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サイバー太閤記 〜生身の『猿』と笑われた男、歴史知識とアナログチートで天下人へ成り上がる〜  作者: すかいはい


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第四幕:電脳都市(ネオ・キヨス)と、最低辺の洗礼

 織田家の軍勢に連れられ、山を降りた大河を待っていたのは、戦国時代という言葉を粉々に粉砕する狂気の光景だった。


「これが……清洲城下町。いや、もう電脳都市『ネオ・キヨス』とでも言った方がいいか……」


 網の目のように張り巡らされた高架道路を、爆音を響かせるサイバーバイクや重質量トラックが激しく行き交う。夜でもないのに、空中には極彩色のホログラム広告が浮かび上がり、「美濃の最新義体、今なら三十貫」だの「脳内麻薬ドラッグ『カブキ』合法処方」だのといった、物騒なネオン文字がチカチカと明滅していた。


 行き交う町人や商人も、その大半が身体のどこかを機械化している。腕を四本に増やして荷物を運ぶ職人、目を不気味なカメラレンズに換装した商人。行き交う人々は一様に、何もない虚空を見つめ、せわしなく指を動かしていた。


「おい、生身の。さっさと歩け」


 後ろからサイバー足軽に小突かれ、大河はよろめきながら前へ進む。歩きながら観察して、彼はある奇妙な事実に気がついた。すれ違う人々が、時折、ホログラムの広告に気を取られて壁にぶつかったり、他人のバイクにかれそうになったりしているのだ。


(ああ、なるほど……)


 彼らは脳内の電脳チップを通じて、視界に直接「拡張現実(AR)のナビ」や「大量のネット広告」を強制表示されているのだ。便利ではあるのだろうが、データ通信のノイズやポップアップ広告のせいで、目の前のリアルな視界が阻害されている。


 しかし、完全生身の大河の目には、そんな鬱陶うっとうしい広告データは1ミリも映らない。


(これは……もしかして逆に強みになるんじゃないか?)


 ネットの視覚ノイズが一切ない。情報過多で脳が焼かれることもない。


 彼の目には、この巨大な電脳都市の物理的な構造――路地裏の抜け道や、防犯カメラの配置、建物の死角が、ノイズなしで100パーセントクリアに見えていた。歴史オタクとしての地形把握能力と合わされば、この『生身の視界』は間違いなく武器になる。大河はそう確信していた。


 そんなことを考えているうちに、彼は清洲城の最下層にある巨大な「うまや」――要するに、軍用車両の整備ドックへと放り込まれた。


「おい、猿。今日からお前の仕事はここだ」


 案内を終えた足軽が、ドックの隅に積み上げられた、ずっしりと重い金属の塊を指差した。


「それは殿とのの愛車と、予備の軍事用義体に使う『外付け予備バッテリー』だ。精密機器だからな、泥や鉄錆がつくと電導率が落ちる。毎日、油を引いてピカピカに磨き上げておけ」


 それが、織田信長直属の小者となった彼に与えられた、最初の仕事だった。


 ドックのサイバー整備兵や雑兵たちは、生身の大河を見るなり、露骨に見下し虐めてきた。


「何だ、そのナヨナヨしたオーガニックの身体は」

「電脳もねえクズが、殿のバッテリーに触るんじゃねえよ。錆が移るだろ」


 わざと磨き終わったバッテリーを蹴飛ばして泥をつけられたり、油を頭からかけられたりする日常。現代のぬるま湯からいきなり地獄のような環境に叩き落とされたショックで、心が折れそうになる。


 だが、彼は泥水をすすりながらも、バッテリーを磨く手を絶対に止めなかった。


(舐めるなよ……。これでも俺は、歴史オタクだ。織田信長という男の『性格』を、お前ら戦国時代の住人よりもよっぽど熟知している)


 織田信長は、短気で合理的、そして役に立つ道具なら身分や出自に関係なく重用する男だ。


 今ここで腐ったら本当にただの生身のクズとして打ち捨てられて終わる。ならば、この最低辺の雑用を完璧にこなし、あの男の懐に潜り込むしかない。


 大河はバッテリーを磨きながら、現代のメカ知識と、整備兵たちの会話から得た情報を脳内でリンクさせていった。


(このバッテリーはリチウムと超電導素材のハイブリッドだな。なるほど、信長様のバイクは高出力だが、そのぶん電圧の安定性がシビアだ。ここをこう調整しておけば……よし、構造は完全に把握した)


 毎日毎日、文字通り血の滲むような努力で、信長の愛車と予備バッテリーの特性を頭に叩き込んだ。


 周囲のサイバー雑兵たちが馬鹿にしてゲラゲラ笑う中、彼の牙は、静かに研ぎ澄まされていった。


 ――そして、この時代にやってきてから数ヶ月が経った、凍てつく冬の夜。


 ドックの警報アラートが、赤く激しく鳴り響いた。


『緊急コール! 急襲アラート! 美濃の斎藤勢に動きあり! 殿が出陣されるぞ! バイクを回せ!』


 城下町で情報を仕入れ、今が永禄9年(1566年) だということは分かっていた。この時期、美濃の斎藤家といえば1561年に斎藤義龍が亡くなり、その後を継いだ斎藤龍興が当主になっていたはずである。信長はその龍興が治める美濃を攻略する戦の真っ最中だ。


 ドック内は一気に蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。チーフ整備兵の悲鳴のような絶叫がドックに響き渡る。


「クソッ、何だ、このエラーコードは!? 寒波のせいか。寒すぎるんだ……! 殿のバイクのメインシステムが凍結フリーズしてブートしねえ!!」

「予備バッテリーを使ったらどうだ!?」

「駄目だ! 予備のほうもこのマイナス10度の気温のせいで電圧が急低下してやがる! 起動までに最低でも五分はかかるぞ!」


 一刻を争う夜間奇襲。だが、最新のサイバーテクノロジーは、戦国時代で牙を剥いた大寒波という超アナログな自然現象の前に、致命的な機能停止エラーを起こしていた。


「五分だと!? 殿をお待たせすれば、俺たちの首が飛ぶぞ!!」


 パニックに陥るサイバー整備兵たち。


 その混乱の渦中、ドックの隅で冷え切ったバッテリーの山を見つめていた大河は、静かに口元を歪めた。


(……バイクじゃあ馬と同じようには動かんよな。待ってたぜ、この瞬間を)


 大河は、一歩前へと踏み出した。

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