第2話:デスマーチへようこそ1
「異世界デバッガー採用試験、合格おめでとうございます!」
ガイアが拍手すると、追加の花びらが舞った。
「今のやり取りで証明されたわ。貴方は一神教のパラドックスで神を追い詰め、
組織図の開示を求め、統計的合理性でこちらの失策を叩く。
貴方こそ、あのヌルい世界を『検品』し、叩き直せる唯一の人材です」
ガイアが作り物ではない『いい笑顔』を見せたのに対し、ミントは頭を抱えた。
「……ワタシが貴方を論理的に追い詰めたプロセス(原状回復)自体が、貴方のニーズ
……『デバッガーの採用基準』に合致してしまった、と?」
ガイアは満面の笑みで大きく頷いた。
「記念すべき合格第1号よ。
あっちの世界、パンガイア大陸は文明が完全に停滞している。
つまり、中世が終わらないのよ」
疲れたようにガイアが肩を回すが、ミントは歴史から教訓を導き出す。
「中世の停滞……宗教が強すぎるとか? ガリレオの十倍くらい弾圧されてない?
例えば『ガイア教徒』とか?」
ガイアは即座に否定する。
「そんなことないわ。うちの子(教徒)はみんないい子です。みんな平和に祈っているだけよ」
「いるんだ、ガイア教徒。管理職が『現場は平和』だと思い込んでる時が、
一番バグが進行してるものだけどね」
女神ガイアは力なく、空間にいくつかの「テンプレ」な光景を投影した。
そこには、魔王の脅威に怯えながらも、翌日には何事もなかったかのように畑を耕す人々の姿があった。
矛盾だらけの生活を繰り返す人々の姿があった。
「矛盾だらけなのに、誰もそこに疑問を持たない。
世界そのものが『ご都合主義』というぬるま湯に浸かって、進化を止めてしまった。
我々管理側としても、このままではマズいと思っています。
だけど、外部から破壊するわけにもいかないし。
だから、この異常な空間の内部でも流されず、管理者である神にさえ臆さずツッコミを入れられる、
最高に理屈っぽくて性格の悪い人材を探していたの」
ガイアはミントを指差し、初めて不敵な笑みを浮かべた。
「性格が悪いのは職業病です」
ミントは不満げに言い返す。
「ハッカー(侵入側)とデバッガー(保守側)は違うし、
相手はシステムじゃなくて世界ですよね?」
と食い下がる。が、ガイアはいい笑顔を崩さない。
肯定も否定もしないその表情は、既にミントという合格者を逃がさないという確信に満ちていた。
ミントは、それまで女神に向けていた鋭い視線をふっと緩めた。
大きくため息をつき、肩の力を抜いて、わざとらしく小さく笑ってみせる。
つまり方針転換だ。
帰還のルートを女神に握られており、かつ自分の特性が「採用基準」に合致してしまった以上、
これ以上の脱出試行は非効率の極みだ。
ならば、この「異世界派遣」を、最大限に有利な契約に変えるまでだ。
「……これは参りました。まさか死後の世界で採用面接を受けるなんてね。
でも、正直に話してくれたのは嬉しい。ここからは建設的な『交渉』に入りましょうか」
ミントは指を三本立てた。
「ワタシが納得して『異世界』という名の現場に赴くには、三つの条件がある」
一.損害賠償(慰謝料)
「まずは手違いでワタシを死なせた分。……ワタシはギグのメンバーと料亭
……いや、本当は小汚い赤提灯で一杯やる予定だった。そこにはささやかな幸福があった。
それを奪った代償は、安くないよ」
二.現物給付(業務ツール)
「次は現場で仕事をこなすための道具。デバッガーを丸裸でバグだらけの戦場に放り込む気じゃないわよね?
ワタシの身の安全と、作業の効率化に必要なスペックを調べさせて。
……仕様書の偽装は認めない」
三.労働報酬
「最後はこれ。奴隷をムチで叩いても生産性が低いのは、人類の歴史が証明している。
ワタシを働かせたいなら、それ相応の報酬と、クローズ後の完璧な『帰還』を約束して。
……ワタシみたいな『神にツッコミを入れられる人材』、次の入荷がいつになるか分からないんだから」
ガイアの頬が、わずかに引きつった。
慈愛の女神としての仮面が剥がれ、一人の「切羽詰まったプロジェクトマネージャー」としての焦りが顔を出す。
ミントの態度は、もはや被害者でも転生者でもなく、無能な発注元を絞り上げるフリーランスのそれだった。
「損害賠償の支払いに合意したなら、次はツールの仕様確認(SLA)」




