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終 章 再会

真貴が千年前に戻った年末、結衣は帰省し、真貴からの手紙を少しずつ読み解いた

 真貴が千年前に戻った年末、冬休みに入った龍口結衣は実家に戻った。大叔母で国文学者の仁の指導のもと、経筒から取り出した真貴からの手紙を少しずつデジタル写真に撮っては内容をテキストデータに収める作業を続けていた。


 「第一之巻」「第二之巻」「第三之巻」と記されていた三つの巻物のうち、第一之巻と第二之巻の大半は、真貴が里に戻ってから野盗との戦いに勝利するまでの三年足らずの期間について詳しく記されていた。それ以降も里と真貴には多くの試練が訪れるが、真貴はそれらを凌ぎ、六十余年の生涯を全うしたようである。


 野盗との戦いの翌年、真貴は、佐閑に郡代として配された橘正季に添い、二人の子どもを授かっている。長子は佐閑にとどまり、正季亡き後、郡代を引き継いだとある。真貴の弟、秀柾は、セイを娶って十年後、請われて上田の郡代に就いたと記されていた。


 正月二日、仁が龍口家に新年の挨拶と真貴の資料を結衣とともに読み解くため訪れた。二人は手付かずだった「龍神巫女所述文章由来記」を開いた。漢文が記されていた。


 結衣が写真を撮っては、仁が拡大鏡で文書を読み解く作業が始まった。


 まず、三巻の文書が、真貴自ら漉いた紙に自ら筆を執り、数年をかけて書き上げられたものであることが記されていた。ついで生涯を終えた真貴の遺体は、本人の希望により火葬され、その遺灰は湖に散骨されたとあった。真貴の書き上げた三巻の文書は、真貴の孫息子によって、真貴の指示通りに経筒に収められ指示された場所に埋められることになると記されていた。


 真貴の亡き後も、物語は続いていた。


 真貴が亡くなって数年後、佐閑に朝廷からの使者が来た。おこりに罹った時の二条帝の妹である式子内親王の病を祓うことを要請された。京では瘧が流行して、貴族から庶民まで多くの患者が出ていた。真貴の直弟子であるユイが、黄花蒿を携え京に赴いた。ユイは、三日ほど黄花蒿を浸した酒を薬として供した。顕著な薬効があり内親王は癒えた。


 帝から国府に佐閑に特別な加護を与える勅命が届いた。

『勅す。


信濃国佐閑郷の事、

近年旱損・飢饉に及ぶといえども、百姓らよく田畝を修め、国用を助く。

その功、嘉すべし。


又、内親王殿下、瘧を患い給うに、

件の佐閑の巫女、霊験に与り、神慮を奉じて、よくこれを療じ、ほどなく平癒せしむ。

その忠誠、尤も感じ入るところなり。


仍て件の郷においては、今より以後、年貢を永くその半ばに減免すべし。

また賦役ならびに軍役の事、ことごとくこれを免ず。


次に、郡代橘氏の事、

姓を改め、「龍口」を賜う。


また「佐閑」の字、これを改めて「佐間」となすべし。


永く後昆に伝え、軽改あるべからず。


右、宣旨に依り、違失あるべからず。


天子御璽』


 結衣が仁に確認した。

「叔母様、この勅って、龍口家の始まりを意味してるんですよね?」

「どうやら、そうみたいね。それと、佐間の名前の由来も示してる」

「ということは……」

「次の文章にはっきり書かれているわよ」

「えっ?どこです?」

「ここよ」


 仁の示した場所には次のように書いてあった。

「龍口の子々孫々に伝ふ。千年の後の世に至りて、龍神の御心に適ひし童女、龍の洞に現れ出づべし。一族の宝として崇むべし。恭しく迎へ奉り、慎みて仕ふべし。其の童女、十とせの久しき時をこの地にて過ごし、学びを積まん。その後、千載の昔へと還り、龍神の御巫となりて顕れ、里に降りし禍ひを祓ひ、民を救はん。其の童女こそ、我らが祖なり」


「えっ?これ、おじいちゃんから教えてもらった我が家の伝承……じゃあ……」

「そう……」

「ともで……」


 真貴が去って十二年が経った六月初めの夜、七時を回っていた。国文学科の准教授になった結衣は、まだ京都の同学舎大学の自分の研究室にいた。


 結衣の研究テーマは「平安末期から鎌倉初期にかけての信濃の民間史」とされていた。だが、彼女が本当に追っていたのは、真貴の生きた痕跡だった。


 同学舎大学の古文書庫には、詳細が判明していない古い文書が莫大な数、眠っている。調査を続けるうち、結衣は何年かに一度ほどの割合で、真貴や周囲の人々に関わる古文書に出会った。


 その日の午前、結衣は鎌倉初期に旅の僧が記した文章を見つけた。昼間に慌ただしく学務を終えて、夕方から、一人、じっくりと文章に向き合った。文章は次のように記されていた。


「信濃東方有佐閑郷。

聞之。


昔有巨蜘蛛妖、数侵村落、噉食人民。

村民恐懼、祈龍神、献贄求救。


龍神遣一巫女。

巫女被甲、佩黄金太刀、与妖戦。

遂斬其首、以済郷里。

或曰、此龍神之霊験也。


巫女以龍神所授黄金太刀、

立祠於龍洞前、納之。


村民伝其事、舞神楽以祀之」


(信濃の東に、佐閑という郷がある。以下はそこで聞いた話である。


昔、この地に巨大な蜘蛛の妖が現れ、たびたび村々を襲って人を食い殺していた。村人たちは恐れおののき、龍神に祈り、贄を捧げて助けを求めた。


すると龍神は一人の巫女を遣わした。巫女は鎧をまとい、黄金の太刀を帯びて妖と戦い、ついにはその首を斬り落として郷を救った。これを龍神の霊験だという者もいる。


巫女は龍神から授かった黄金の太刀を、龍の洞の前に祠を建てて納めた。


村人たちはこの出来事を語り伝え、神楽を舞って巫女を祀っている)


 文章を読み終えて、結衣は机の上の写真を見た。旅立ちの前に撮った写真だった。結衣と真貴とが楽しく語り合う姿が写っている。


 結衣は真貴に語りかけた。

「真貴ちゃん、久しぶりに会えたね……」


 結衣は研究室の明かりを消して帰途についた。


 結衣は大学から今出川通りに出た。通りは千年の都を南北に貫いている。夜になっても、まだ蒸し暑さが残っていた。少し歩くと、風に乗って祇園ばやしを練習しているらしい笛の音が聞こえた。


 東の空に浮かぶ上弦の月を見上げて結衣は言った。

「真貴ちゃん、削り氷を食べて帰ろうか」


 どこかで、篠笛が答えた。そんな気がした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・完





二部作 「龍神の生贄」「龍神の巫女」はこれで完結です。


読んでくださった皆様に厚く御礼申し上げます。


できましたら感想をいただければ嬉しいです。



お気づきの方もおられると思いますが、本作は、筆者が小学生時代に感動した松谷みよ子氏の「龍の子太郎」にインスパイアされた作品です。


本作を松谷みよ子氏に捧げます。


本作は松谷みよ子氏の「龍の子太郎」にインスパイアされた作品です。

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