第八十七話 玉響(たまゆら)
大蜘蛛丸との因縁は解けた
真貴も正季も日常へと戻っていく
五日後、橘正季は国府で目代の井上満実と対座していた。
正季は話を締めくくった。
「以上が、大蜘蛛丸一味追捕の顛末にございます」
「大蜘蛛丸を含む九人を討ち、五人を捕縛か……見事な手柄だな」
「この手柄は、佐閑の里のものです。私は加勢に過ぎません」
正季は、事後処理を終え、早々に国府を去りたかった。
満実が、当然のように言った。
「あとは、国司様への上申を書いてくれ」
「いえ、私は少掾を辞しましたので、他のどなたかに……」
「はて。そういう話は聞いてはおらんが」
満実は、相変わらず表情を変えない。
「では、あらためて、少掾を辞します。ご承知ください」
「それは、承知できんなあ」
「……何故に?」
「そなた、佐閑に参るつもりであろうが」
「……」
「そなたは、顔に出るな」
満実が片方の眉を上げた。
「まず、今度のことで、明らかになったのは、佐閑は戦う力を持っているということだ」
「……野盗から身を守っただけで、謀反などとは無縁です」
「今はな……まあ、聞け。わしは佐閑を潰そうなどとは毛頭考えてはおらん。佐閑を得難きものと思っておる」
満実が続けた。
「わしは、佐閑を諸の配下から離し、新たな郡代を置きたいと考えておる。そこで郡代として、佐閑を差配できる者が要る」
満実が片側の口角を上げた。
「そなた、国府の役を帯びたまま、佐閑を差配せぬか?断るならほかの者を考えねばならんのだが……」
真貴は、黄金の太刀で大蜘蛛丸を倒したことを、ユイにも秀柾にも口止めした。黄金の太刀の威力を体感し、人の世にあってはならぬものだと、真貴は思った。
立冬を前にした吉日に、秀柾とセイの婚儀が村をあげて行われた。米と猪肉、川魚が存分に用意され、村人たちは歌を歌い、盃を打ち鳴らし、村の若武者と新妻の門出を祝った。
諏訪の風間家から祝いの品として、秀柾には立派な太刀と具足、セイには美しい打掛が届けられた。上田、諸の里々からも祝いが届いた。
佐閑に八ヶ岳おろしの乾いた寒風が吹く冬がやって来た。
里は、何事もなかったかのように日々の営みに戻っていった。
年末が近づいたある夜、真貴は、夢を見た。
真貴は、小舟で渡った湖のほとりに立っていた。あの日と同じ雲が多い夜だった。閃光が走り、地が鳴り、湖が激しく波立ち、龍が姿を現した。
真貴は龍の目を見上げた。龍は小さくうなずくと、大きな水しぶきを立て空に舞い上がり、雲に穴を穿ち消えていった。龍が穿った穴が広がり、天の川と、無数の星の煌めきが見えた。やがて星々は輝きを失い、湖の向こうの八つの峰々が朝日に金色に染まりはじめた。
日の出を見ようと真貴が振り返ると、そこには上野を発ったときのあるがままの姿の、父、母、叔父、叔母、二人の郎党が微笑みながら立っていた。自分の傍らには幼い小太郎が立ち、自分も子どもの姿に戻っていた。
真貴は弟の手を引き、家族のもとに歩み寄った。母が真貴を抱きしめ、父が小太郎を抱き上げた。皆、優しく微笑んでいた。母は優しく真貴の髪を撫で、語りかけた。
「まき、ようやりました。とうとう、ここまで来ましたね」
母に何か言おうとしたとき、真貴は目が覚めた。まだ胸がどきどきし、手には母の感触が残っていた。夢だと分かっても悲しくもがっかりすることもなかった。
真貴は、鹿の毛皮を羽織り、戸外に出た。
夜明けの近い時間だった。星はまだ光っていたが空はすでに蒼みがかかり、満月が八つの峰々に沈もうとしていた。
真貴はついにやり遂げた
八ヶ岳の峰々がやがて朝日に輝きだす




