第6話:スタンピード編(負の遺産の清算)1
「モンスターの大量発生だ! 森から溢れ出したぞ!」
ギルドの扉を壊さんばかりの勢いで飛び込んできた男の絶叫が、場を凍りつかせた。
ジョッキを傾けていた冒険者たちの顔から血の気が引き、酒場特有の喧騒が、重苦しい沈黙に変わる。
だが、その静寂を切り裂いたのは、ミントの乾いた声だった。
「モンスターの大量発生、ね。つまり生物の個体数爆発。
……考えられる理由はリソース不足による集団移動(レミングス現象)、
あるいは環境激変に伴う個体数急増(蝗害)。
それとも上位種が原因でテリトリーを追い出されたか」
ミントはミラーグラスを指で押し上げ、淡々と分析を継続する。
「何にせよ、これは突発的な事故じゃなくて、
システムの容量超過による必然的な挙動」
ミントは狼狽し、パニック一歩手前のギルドマスターに尋ねた。
「この規模のスタンピード、過去のログ(記録)はある?」
「き、記録だと……? 待て、いま調べる!」
ギルドマスターが2階の書庫へ全力で走り、埃の舞う紙束を抱えて戻ってきた。
「記録によると……三十年前にも一度あった。
その時は隣町のギルドと協力し、多大な犠牲を払いながらも、なんとか鎮圧したと記されている……」
「三十年前、ね。
……じゃあ、その時に策定された再発防止策は何? アーカイブして満足したわけじゃないよね?」
「再発防止……? いや、あの時は街を守るだけで精一杯だった。
平和が戻れば、人は明日を生きるために今日を耕さねばならん……」
ミントは深く、力なく首を横に振った。
彼女の目には、このギルドがアップデートを怠り、セキュリティホールを放置し続けた末にウイルス感染を許した、救いようのない旧式OSのように映っていた。
ミントは事務的にギルドマスターに問いを重ねた。
「スタンピードでの討伐数は、ランクアップのスコアとして合算されるよね?」
「もちろんだ、特例として倍率もつく。ギルドへの貢献度も大幅に加算されるぞ」
「あと報酬の出処はどこ? ワタシの弾薬は有限で、タダじゃないんだよ。
ワタシの弾薬は『やりがい』や『正義感』では買えない。
これは慈善事業じゃなくて、必要経費の話をしてるの」
ギルドマスターは、まるで宇宙人を見るような顔で答えた。
「……賞金首の大型個体以外は、基本的にドロップアイテムを換金してくれ。それが常識だ」
「……待って。その話、論理的に破綻している」
ミントの動きが止まった。ミラーグラスの奥で計算回路がショートしたかのような沈黙が流れる。
「普通の動物を倒せば、そこには『死体(肉や皮)』が残る。
それは当然の結果。
なのに、なぜモンスターは倒された瞬間に消滅し、代わりにドロップアイテムになるの?
質量保存の法則はどこへ行ったの。
じゃあそのドロップアイテムを逆変換(加工)すれば、元の魔物に戻るの?」
ミントは両手で頭を抱えた。
この世界の「バグ」は、彼女の理解を遥かに超えている。
だが数秒後、彼女はシステムを再起動したように顔を上げた。
「……不条理な仕様だと思って呑み込む。
今すべきことは、付近の街や村へのスタンピード警告と兵站の支援依頼。
警告すれば対処の時間は稼げるし、兵站がないと現場は維持できない」
酔っ払いを一撃で沈め、高ランク冒険者を威圧し、さらには王城の通門証まで所持しているミントは、Fランクという最低評価でありながら、完全に場の主導権(権限)を掌握していた。
話は終わった、あとは迎撃戦だという空気が流れる。
「よし、迎撃戦だ! 街の外で魔物を食い止めるぞ!」
先ほどのBランク冒険者が、名誉挽回とばかりに拳を突き上げる。
だが、ミントの声がそこに冷水を浴びせた。
「待って、まさか街の外(平原)で戦うつもり?」
「当然だ! 街に被害を出さないのが冒険者の誇りだ!」
先ほどのBランク冒険者が返事をするが、ミントは呆れたように吐き捨てた。
「敵の総数も、目的も判明していないのに? 索敵もせずに平地で乱戦なんて自殺行為」
「街に近づけるわけにはいかないだろうが!門を破られたらどうする!」
「何のために、冗談みたいに高い城壁があると思っているの? その上から一方的に攻撃すればよくない?」
ミントは続ける。
「モンスターも食料がなくなればどこかへ行くでしょう。
付近の街には警告を出しているから不意打ちにはならない。
もし限界を超えてこの街に留まり続ける個体がいるなら、それは本能ではなく、
外部から命令や操作をされている。
遠距離攻撃で数を減らし、食料切れで弱るまで決戦は保留すべき。
リソースの消耗を最小限に抑えるのが戦術の基本でしょ」
ミントは冷徹な演算結果を突きつけ、反論の余地を奪う。
「だが……それでは卑怯だと……」
Bランク冒険者が、誇りを引きずりながら食い下がる。
ミントは肩をすくめ、出口へと歩き出した。
「卑怯と言いたいならご勝手に。Fランクのワタシは最適解を選び、
安全圏から一方的に討伐数を稼がせてもらうから」
言うべきことは言ったと、ミントはギルドを後にした。




