第8話:ミントのパンガイア大陸リブート計画1
スタンピードから数日たち、街は嵐の後始末という様子だった。
ミントはギルドの窓際に陣取り、ミラーグラス越しに映し出される窓の外の光景を眺めていた。
広場では、教会から派遣されたであろう聖職者が、負傷した冒険者たちの治療を行っている。
「魔王の影が迫っております! 皆、女神への祈りと、ささやかな寄進を!」
聖職者が危機感を煽りながら、怪我人の傷口に手をかざす。
柔らかな光が溢れると、見る間に傷が塞がっていく。
だが、それは無償の慈愛ではない。
治療を受けた者は、申し訳なさそうに、あるいは義務的に、聖職者が差し出す鉢に硬貨を投げ入れていた。
「回復魔法ーー便利なものだね。傷の修復という実利でお気持ち(利用料金)を回収するビジネスモデルだ」
ミントが皮肉げに独り言をこぼす。
ふと、聖職者の胸元に刻まれた紋章に目が留まる。転生前の神殿で見た紋章だ。
そして、その背後に掲げられた、完璧な美しさを湛えた女神の肖像画。
そう、彼らは女神ガイアの信徒のようだ。
「まったく、あれが採用面接だなんて食えない女神様だった」
隣から聞き慣れた声がした。
「ミントさん、お疲れさま。水でもどう?」
声をかけてきたのは、以前ミントをパーティーに誘った女性先輩冒険者だ。
彼女は空のコップをテーブルに置くと、その上で軽く指を動かした。
何もない空間から透明な液体が溢れ出し、一瞬でコップを満たす。
「今のは?」
「生活魔法よ。あ、ごめんね。ミントさんは魔力がないから、戦技を磨くしかなかったんだよね」
一切悪気のない、純粋な同情。
この世界において、魔法が使えないことは「欠陥」と同義なのだろう。
「どういう原理で水が生成されるの?砂漠でも使えるの?」
キャラバンみたいに、大量の水を運ばないで済むなら便利そうだ。
「原理は知らない。砂漠だと水の精霊がいないから無理ね」
「無から有は生じない、か」
ミントは肩をすくめた。コップを口に運ぼうとすると、膝の上から控えめながらもしっかりとした主張が届いた。
「ラムの分は?」
ミントの膝の上を完全に「自分の定位置」として確保しているドラゴン幼女、ラム。
小さな両手を広げて見上げてくる。
「……はいはい。コップ、もう一つ貰ってくるわね」
先輩冒険者が苦笑しながら席を立つのを見送ってから、
ミントは膝の上の「生態系の頂点」をじろりと見下ろした。
この幼女、ラム。本来は街を壊滅させられる程のドラゴンでありながら、
今はあざといほどに「守られる存在」を演じている。
甘えるような仕草、計算された上目遣い。
ミントの分析によれば、これは明らかに「生存戦略としての庇護欲喚起」だ。
「あざとーい!自分が可愛いのわかっててやってるよね」
「なんのこと?」
きょとん、とした無垢な顔をする。
呆れながらも、顔をムニムニする。
ミントは窓の外の光景を見ながら、当然の疑問を口にした。
「ねぇ、ラム。あの治癒魔法で、貴女の翼の治療はできないの?」
水を飲んでいたラムは、不満そうにほおを膨らませた。
「翼は繊細なの。表面を塞げば治るほど単純じゃない」
「……表面を塞げば治るほど、簡単じゃない?」
「飛ぶのは繊細な行為、だから自然に回復するのを待つの!」
ラムはもっともらしい顔で上目遣いにミントを見た。
実際には、翼が回復したらミントとの契約が終了すると思っているのかもしれない。
だがミントの思考は、別の方向に高速で回転を始める。
魔法で傷が治るから、この世界の住人は「消毒」や「抗生物質」という概念を知らない。
魔法で水が出るから、公衆衛生の基礎である「水道」を整備しようと思わない。
魔法で火が灯るから、エネルギー効率を追求した「内燃機関」の研究が進まない。
つまりプロセスを解明せずに基礎研究もなしに、結果が出てしまう。
「そう……停滞の原因はこれだ」
まるでシヴィライゼーション(歴史シミュレーションゲーム)のテクノロジーツリーの、
中盤の基礎研究がごっそり抜け落ちている状態。
魔法という「チートコード」が存在するせいで、文明そのものが進化の袋小路に陥っている。




