第7話:スタンピード編(はじめての誤算と膝の上の居候)1
漆黒の甲冑がミントの眼前に立ち塞がる。距離、わずか3メートル。
相手は既に巨大な両手剣を抜剣し、殺気を放っている。
その身のこなしは、これまでの魔物のような単純な動きではなく、洗練された型を感じさせるものだった。
「……討伐スコアを稼ぎすぎたのが原因で、ヘイト値(敵対心)が最大まで累積した?
完全に計算違い(裏目)ね」
ミントは小太刀とマシンピストルを構え、ミラーグラスの表示を近接戦闘モードに切り替える。
「……で、鎧の中身は何? 」
漆黒の甲冑は答えず、ただ地を蹴った。
ミントはミラーグラスの予測軌道をなぞり、最小限の動きで剣戟を回避する。
時に小太刀で剣を受け流し、火花を散らしながら、装甲の継ぎ目
――物理的な脆弱性に攻撃を集中させた。
「まずは籠手!」
甲冑の腕部を弾き飛ばす。
剥き出しになったのは、金属の歯車でもモンスターでもない。
血の通った「人の腕」だった。
「人間……? モンスターじゃないの?」
ミントは追撃の手を緩めない。
跳ね上げるような銃尻の打撃が兜を弾き飛ばすと、漆黒の巨躯が動きを一瞬止めた。
「……助かりました」
兜の下から現れたのは、泣きぼくろが印象的な、ショートカットで凛とした美貌の剣士だった。
彼女は大剣から片手を離す。どうやら鎧を破壊したことで彼女が主導権を取り戻したらしい。
「私はヘレン。パノティア国の剣術指南役の娘
……実戦経験を積むためにソロでダンジョンに挑んでいました。
運悪く鎧が破損して、見つけた鎧を装備した途端呪いによって意識を乗っ取られてしまったのです」
「外部からの呪いによる強制操作ね。了解、解体を継続する」
ミントは淡々と残った装甲を引き剥がしていく。
「ありがとうございます。……貴女に我が剣を捧げます」
ヘレンが膝を突き、恭しく頭を垂れる。
だが、ミントの視線はその鎧から露出した「中身」に釘付けになった。
破れた服の下から覗くのは、この世界の平均的な文明レベル(中世風)とは明らかに不釣り合いな、
繊細なレースが施された――現代的なランジェリー姿だった。
肌の透過性(透明感)を維持しつつ肉体をホールドするデザイン。
白い肌に食い込む黒いレース。
戦場という死の匂いが漂う場所で、そのアンダーウェアだけが、過剰なまでの生々しさと、場違いな色気を放っていた。
同性であるミントですら、その圧倒的な存在感に、本能的な重力を感じるほどだった。
「ねえ……それ。その、アンダーウェアの仕様は何?」
「これですか? これは、戦死した後に無様な姿を晒さないための矜持です。
いつ果てるとも知れぬ我が身。死して骸を曝す時、無様な姿で家の名を汚さぬよう……。
これが私の、死装束(正装)なのです」
ミントは一瞬、言葉を失った。
「……ごめんね。今の質問、取り消すわ」
単なるサービスシーンだと思った自分を、心の中で殴りつけた。
彼女は、かつて自身の世界にいた「侍」と同じ思考プロセスを持っていたのだ。
そう、侍の鎧は死装束。
死を覚悟した瞬間に、最も美しい自分であること。
それは一つの完成された美学だった。
「……文字通りの『勝負下着』だったわけだ。冗談じゃなく、命を懸けた」
ミントは毛布を投げて渡し、呪いの鎧をアイテム袋に収納した。
「同情はするよ。でもね、ワタシの仲間に、という申し出は保留させて」
ミントは跪くヘレンを見下ろし、感情を排した声で告げた。
「だって、この漆黒の甲冑はスタンピードの統率者でしょ?
なら周囲の人間はこう思うはずよ。『ミントは自作自演で討伐数を稼いだ』ってね。
「……」
「呪いによる不可抗力で免責されるかどうか知らないから、司法の手に委ねるよ。
その後で改めて検討させてもらう」
「――わかりました、そのときは必ず」
ヘレンが深く頷いたその瞬間、見張り塔からひび割れた叫び声が響き渡った。
「ドラゴンだ! ドラゴンが来るぞ!! 雲の向こうだ」
ミラーグラスを望遠に切り替えると、悠々と大空を舞う巨躯のドラゴンの姿が映る。
「翼面積と揚力の計算するまでもない。
骨格を軽量化した怪鳥ならまだしも、あの質量を浮かせるなんて。
……魔力か反重力?」
ミントは思考する。
「スタンピードの原因は、あのドラゴンが移動してきて住処を追われた魔物が、
ヘレンを統率者として取り込んで町に来た。
……というシナリオはありそう」
ミントは空を見上げ、独り言ちた。




