第10話:学園編:武道大会編(不適切な運用)
大会当日の朝。
ミントが自室の扉を開けようとした際、足元に滑り込んでいる一通の封筒に気づいた。
差出人の記載はない。安価な紙質に、ありふれた封蝋。
中から出てきたのは、乱暴な筆致で書かれた一行。
『大会で殺す』
そして、警告のつもりか、小さな剃刀の刃が一片。
「……ラブレターやファンレターではなさそうね」
ミントは工具で刃を摘み上げ、ミラーグラスの倍率を上げて観察する。
どこにでも売っている汎用品。
「……犯人は、あの馬車襲撃事件の関係者?
それなら本来の標的はワタシではなく王女のはず。
……邪魔をしたワタシへの個人的な報復?
それとも本命を叩く前に、邪魔なセキュリティから排除という算段?」
情報量が少なすぎる。
動機、背後関係、そして「大会で」という実行予告の場所。
ミントは軽く頭を振り、思考を整理した。
「……ま、いいわ。向こうから接触すると知らせてくれるなんて、親切ね」
彼女は鏡の前でメイド服の襟を整えた。
腰には、アイリスから譲り受けた漆黒の刀。
闘技大会、従者部門の一回戦。
石造りの闘技場の中心、観客の視線が注がれる中、ミントの前に立った対戦相手。
まるで影そのものが形を成したかのように希薄な存在感を放つ少女だった。
名はニクス。得物は黒塗りの短剣の二刀流。
ミントも試合では銃が使えないので、刃引きした短刀を順手、刀を逆手に構える。
「試合開始!」
審判の合図と同時に、ニクスが一瞬で視界から消える。
異常なほどの低姿勢。地面を這うような高速移動で突撃してくる。
通常の剣士の振り下ろしや、横薙ぎを想定しての低姿勢なのだろう。
だが、ミントのような逆手の「下段切り上げ」は想定していない。
何より銃術は至近距離の銃弾を回避、反撃するための技術。
想定している速度の差は歴然。
何合か打ち合うも、短剣の刺突は全てミントの最小限の軌道修正で弾かれた。
「勝負あり!」
審判の判定でミントの勝利が確定した。
礼儀として、崩れ落ちた少女に近づき手を差し伸べる。
「……負けた。……一族の掟に従い、結婚してください」
膝をついたニクスの口から出た言葉。
ミントは手を貸すのをやめ、無機質な視線を向けた。
「試合後に『盤外戦術』は止めてね。一つ確認だけど、あの脅迫状は君?」
ニクスは無言で頷く。
「君たちの一族では『敗北=配偶者の選定』。
自分より強い相手を伴侶にするという戦闘力のみが基準ね。
仮にワタシが負けたら、貴女はその相手と再婚するの?
そもそもワタシを殺そうとした相手を、なんで信頼して生活できると思う?
それに同性婚は認められていない。
悪いけど、君の身柄はそのまま学園の警備局(司法)へ引き渡す。
試合でのことは罪に問えないから、脅迫罪でね。頭を冷やしてきて」
観客席に戻ると、三者三様の反応がミントを迎えた。
「あの妙な筒(銃)なくても戦えたんだ、すごいね!」
とラムに感心された。
「まずは一勝、お見事ですミントさん」
とアイリス王女に激励された。
「相手は暗殺者の技術でしたね、中堅以上の使い手。
手強いはずでしたが、日中では厳しいようですね」
ヘレンの冷静な武術的評価。
「暗殺者と試合?理解できない。彼女は得意分野で勝負していない」
そう、明るい日中の審判のいる試合ではなく、夜道の急襲だったら?
と考えると背中に冷たいものを感じた。
「インタビューの時間ね」
警備局に面会に行くと、真相はあっさりと判明した。
ニクスを雇ったのは、海運という新規参入者に対する陸運系貴族の子弟からの歓迎。
いわゆる「新規事業への営業妨害」だ。
ニクス自身は口止めすらされておらず、むしろミントとの再会にどこか嬉しそうな表情を浮かべている。
「……事情は分かったわ。陸運系の刺客ね。でも、あなたの使い方は根本的に間違っている」
ミントはパーティション越しに、無機質な声を響かせた。
「暗殺者を雇うという判断までは理解できた。
けれど、隠密特化を白昼堂々の闘技場に放り込むなんて。
例えるならハッカー(ワタシ)を、一日中『コピー用紙の補充』という単純作業で雇うようなもの」
リソースの無駄遣い、そして適性の完全無視。
「……そんな非効率な命令を下す相手なら、契約を破棄したほうがいい。
ワタシなら完璧に使いこなしてみせる」
「……。ミント様が……そう、言うなら」
頬を微かに染めるニクスに気づかないミント。
お約束とミントの感想
・暗殺者:なんでこれがヒロイン候補かわからない
・貴族に目をつけられる:暗殺者に試合させるなんて、よくわからない




