


 それどころか。


 今回渡された指令書には、異常が確認されたのは昨年からと書かれていた。


「その報告、毎年?」


「出したぞ。3回」


「控えは?」


「ある」


 バルガスが棚を指した。


 フィアがすぐに立ち上がる。


「取ってくる!」


 ほどなくして、綴じられた紙束が机へ置かれた。


 レイは読む。


 確かに。


 3年前。


 冬季出力の異常。


 そして。


【朝鐘、通常12回のところ13回を確認】


 書いてある。


「……消えてる」


「え?」


「俺が支局でもらった資料には、この記述がない」


 フィアの顔から笑みが消えた。


「どういうことです?」


「分からない」


「誰かが消したってこと?」


「怪しいのと、決めつけるのは別だ」


「でも」


「写し間違い。整理の過程で省略。別部署に送られた。可能性はいくらでもある」


「じゃあ偶然かも?」


「それもまだ分からない」


 レイは報告書へ目を落とす。


 図面から消えた空間。


 切り取られた6ページ。


 支局の資料から消えた、3年前の記録。


 そして。


 十三番目の鐘。


 偶然。


 偶然。


 偶然。


 偶然という言葉は便利だ。


 便利すぎる言葉は、あまり信用したくない。


「十一月二十七日……」


 レイが呟く。


「何の日なんでしょう」


 フィアが聞く。


「知らない」


「暦の上で何かあるとか?」


「ない。少なくとも今の暦では」


 今の暦では。


 自分で口にして。


 妙な引っ掛かりを覚えた。


 その瞬間。


 ――カァン。


 音がした。


 レイだけが顔を上げる。


「レイさん?」


「……まただ」


「十三番目?」


「ああ」


 遠い。


 季塔の方角。


 けれど昨日より。


 少しだけ。


 深い場所から響いている気がした。


 レイは机の上を見る。


 十一月二十七日。


 13回鳴った鐘。


 十三番目の〈季音〉。


 それらが偶然同じ場所に並んでいるとは。


 もう、あまり思えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。