第13ー1話:美人デコイとトロイの木馬4
大聖堂の奥、「祝福の儀」が執り行われる薄暗い広間。
アイリスは、教会の代表であるソムヌスの前に進み出た。
彼女が語り始める「平和の理想」は、もはや一つの魔法に近い。
「皆様。あまりに多くの血が流れすぎました。
私は、次の世代にこの『絶滅戦争』を引き継ぎたくないのです。
どうか、和平案に賛成してください。それがガイア様の御心にも叶うはずです」
アイリスが切々と情に訴えかけ、ヘレンが次の勝利(平和)を祈る凛々しい姿。
教会の司祭たちも、利権を守ろうとする貴族たちも、その「眩しさ」に目を細める。
その瞬間。
アイリスが持っていた袋の封が、彼女の祈りの動作に紛れて僅かに開いた。
影の中から音もなく射出されたニクスは、もはや物質ではなく影そのものだった。
ニクスの潜入レポート:
祝福の儀式という名の中抜き現場を確認。祝福が終わっても、全ての荷物を運び出さない。
教会のゴミ焼却場から、本来国内に残るはずのない「支援物資専用の空袋」を証拠として焼却前に回収。
ホームレスによる発見として偽装。
ミントは再び、北前船に交易品を積み込み、前線のローレンシア国へと向かった。
ローレンシア国の執務室。
再会したカドモスは、相変わらず目は笑っていないが、完璧な所作で紅茶を差し出した。
だが、ミントにそれを楽しむ余裕はない。
「学園以来ですね、ミントさん。今日はどのような用件でしょう?」
「再会を喜びたいところですが、無駄にする時間はありません。単刀直入に。情報と答え合わせに来たわ」
「何やら、不穏な響きですね」
「まず情報提供よ。魔王の娘ペルセが臨時政府としての承認と、人類側との不可侵条約の締結を検討している」
「どこでそれを?いや教えられませんよね」
「……答え合わせは、支援額の話」
カドモスの眉が微かに動く。
ミントは、パノティア国が前線支援のために放出した帳簿の写しを机に置いた。
「こちらの国の恥を晒すことになるけれど、安心して。
王女陛下の同意は得ているわ。……貴国の『支援物資受領台帳』を閲覧させてほしい」
「……私の権限の及ぶ範囲ではありません。ですが理由によっては主に上申しましょう」
「『中抜き疑惑』の証明よ」
ミントは冷徹な数値を示した。
「パノティアが出している支出額と、貴国が実際に受け取っている物資の量に、相当な『乖離』があるはず。
もし、この中間に寄生している陸運貴族や教会の利権をバイパスできれば。
当方の支出を削減しても、貴国の受け取りは今より増加する。……誰も損をしない、論理的に正しい提案よ」
カドモスは、ミントが提示した「パノティア側の支出額」に目を落とした。
その瞬間、彼の瞳に宿ったのは現場を知る者としての静かな憤りだった。
「……なるほど。兵士たちが血を流している裏で、私腹を肥やしている不純物がいる、と。
……承知しました。お嬢様を通じて、閲覧許可を取り計らいましょう。
検証の協力者として、これ以上の適任はいないでしょうから」
ローレンシア国の堅牢な書庫の一室。
学園で知り合った令嬢クロエやカドモス、アイリス王女が立ち会う。
ミントは両国の帳簿を突き合わせていくが、その結果は、凄惨なものだった。
「最初はバレない程度に薄く削る『サラミ戦略』だったみたいだけど
……最後の方は感覚が麻痺したのか、もはや厚切りハムだね」
ミントの乾いたユーモアのある言葉にも、アイリスは初めて見せる表情を浮かべた。
「クロエ、無理なお願いをします。この台帳の写しをいただけませんか?
不正を正すために。王女として、友人としてお願いします」
アイリスが深く頭を下げる。
クロエは、かつてアイリスがミントに言った言葉をなぞるように笑顔で返した。
「全ては救えない、それでも助けを求められたなら、見捨てずに検討する。
……でしょ? 全部が無理でも、何年か分なら何とかするわ」
協力を約束し、足早に部屋を出ていくクロエとカドモス。
その背中を見送りながら、ミントは呟きを漏らした。
「……契約もないのに、人は動くんだね。
学園でコネを作るとは言っていたけど、あそこまでとはね」




