↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十三月の環暦士 ~季節の果てで鐘が鳴る~  作者: 久遠こよみ
第2章 春を急ぐ街

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/33

第28話 季節の継ぎ目

 第四十八季塔の食堂で出された夕食は、豆と肉を煮込んだものだった。


 昨日も似たようなものを食べた気がする。


 北方では冬になると大体こうなるのだろうか。それとも世界中の食堂が、疲れた環暦士にはとりあえず豆を煮ておけばいいと思っているのか。


 味は悪くない。


 むしろ腹が減っていたので、かなり美味かった。


「もう少しゆっくり食べてください」


 向かいに座ったリディアが言った。


「普通だけど」


「さっきからほとんど噛んでいません」


「見てたの?」


「正面なので見えます」


 レイは匙を止めた。


 何となく食べづらくなった。


 隣ではグレンが気にせずパンをちぎっている。


「お前、昔から食うのだけは速いからな」


「移動中に食べること多かったから」


「それで何度むせた」


「覚えてない」


 リディアが水を一口飲む。


「師弟というより親子みたいですね」


 レイとグレンが同時に顔を上げた。


「違う」


「違うな」


 そこだけは揃った。


 リディアがわずかに眉を上げる。


「息は合っています」


「気のせい」


「気のせいだ」


 また揃った。


 嫌になってきた。


 レイは食事へ戻る。


 食堂の窓からは第四十八季塔の一部が見えた。


 外はもう薄暗い。


 街では早すぎる春のせいで雪解け水が流れているのに、夜になれば気温そのものは冬まで落ちる。


 濡れた道が凍る。


 朝にはまた溶ける。


 人にも馬にも建物にも、たぶん一番迷惑な状態だった。


「湿原側の春季素は?」


 レイが聞く。


 リディアは食事中にもかかわらず、横に置いていた記録紙を開いた。


 この人、本当にどこでも仕事をする。


「出発前とほぼ同値です。第四十八季塔の春季出力は2.5倍から2.6倍の間。アルディス一級環暦士が上限を抑えています」


「まだ下げないんだ」


「下げられない、が正しい」


 グレンが答えた。


「今夜いきなり通常値まで戻せば、昼に緩んだ氷路が表面から再凍結する」


「ああ」


 湿原で聞いた話だ。


 一見凍ったように見えて、その下だけが空洞になる。


 知らずに荷馬車が乗れば落ちる。


「街道管理所と話した。今夜は2.4倍前後まで。明日朝から段階的に落とす」


 レイは少し考える。


「つまり、異常だと分かってる春をわざと残す?」


「そうなる」


「環暦士として気持ち悪いな」


「正常値だけ見て仕事するなら、計器に脚を生やして歩かせればいい」


 レイはリディアを見る。


 グレンもリディアを見ていた。


「何ですか」


「いや」


 歩く計器という呼び方は、本人には黙っておこうと思っていた。


 師匠に先を越された。


 しかも本人は自分のことを言われたとは気づいていない。


 少し面白い。


「何です?」


「何でもない」


「笑っていますが」


「気のせい」


 リディアの目が細くなる。


 フィアならここでもう一回聞いてくる。


 そこまで考えて、レイは匙を止めた。


 まただ。


 何かあるたびにフィアならどうするか考えている。


 別におかしくはない。


 数日ずっと一緒にいたのだから、癖みたいなものだ。


 たぶん。


「食べないなら下げますよ」


「食べる」


 考えている間に、リディアが皿へ手を伸ばしていた。


◆


 30分後。


 レイ、グレン、リディアの3人は第四十八季塔の地下にいた。


 現行設備の最下層までは、第四十一季塔と大きく変わらない。


 石造りの階段を降り、冬季管の下を抜け、保守用の細い通路を進む。


 違ったのは、その先だった。


「開いてる」


 レイが言う。


 第四十一季塔では壁の向こうに隠されていた旧設備への通路が、ここでは露出している。


 正確には、露出したらしい。


 石壁の一部が左右へ引き込まれ、その奥に古い階段が現れていた。


「昨日までは閉じていました」


 リディアが灯りを向ける。


「十三回目の鐘の後、自動的に開いた?」


「はい。支局員が確認しています。ただし誰も中へは入れていません」


「命令?」


「私が止めました」


 レイが横を見る。


「意外」


「何がです?」


「すぐ調べそうなのに」


「未知の旧設備へ、図面もなしに人間を入れるほど馬鹿ではありません」


「……俺のこと?」


「何も言っていません」


 言っているようなものだった。


 グレンが先に階段へ入る。


「行くぞ」


「一級が先に行くんだ」


「実務生を先に落とすわけにいかん」


「落ちる前提やめて」


「今日一回落ちただろ」


 言い返せなかった。


 レイは灯りを持って続く。


 階段は第四十一季塔のものより短かった。


 30段ほど降りたところで、空気が変わる。


 暖かい。


「……春だ」


 リディアが季素計を確認する。


「春季素濃度、地上の約1.4倍」


「地下の方が高い?」


「はい」


 レイは目を閉じる。


 聞こえる。


 冬。


 春。


 そして十三番目。


 地上で聞いた時より、関係が分かりやすい。


 十三番目の音が中央にあり、冬から受け取った何かを春へ渡している。


 まるで二人の間に立って、荷物を受け渡しているようだった。


「やっぱり変換してる」


「場所は?」


 グレンが聞く。


「もっと奥」


 階段を降りきる。


 そこには広い円形の部屋があった。


 第四十一季塔の地下で見た十三本の環とは、形が少し違う。


 中央に大きな一つの環。


 その周囲を、十三枚の細い金属輪が囲んでいる。


 現在光っているのは三枚だけだった。


 十二番目。


 十三番目。


 そして一番目。


「十二月輪から、一月輪へ」


 リディアが呟く。


 レイもすぐ分かった。


 光は十二番目から中央へ入り、十三番目を通って一番目へ抜けている。


「見たままだな」


「見たままだからこそ重要です」


 リディアはすでに記録を始めている。


「現行の月輪配置では十二月輪から一月輪へ直接移行します。間に十三番目の処理区間は存在しない」


「昔はあった」


 グレンが中央の装置へ近づいた。


 古い文字が刻まれている。


 レイも灯りを寄せる。


【十三月季環】


 その下。


【残季回収】


【遷季調整】


【次季配分】


 3人とも黙った。


「……答え、書いてあるじゃん」


 レイが言う。


「全部ではない」


 グレンはすぐ返した。


「でも俺の仮説、大体合ってない?」


「調子に乗るな」


「少しくらい乗らせろよ」


 リディアは文字を一つずつ紙へ写している。


「残季回収。遷季調整。次季配分……」


 それから顔を上げた。


「一年の終わりに残った季素を回収し、調整して次の季節へ配る設備?」


「そう読めるな」


 グレンが答える。


「十三月そのものが春夏秋冬のどれかではなく、季節の切り替えを行うための期間だった可能性が高い」


 レイは十三枚の環を見る。


 ミアの時代。


 十三月は当たり前に存在していた。


 少なくとも彼女にとってはそうだった。


 その一月を、今の世界は丸ごと失っている。


 なのに四季は今も続いている。


「十三月がなくなってからは、誰がこれやってるんだ?」


「現行の季塔だ」


 グレンが答える。


「四季環と十二月輪の中で、分散して処理してるんだろう。俺たちが習う季節移行処理は、それだ」


「わざわざ十三月一つ使ってた仕事を、十二か月に押し込んだ?」


「たぶんな」


 リディアが首を振る。


「非効率です」


「どっちが?」


「現在の方式です」


 即答だった。


「遷季調整が独立していたなら、季節ごとの誤差を年末にまとめて補正できます。現在は各月輪が次の月輪への移行まで担っているため、補正処理が分散しています」


「今の方が複雑?」


「かなり」


 リディアの声が少しだけ熱を帯びる。


「環暦院では現行方式が最適化された完成形だと教わりますが、これを見る限り、元の機構を削って再構成した可能性があります」


 環暦院。


 やはり卒業生らしい。


 レイは横目で見る。


 ちょっと嬉しそうだ。


 未知の旧設備を前にすると、この人も普通に興奮するらしい。


 少し人間らしく見えた。


「何です?」


「何でもない」


 グレンが装置の反対側を調べている。


「こっち見ろ」


 呼ばれて二人も回る。


 中央環の下部に、細い表示窓があった。


 中で古い文字板が動いている。


【遷季段階 四】


 その下。


【冬季残量 回収中】


【春季初期配分 実行】


 レイは表示を読む。


「正常に仕事してるように見える」


「そうですね」


 リディアも頷く。


「十三月季環だけを見れば、冬から春への移行処理を実行しているだけです」


「時期が違う」


 グレンが言う。


 そこだ。


 季械は壊れていない。


 仕事も間違えていない。


 ただ、今やるべき仕事ではない。


「なんで今、年末処理してるんだ?」


 レイは表示窓を見る。


 十二月輪は停止。


 一月輪も停止。


 その間で十三月だけが働いている。


 まるで、この塔だけが今を十三月だと思っている。


「日付」


 リディアが言った。


「何?」


「この設備が現在日付をどう認識しているか確認できれば」


「どこで?」


「普通なら制御盤です」


「普通じゃないけど」


「探してください」


「俺が?」


「聞こえるのでしょう」


 便利に使われ始めている。


 有用だったか。


 訂正。


 便利だと思われている。


 レイは部屋を見回した。


 十三月の音。


 冬の音。


 春の音。


 その中に、少しだけ違う響きがある。


 規則的。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 左奥。


「あっち」


 壁際へ向かう。


 古い金属板が並んでいる。


 そのうち一枚だけ、内部で小さな歯車が動いていた。


「これ」


 グレンが埃を払う。


 文字が出る。


【暦基準器】


「そのままだな」


 レイが言う。


「開けるぞ」


 グレンが留め具へ手を掛ける。


「待ってください」


 リディアが止めた。


「記録します」


「そこ?」


「開ける前の状態も必要です」


 写真機代わりの記録板を取り出し、位置と刻印を写す。


 それから頷いた。


「どうぞ」


「お前、グレン止められるんだな」


「必要なら」


「強いな」


「何がです?」


「何でもない」


 グレンが蓋を開けた。


 内部には幾重もの歯車と、数字の刻まれた回転板がある。


 年。


 月。


 日。


 現行設備とは違う十三分割の月盤。


 レイが灯りを寄せる。


「何日になってる?」


 リディアが読み上げようとして、止まった。


 グレンの顔も変わる。


 レイも見た。


 表示されていたのは――


【十三月 一日】


「……十三月」


 レイが呟く。


「第四十八季塔は今を十三月だと思ってる?」


「少なくとも旧設備側は」


 リディアが即座に周囲を見る。


「では十一月輪と十二月輪が停止したのも」


「十三月へ移ったから」


 レイが答える。


 筋が通る。


 嫌になるほど。


 旧設備からすれば、十二月は終わった。


 今は十三月。


 だから冬の残りを回収し、調整し、次の春へ配る。


 春季素が増えているのも故障ではない。


 正しい仕事だ。


 間違った日付で。


「基準器が壊れた?」


 レイが聞く。


 リディアは内部を覗く。


「それなら年や日も不規則になる可能性が高いです。しかし歯車自体は正常に動いています」


「じゃあ誰かが十三月に合わせた?」


「触った跡は――」


 リディアが灯りを近づける。


 レイも見る。


 古い。


 埃。


 錆。


 封蝋のようなものまで残っている。


 新しく開けた形跡はない。


「ないな」


 グレンが言う。


「少なくとも最近ここを直接操作した奴はいない」


 レイは暦基準器へ耳を近づける。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 その下。


 もっと細い音がある。


 遠くから来ている。


 線の向こう。


「これ、単独じゃない」


「何が」


「日付」


 レイは基準器の裏側を指す。


「どこかと繋がってる」


 グレンとリディアが同時に覗く。


 細い季脈線。


 計器を動かすほどの太さではない。


 信号だけを送るための線。


「外部同期線……」


 リディアが文字を見つける。


【環暦同期】


 その下に、さらに古い文字。


【十三塔共通】


 レイの背中に嫌な感覚が走った。


「第四十一で見た十三基」


「ああ」


 グレンの声が低くなる。


「同じ環路だろう」


「じゃあ」


 レイはもう一度、十三月一日の表示を見る。


「第四十八が勝手に日付を間違えたんじゃない」


 誰かが答える前に、暦基準器が鳴った。


 カチン。


 日付板が一段進む。


【十三月 二日】


「……早すぎませんか」


 リディアが言った。


 もちろんだ。


 一日が数秒で終わるわけがない。


 レイは耳を澄ませる。


 外部同期線から音が来る。


 カァン――。


 十三番目。


 遠いどこかの塔から。


 もう一度。


 カァン――。


 基準器の歯車が動く。


 グレンがすぐに記録盤を見る。


「日付そのものじゃない」


「何?」


「段階だ」


 表示の横に小さな文字があった。


【遷季日程 圧縮運転】


 リディアが息を呑む。


「十三月の一月分を、短時間で実行している?」


「現行暦に十三月がないから」


 レイは言った。


 背筋が冷えた。


「なくなった一月を、今まとめて取り戻そうとしてる?」


 誰もすぐには答えなかった。


 装置だけが動いている。


 カチ。


 カチ。


 何十年。


 あるいはもっと長い間。


 世界から消えていた十三月。


 もしその間、十三月が担っていた調整を別の仕組みで無理に代用してきたのだとしたら。


 そして今、古い設備が一斉に目を覚ましたのだとしたら。


「グレン」


「分かってる」


 師匠の顔から、いつもの余裕が消えていた。


「これ、第四十八だけ止めても終わらないな」


「ああ」


 十三塔共通。


 第四十一では外部環路を切った。


 だから村だけは落ち着いた。


 だがネットワークそのものは止まっていない。


 第四十八へ届いた。


 次もある。


 リディアが記録紙へ急いで書き込む。


「北方支局へ報告します。十三月季環の機能、暦同期、圧縮運転、十三塔共通環路――」


「待て」


 グレンが止めた。


「もう一つ確認する」


「何をですか」


 グレンは暦基準器の下を指した。


 小さな窓。


 そこにも表示がある。


【同期起点】


 その下に、塔番号。


 レイが灯りを寄せる。


 第四十八ではなかった。


【第四十一季塔】


 空気が止まった。


「……リュネ?」


 レイの口から出る。


 自分たちは第四十一季塔を外部環路から切り離した。


 それで冬は戻った。


 村は助かった。


 だが。


「第四十一が起点?」


 リディアが呟く。


「切り離す前に同期信号が出た可能性があります」


 レイは答えなかった。


 頭の中に、あの夜の鐘が戻る。


 十三回。


 地下で十三月季環が起動した。


 遠い塔から音が返った。


 それから各地で異常が始まった。


 第四十七。


 第四十八。


 次々に。


「俺たちが開けたから?」


 言葉が出た。


 グレンがすぐこちらを見る。


「違う」


「でも第四十一が――」


「事実と推測を混ぜるな」


 声が強かった。


 レイは黙る。


「第四十一が同期起点と表示されている。そこまでは事実だ」


 グレンが一歩近づく。


「お前が地下へ入る前から、第四十一では3年間異常が続いていた。灰色の奴も、鐘が鳴る前から動いていた。お前が原因だと決める材料はない」


「でも、俺が十三月季環を――」


「レイ」


 名前を呼ばれた。


「勝手に背負うな」


 その言い方だけは、いつもの師匠だった。


 レイは奥歯を噛む。


 理屈では分かっている。


 それでも自分が触った後に、世界のあちこちで鐘が鳴り始めた。


 気にするなという方が無理だった。


 リディアが静かに暦基準器を見る。


「一つ、いいですか」


「何」


「第四十一が起点だからといって、第四十一で最初に操作した人間が起点とは限りません」


 レイが彼女を見る。


「信号源が第四十一というだけなら、そこに信号を送った別の設備が存在する可能性もあります」


 淡々とした声だった。


 慰めようとしている感じはない。


 ただ事実として言っている。


 その方が今はありがたかった。


「……そうだな」


「はい」


 リディアは記録紙へ戻る。


「なので、自分を疑う作業は証拠が出てからにしてください」


 少しだけ力が抜けた。


 グレンが十三月季環へ目を向ける。


「今日はここまでだ」


「止めない?」


 レイが聞く。


「止めない」


「春は?」


「段階的に抑える。湿原の安全を確保しながらな」


 グレンは中央環を見上げた。


「この設備が正常に働いているなら、壊す方が危険だ」


「でも圧縮運転は続く」


「ああ」


「十三月二日になった」


「明日にはもっと進むだろう」


「明日どころか」


 レイは表示板を見る。


 すでに歯車が次の段階へ動き始めている。


 数時間もあれば、十三月が終わる可能性すらある。


「急ぐぞ」


 グレンが言った。


「ただし、急いで壊すな」


「難しい注文だな」


「環暦士の仕事は大体そうだ」


 階段へ戻る。


 レイは最後に一度だけ振り返った。


 十三枚の環。


 十二番目から十三番目へ。


 十三番目から一番目へ。


 季節の継ぎ目。


 世界から消された一月は、消えたまま眠っていたわけではない。


 どこかでずっと、戻る時を待っていたのかもしれない。


 カチン。


 暦基準器がまた一つ進む。


 レイは足を止めた。


【十三月 三日】


 まだ始まったばかりなのに。


 十三月だけが、恐ろしい速さで終わりへ向かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。