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十三月の環暦士 ~季節の果てで鐘が鳴る~  作者: 久遠こよみ
第1章 冬を失くした村

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第21話 逆向きの傷

 3年前の十一月二十六日。


 冬の異変が始まる前日には、王立環暦局の人間を名乗る誰かがリュネ村へ来ていた。


 翌朝、その人物は北西の古い水路を見に行き、その後は第四十一季塔へ向かっている。


 そして夕方、鐘が十三回鳴った。


 村の冬がおかしくなったのは、その日からだった。


 役場の机に広げられた3冊の帳面を前に、誰もすぐには口を開かなかった。


「知ってたんじゃない」


 レイは十一月二十六日の記録から目を離さない。


「待ってたんだ。鐘が十三回鳴るのを」


「そこまではまだ決めるな」


 グレンが静かに言った。


 レイが顔を上げる。


「この状況で?」


「前日に来た。貯水池を見た。塔へ行った。その後で鐘が十三回鳴った。そこまでは事実だ」


「十分怪しいだろ」


「怪しいのと、原因だと決めるのは別だ」


 グレンは帳面の端を指で押さえた。


「そいつが異常を起こした可能性もある。起きることを知って見に来た可能性もある。止めようとしていた可能性だって、今の段階では捨てられん」


 言われると反論しづらい。


 レイは椅子の背へ身体を預けた。


「師匠って面倒だな」


「便利だろ」


「どこが」


「思い込みで事故る弟子を止められる」


「今のところ一番面倒な機能しか使ってないぞ」


 ロウが横で鼻を鳴らした。


「俺にはそっちの爺さんの言うことの方が分かるぞ」


「一級環暦士を爺さん扱いするな」


「本人が怒ってねえんだからいいだろ」


 グレンは本当に気にしていなかった。


 むしろ視線はずっと帳面へ向いている。


 バルガスが杖の柄を握り直した。


「だが、局の人間を名乗ったのは事実だ」


「ああ」


 グレンの返事は短い。


「それも正式な派遣記録がない」


「少なくとも、お前が調べた範囲ではだろ」


「そうだ」


 バルガスは険しい顔のまま続けた。


「村の人間は徽章まで見せられりゃ通す。季塔のことなんざ俺たちには分からんからな」


 責めるような声音ではなかった。


 それだけに重かった。


 王立環暦局。


 季塔を管理する者たち。


 村人にとっては、季節を扱う専門家というだけで信用する理由になる。


 その信用を使って誰かが村へ入ったのなら、相手が本物だったか偽物だったかだけで済む話でもない。


「そうだな」


 グレンは言い訳をしなかった。


「局員なら局の問題だ。局員でなくても、局の名と徽章を使われたなら、それも局の問題になる」


 バルガスが少しだけ目を細めた。


「随分あっさり認めるんだな」


「村側に見分けろと言う気はない」


 そこへ役場の外から声がした。


「フィアちゃん、いるかい」


「あ、ハルトさん」


 フィアが席を立つ。


 入ってきたのは、小柄な老人だった。


 背中は少し曲がっているが、腕や首には畑仕事を長年続けた人間らしい筋が残っている。


「朝から悪いな」


「いやぁ。昨日は狼で、今日は昔話だ。年取ってからの方が忙しい」


 老人は笑った後、見慣れないグレンに気づいた。


「そっちの人は?」


「王立環暦局のグレン・アルディスさんです」


「局の人か」


 笑みが少し消えた。


 グレンはそれにも気づいたはずだが、普通に名乗った。


「3年前に来た人物を、北西水路まで案内したと聞いた」


「ああ」


 ハルトは椅子へ座る。


「昨日フィアちゃんにも話したが、細けえところはもう忘れたよ。顔なんか聞かれても無理だ」


「覚えていることだけでいい」


「そうしてくれ」


 グレンは取り調べのような口調にはしなかった。


 レイは少し離れた場所から二人を見る。


「朝、一緒に北西へ向かった?」


「ああ。役場から頼まれてな。古い水路を見たいって客だった」


「道は知っていたか?」


 ハルトが首を傾げた。


「……そういや、変だったな」


 レイが顔を上げる。


「最初は俺が前を歩いてたんだ。けど森に入って少しした辺りから、客の方が先に行くようになった」


「初めて来た奴が?」


「あの辺、道が二つに分かれるだろ」


 ロウが頷く。


「今の道と、昔の炭焼き道だな」


「そう。それを迷わず古い方へ入った」


 ハルトは顎を擦った。


「俺が『そっちじゃねえ』って言ったら、昔の水路へはこっちで合ってるだろって言われた」


 役場の空気が変わる。


 フィアが昨夜盗まれたものを思い出したように言った。


「古い水路図……」


「ああ」


 レイも同じことを考えていた。


 現在使われている道ではなく、昔の経路を知っていた。


「その人が村で地図を見た可能性は?」


 フィアがバルガスを見る。


「役場で見せた覚えはない」


「俺も頼まれて案内しただけだ。地図持ってるなんて聞いてねえな」


 ハルトが答える。


 つまり、村へ来る前から知っていた可能性が高い。


「水路では何をしてた?」


 グレンが聞いた。


「しゃがんで石とか金具とか見てたよ。俺には何見てるのか分からんかった」


「何かを操作したか?」


「そこまでは……」


 老人は考え込む。


「一回、道具を出してたな。棒みたいなのと、挟むやつ。環暦士の道具なんざ知らんから、名前は分からん」


 レイとグレンが視線を合わせる。


「色は?」


「黒っぽかった」


 共鳴器か。


 ただ、それだけで特定はできない。


「それから?」


「昼前には終わった。俺は村へ戻るつもりだったんだが、客は塔へ行くって言って別れた」


 ハルトはそこで一度口を閉じた。


「何か思い出した?」


 フィアが聞く。


「いや、大したことじゃねえかもしれんけど」


「聞かせてください」


「水路から帰る前にな、その客が塔の鐘のことを聞いたんだ」


 レイの身体がわずかに前へ動く。


「何て?」


「この村の鐘は、いつ鳴るのかって」


「回数じゃなくて?」


「ああ。時間だったと思う」


 ハルトは記憶を探るように目を細めた。


「夕方だって答えた。畑から戻る頃に鳴るってな。そうしたら、しばらく塔の方見て何か言ったんだ。……『まだ時間がある』だったかな」


 誰も口を開かなかった。


 ハルト自身が不安そうに周囲を見る。


「3年前は何とも思わなかったぞ。塔を調べに来た人間なら、鐘の時間を知りたいことだってあるだろ」


「その通りです」


 グレンがすぐ言った。


「今の話だけで、鐘が十三回鳴ることを知っていたとは言えない」


 レイは横目で師匠を見る。


 さっきから徹底している。


 都合のいい方向へ結論を急がない。


 レイ自身、それが必要なのは分かっていた。


 分かってはいるが腹は立つ。


「実際に見た場所へ行きたい」


 グレンが立ち上がった。


「案内を頼めるか」


「そこならまだ歩けるよ」


 ハルトも立とうとする。


 フィアがすぐ肩を支えた。


「私も行きます」


 グレンは彼女の左腕を見る。


「歩くだけなら構わん。腕は使うな」


「分かってます」


「レイも」


「俺は怪我してない」


「お前は勝手に触るな」


「そっち?」


◆


 北西貯水池へ向かう道には、昨日より深い霜が残っていた。


 それでも、冬季素の過剰流入が少し落ち着いたおかげで、新しく凍った場所は増えていない。


 ハルトはロウと並んで先を歩いている。


 グレンは少し離れて周囲の季脈を確認しながら進んでいた。


 レイとフィアは、その後ろを歩く。


「そういえば」


 フィアがレイの工具鞄を見る。


「パンは?」


「ある」


「食べました?」


「まだ昼じゃない」


「潰れてません?」


「……少し」


「ほら」


「食べられる」


 今朝、自分が言われた言葉を返すと、フィアが笑った。


「覚えたんですね」


「学習はする」


「じゃあ食事も忘れないでください」


「それとこれは別」


「別じゃないです」


 少し前を歩いていたグレンが振り返った。


「何を揉めてる」


「何でもない」


 レイとフィアの声が重なる。


 グレンは二人を見た後、そのまま前を向いた。


「何だよ」


「何も言ってない」


「その反応やめろ」


 フィアが隣で笑いを堪えている。


 この数日、ずっと季塔と冬のことばかり考えていた。


 こうして歩きながらくだらない話をする時間が、妙に久しぶりに感じる。


 そのことを口にする気はなかった。


 たぶん言えば、また何か言われる。


「ここだ」


 ハルトの声で、レイは意識を戻した。


 森の中で道が二つに分かれている。


 右は現在使われている貯水池への道。


 左は木々の間へ消えかけた細い道だった。


「3年前の客は、こっちへ入った」


 ハルトが左を指す。


「今じゃほとんど使わん」


 ロウが地面を見る。


「昨日俺たちが通ったのは右だ」


「左からも行けるのか」


「ああ。ただ遠回りだし、途中で崩れてるから普通は使わねえ」


 グレンが左の道へ足を踏み入れた。


 レイたちも続く。


 しばらく進むと、土に半分埋まった石造りの細い溝が現れた。


「これが昔の水路だ」


 ハルトが言う。


 今は水が流れていない。


 苔と落ち葉に覆われ、一部は木の根に持ち上げられている。


 グレンがしゃがみ込む。


「第七次改修より前のものだな」


「分かるのか?」


「石の組み方が古い」


 水路を辿ると、昨日レイとロウが調べた貯水池の北側へ出た。


 点検箱がある場所だ。


「ここで客を待たせた?」


 グレンが聞く。


 ハルトは首を振った。


「いや。俺が着いた時には、もうあそこにしゃがんでた」


 点検箱を指す。


 レイは眉を寄せた。


「先に着いてたのか?」


「俺が倒木を避けてる間に、勝手に先へ行ったんだよ。年寄り扱いすんなよ。あの頃はまだ足も速かった」


「そこは疑ってない」


 グレンが点検箱の前へ行く。


 昨日レイが開いた蓋。


 内部には、人為的に調整された歯車が残っている。


「触るなよ」


 レイが言う。


 グレンが振り返る。


「お前に言われる日が来るとはな」


「一応」


「成長したな」


「それ禁止」


 グレンは手袋を着け、小型の照明を箱の内部へ向けた。


 レイも横から覗き込む。


「昨日見た通り、ここが絞られてる」


「ああ」


 貯水池側へ流れる季脈を狭め、村側へ冬季素を流れやすくする位置。


 新しい工具傷も残っている。


 グレンはしばらく無言で歯車の周囲を見ていた。


「レイ」


「何?」


「昨日、この裏側は見たか」


「裏?」


 グレンが指す。


 調整歯車の奥。


 狭くて、正面からではほとんど見えない部分だ。


「箱が古いから、無理に手入れるの避けた」


「正解だ」


「今、褒めた?」


「黙って灯りを寄こせ」


 素直じゃない。


 レイは携帯灯を渡した。


 グレンが角度を変えて照らす。


 金属面に傷があった。


 一つではない。


「……これ」


 レイが目を細める。


 昨日見つけた新しい傷とは色が違う。


 表面が酸化し、周囲の金属に馴染んでいる。


 グレンは薄い測定板を差し込み、歯車との位置を確認した。


「古い操作痕だ」


「いつの?」


「正確な年代までは無理だ。ただ、昨日今日についたものじゃない」


 ハルトが少し離れたところから覗く。


「3年前の客か?」


「まだ分からん」


 グレンはそう答えたが、視線は真剣だった。


「レイ。今の歯車位置を見ろ」


「貯水池側を絞ってる」


「古い傷は?」


 レイは光の位置を変える。


 歯の端に残った摩耗。


 金属の押された方向。


 何度も工具を使ってきたから分かる。


「……逆だ」


「ああ」


 グレンが頷く。


 古い操作痕は、現在とは逆方向に力が掛かった跡だった。


「昔は村側を絞ってた?」


「正確には、村側へ行く流れを細くして、塔側へ逃がす位置だ」


 レイの中で、3年前の記録が繋がる。


 村から冬が消え始めた。


 地下では十三月設備が動いていた。


 第四十一季塔が、冬を吸い込んでいた。


「3年前、誰かがここを塔側へ切り替えた」


 グレンは古い傷の周囲を確認する。


「そして最近、誰かが逆方向へ戻した」


 今度は村へ冬が流れ込んだ。


 3年間失われ続けた冬が、突然過剰になった。


 レイは点検箱の内部を見つめる。


「同じ場所を、逆向きに触ってる」


「そういうことになる」


「同じ奴か?」


「分からん」


 グレンは即答した。


「使っている設備が同じだから、傷の位置も似る。同一人物だと判断できる材料にはならん」


 また止められた。


 だが今回は、レイもすぐに頷いた。


「でも、人が触ったこと自体は?」


「新旧どちらもほぼ間違いない」


 グレンは立ち上がる。


 ハルトが不安そうな顔をしている。


「じゃあ3年前、本当にあの客が……」


「まだそこまでは言えません」


 今度はレイが先に答えた。


 グレンが少しだけこちらを見る。


「何だよ」


「何も」


 だが、レイ自身も分かっていた。


 ハルトが案内した人物がここを触った証拠はない。


 ただ、その人物は異変の前日に村へ来た。


 古い道を知っていた。


 翌朝、この点検箱の前にいた。


 その日の夕方、鐘が十三回鳴った。


 そして点検箱には、現在とは逆方向へ歯車を動かした古い痕跡が残っている。


 偶然だけで片づけるには、材料が増えすぎていた。


「グレン」


「何だ」


「3年前の操作で村の冬を塔へ流して、今度は逆に村側へ戻したとしたら」


「ああ」


「誰かが3年間、第四十一季塔の流れを意図的に変えてたことになる」


「そうなる」


 フィアが点検箱を見る。


「どうして?」


 誰も答えなかった。


 レイも分からない。


 村を困らせるためなら、もっと簡単な方法がある。


 季塔を壊すことだってできたはずだ。


 だが、これは壊していない。


 流れを変えている。


 十三月設備を動かすため。


 何かを待つため。


 何かを調整するため。


 理由はまだ見えない。


 グレンが古い水路の方へ目を向けた。


「ハルトさん。3年前の客は、ここを見た後に塔へ向かったんだったな」


「ああ」


「何か持っていったか」


「持っていった?」


「石でも金属でもいい。ここにあったものを」


 ハルトは眉間へ皺を寄せた。


 長い沈黙。


「……一つだけ」


 全員が老人を見る。


「箱の中じゃねえぞ」


「何?」


「あそこだ」


 ハルトが点検箱の横を指した。


 地面には苔の生えた石がいくつも並んでいる。


「昔、小さい杭みたいなのが立ってたんだ。鉄か何かの」


 レイとグレンが同時にそちらを見る。


「今は?」


「ないな」


 ハルトは周囲を確かめた。


「俺が子供の頃からあった。何の杭か知らんが、客がそれを見てたのは覚えてる」


「抜いたところは見た?」


「そこまでは見てねえ。ただ、その日から見なくなった気はする」


 曖昧な記憶。


 証拠とは言えない。


 それでも、グレンはすぐ地面へ膝をついた。


「レイ、こっち」


 二人で苔を避ける。


 石の間に、細い穴が残っていた。


 自然にできたものではない。


 四角い金属杭を差していた跡だ。


 グレンが土を少しだけ除ける。


 穴の縁に、古い金属粉が残っていた。


「何の杭だ」


「分からん」


 グレンはさらに周囲を確かめた。


 そこで、土に半分埋もれた薄い石板を見つける。


 二人で苔を落とした。


 古い文字が現れた。


【第――環路】


 中央部分が欠けている。


 だが、その下は読めた。


【封環標 第二】


 レイの呼吸が止まる。


「封環……」


 工具鞄の中にある円盤と、同じ言葉。


 グレンの表情も変わっていた。


「杭そのものが封環具だったのか?」


「いや」


 グレンは石板を見ながら首を振る。


「表記を見る限り、位置を示す標識だろう。だが、何の位置かは――」


 途中で言葉が止まった。


「何?」


「第二、とある」


 レイも見る。


【封環標 第二】


「一つじゃない?」


「ああ」


 グレンがゆっくり立ち上がる。


「少なくとも第二があるなら、第一がある」


「第三も?」


「可能性はある」


 レイは古い水路を見た。


 地下。


 季塔。


 北西貯水池。


 そして村の外。


 十三月を封じるための設備は、塔の地下だけにあるわけではない。


「3年前の客が持っていったのが、その目印だったとしたら」


 フィアが静かに言う。


 グレンはすぐには答えなかった。


「目印だけを抜く理由は薄い」


「じゃあ、その下に何かある?」


 今度はレイが聞く。


 グレンは穴を見る。


「調べる価値はある」


 ロウが肩から弓を外した。


「掘るのか?」


「いや」


 レイは穴へ耳を近づけた。


「その前に聞く」


 目を閉じる。


 土の下。


 石。


 古い水路。


 そのさらに深いところで、微かな音がある。


 季脈とは違う。


 一定の間隔で、金属が小さく震えている。


 カン。


 間を置いて。


 カン。


「……ある」


 レイが顔を上げた。


「この下に、まだ何かある」


 グレンも目を閉じる。


 しばらくして、その表情が険しくなった。


「俺にも聞こえる」


「何の音?」


 フィアが聞いた。


 レイは答えようとして、止まった。


 地下から届く振動は、第四十一季塔で聞いてきたものと似ている。


 だが、もっと小さい。


 もっと閉じ込められている。


 まるで蓋の下から、外へ出ようとしているような音だった。


 グレンが低く言う。


「今日は掘らない」


「なんで」


「この音を聞いて、そのまま掘ろうとするからお前は実務生なんだ」


「関係ある?」


「ある」


「ちょっと納得できない」


「まず図面を探す。地中設備なら、無計画に開ける方が危険だ」


 正論だった。


 また正論だった。


 最近そればかりで腹が立つ。


 レイは立ち上がり、土を払った。


 その時。


 工具鞄の中で、何かが震えた。


「……え?」


 手を入れる。


 布に包んだ円盤。


【封環】


 灰色の人物が残したものだ。


 布越しにも分かるほど、微かに震えている。


 取り出す。


 円盤の外側に刻まれた第五の線だけが、淡く光っていた。


 フィアが息を呑む。


「昨日は光ってなかったですよね」


「ああ」


 レイは円盤と、地面に残った四角い穴を交互に見る。


 近づけるつもりはなかった。


 だが、距離が縮まるだけで震えが強くなる。


 グレンが手で制した。


「そこで止めろ」


 レイも止まる。


 円盤から細い音が鳴った。


 キィン――。


 地中の何かが応える。


 カン。


 円盤。


 地面。


 もう一度。


 キィン。


 カン。


 まるで呼び合っている。


 グレンの顔から完全に余裕が消えた。


「レイ」


「ああ」


「灰色の奴がこれを落とした理由、少し見えてきたかもしれん」


 レイは手の中の封環を見る。


「落としたんじゃない」


 昨日から引っ掛かっていた違和感が、形を持ち始める。


「俺たちに、ここを見つけさせたかった?」


 誰も否定しなかった。


 北西貯水池の下から、もう一度だけ小さな鐘のような音が響いた。

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