第13ー1話:美人デコイとトロイの木馬3
アイリス王女の執務室。
ミントは無造作に「袋(アイテムボックス、ニクスを収納済み)」を机に置いた。
「アイリス様、和平反対派の急先鋒である陸運貴族の屋敷へこの袋を持って個別交渉に行って。
目的は彼らを出来るだけ長く説得すること。……失敗してもいい」
アイリスが小首をかしげる。
「失敗、ですか? 和平のために、私は本気でお話しするつもりですけれど」
「ええ、本気でやって。貴女の語る『平和への理想』は、この世界で最も注目を集めるでしょう。
……お願いしたいことは三つ。
一、この袋を肌身離さず持っていくこと。
二、交渉の半ば、席を外して物陰で一度だけ封を開くこと。
三、そして、最後に袋を回収して帰ってくること」
ミントは隣に控える美人剣士、ヘレンに視線を向けた。
「ヘレン、貴女は護衛として礼装で同行して。
貴女のような有名で美しい指南役の娘が傍にいれば、衛兵の視線は嫌でも固定されるわ」
アイリスはミントの冷徹な瞳の奥にある、確信に満ちた「解」を読み取った。
「まるで手品ですね。
私が舞台で光を浴びている間に、袋の中から何かが消えたり現れたりする。
……これが、ミントさんの仰る『最低で最高なプラン』の一部なのですか?」
ミントはミラーグラスを指で押し上げた。
「そうね……もし彼らが本当に白(潔白)なら、貴女の理想に心を打たれて協力してくれるでしょう。
でも、もし黒なら――その『袋』が、彼らの不正という名のバグを集めてくれるわ」
陸運貴族の屋敷。
アイリスが「次の世代に流血を残さないために」と、目に涙を浮かべて熱弁を振るう。
ヘレンはその傍らで、一分の隙もない凛々しい立ち姿で周囲を威圧し、男たちの視線を独占している。
アイリスが「少し風に……」と中庭へ出た瞬間。
ミントの指示通り袋の封を解くと、音もなく、気配もなく、ニクスが影となって射出された。
(……ミント様の予測通り。この世界のセキュリティは、『王族の荷物』という例外にはあまりに脆弱……)
ニクスのレポート。
「……おかしい。
パノティアからローレンシアまで、砂漠を除けば見通しの良い平原が続くルート。
なのに、積み替えポイントが6箇所もある。……わざわざ荷物を下ろし、別の馬車に積み直す?」
不審な積み替えポイントをメモし、再びアイリスの持ってきた袋へと潜り込むまで、わずかな間。
屋敷の主はアイリスの「理想論」に対し、鼻で笑いながら「女子供の夢物語だ」と勝利を確信していた。
王宮へ戻ったミントは、アイリスから袋を回収し、満足げに口角を上げた。
「お疲れ様。貴女が語ってくれた『平和な未来』のおかげで、この国の『腐った過去』が集まったわ」
陸運貴族の「中抜き」システム解説。
彼らにとって、陸路の過酷なルートは「改善すべき課題」ではなく、「予算を膨らませるための言い訳」です。
不自然な「積み替え」の正体:
本来ならそのまま運べる荷物を、わざわざ自分たちの領地の拠点で「積み替え」させる。
目的1: 積み替え作業費の名目で誤差の範囲内で中抜きする。
目的2: 作業中に物資の一部(保存食や高級品)をくすね、帳簿上は「輸送中の劣化・紛失」として処理する。
ミント: 各ポイントで少しずつ掠め取る中抜きの『サラミ法』ね。1箇所なら誤差でも、6箇所合計すれば?
パノティア王都、大聖堂の白亜の門前。
重厚な荷馬車を連ねた陸運貴族の車列が、教会の「祝福」を受けるために鈍い音を立てて止まった。
その瞬間を、計算に基づいた偶然(必然)が捉える。
「あら、奇遇ですね。皆様、先日は私の拙い話に耳を傾けてくださり、感謝いたします」
馬車から降り立ったのは、陽光を背負ったアイリス王女。
その隣には、圧倒的な武のオーラを放つ指南役の娘、ヘレンが控えている。
陸運貴族の代表イスト=モスは、毒気を抜かれたかのように頭を下げた。
「これは王女殿下。……ええ、我らは今からこれら前線への支援物資に、ガイア様の祝福を受けるところです」
「素晴らしいわ。……ちょうど、私もガイア様へのお祈りに来たところなの。
ついでに見学させていただけるかしら?」
「……は、はい。もちろんでございます」
王女の無垢な好奇心は、この世界において拒否不能な実行命令だ。




